第74話「父娘」
話は前々日の夜に遡る。
帝都の、某宿にて。
「………様、申し訳次第もございません……」
「やつら、妖しげな術を展開しておりまして……」
冷や汗を垂らしながら報告をするフードの2人を眼下に、ソファに寛いでワインをあおる男。
右眼には縦に切り裂かれた大きな傷。
以前とはうってかわって、鋭い眼光、やつれた頬。
それでも、その顔は美形と言われる整いを保っていた。
ウォルフ・ラインハルト。
くいっとグラスを傾けて赤ワインを喉に流し込む。
「大事の前の小事だ……あの男のことはもう良い。それより計画に手抜かりのないようにしろ」
「……っ!申し訳ございません!二度とこのような失態は……」
「計画は、万全を期しております……!」
ウォルフの背後には、さらに2人の影がその様子を見守っていた。
ウォルフは不意に立ち上がり、窓の外の帝都の街並みを眺める。
「この世界を、我が手に……!」
「どこまでも、お供致します」
4人の配下は、等しくウォルフに頭を垂れた。
―――ダガー鍛冶店にて。
小鳥が気持ちよく歌い出す朝焼けの空。
ふと早く目が覚めた俺はダイニングの方に向かった。
キッチンでは、すでにティファナが流しに向かっている。
「あ、おはよう、マモルさん」
「おはようティファナ、随分早いね」
「昨日の夜、楽しすぎてなんだか興奮しちゃって。ちょっとしか寝られなかったの」
「いいものを作ってくれてありがとうな」
「マモルさんたちが依頼してくれたおかげよ。こちらこそありがとね」
ニッコリ笑うティファナが差し出してくれたミルクを受け取り、ダイニングのイスに腰かける。
ふう、と一息ついたところで、同じようにミルクを手に持ったティファナが、隣に座ってきた。
「あのさ、マモルさんたちは今日、出発するんだよね」
「そうだね、長居するとここにも迷惑かかるし」
「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……、あっ!ダメだったらダメって言ってね」
「なんだ急に。いい仕事してくれたし、俺にできることならやるよ」
ティファナはなんかもじもじしだした。
「なんだよ」
さらにしばらくためらったあと、ミルクをぐっと飲み干してから、ようやく口を開いた。
「あの、私、前から思ってたんだけど、世界をもっと見てみたくて……」
「ん?」
「昨日のみなさんの冒険譚とか、すごく感激しちゃって」
「ん……と、つまり?」
「私も、あの、一緒に連れて行ってもらえないかな……って」
「あ、やっぱりそう来るか」
俺も、かわいい子とは旅をしたい。
でも、「かわいい子には旅をさせよ」を実行できる親がどのくらいいるのだろうか。
俺の仲間たちの意見もあるが、何よりバリオンの許可が必要だろう。
命のやりとりを伴う、危険な旅だ。
「思い付きでできるような、軽い旅じゃないよ」
ちょっとかわいそうだったが、少し怖い顔で言ってみた。
しかし、ティファナは俺が思ったのとは違う反応をした。
「思い付きじゃないの!旅に出たいって前から考えてて……実は、ヒライズミのスプリントレース優勝も、お父さんに認めてもらう条件の一つだったの」
真剣な表情で俺を見つめてくる。
むしろ俺の方が迫力に押されてしまった。
「えっと……他の、条件ってのは?」
「うん、“経験豊富なパーティ”に入れてもらうこと」
「けいけんほうふ……」
「当てはまるよね、マモルさん。金二つ星冒険者さんなんだから」
ティファナはニッコリ笑顔を見せて、俺の両手を掴んでくる。
やば、可愛さに押し切られそう。
「いや、でも危険な旅だぞ。ティファナは戦えるのか?」
「鍛冶屋の娘として武器全般は扱えるよ。魔法はからっきしだけど……」
「魔法は適性なかったのか?」
「うーん、全くないわけじゃなかったけど、あんまり向いてないなと思って。演習所では一応風属性だったよ」
「そっか、俺と同じだな……」
「そうなんだ、じゃあ基本から教えてほしいな」
「まあ……話はみんな起きてからだな。親父さんにも話さなきゃいけないだろ」
「うん!てことは、マモルさんはオッケーってことね!」
「う……いや、まあ、うん」
「やた!ありがと!!」
テンション爆上げのティファナが抱きついてくる。
あ、あったかーい、やわらかーい。
って、こんなとこ他のやつらに見られたらまずいって。
「モテモテじゃのマモル。このタラシが」
いつの間にかシェリィが隣で茶をすすっていた。
それから2時間ほど経って、全員がダイニングに揃ったタイミングで、ティファナが先程の話を切り出した。
リンちゃんは真っ先にティファナと仲良くなっていたので賛成してくれた。
ルナも、俺がいいなら、ということだった。
シェリィババアには散々ジト目で睨まれたが、面と向かって反対はされなかった。
問題は、この親父、バリオンだ。
さっきからもの凄い剣幕で腕組みをしたまま下を向いている。
しばらくの沈黙の後、重い口を開いた。
「マモル殿……これから話すのは鍛冶屋としてではなく、父親としての意見なんだが」
「はい、当然だと思います」
「ティファナが旅に出たいというのは前から聞いていたし、いずれは許可するつもりで条件も出していた。そして、こいつはそれをきちんと達成した。経験豊富なパーティに入れてもらうというのもな」
「俺たちが経験豊富かどうかは微妙なとこですがね」
「金星の冒険者な時点で文句を言うやつはいないさ。それでも、不安なんだ。自分も旅をしていたから分かるが、命の危険だってたくさんある。冒険者というのは自分の身は自分で守らなければならない」
「自分のことくらい、守れるよ!」
ティファナが割り込んできた。
バリオンはその様子を横目で見つつ、表情を変えずに続けた。
「こんなんだから、危なっかしいんだ。自分の身を守らなければならないと言っておいて矛盾するようだが、父親としては娘が無事に帰ってくることだけが願いだ。君たちは、ティファナを守ってくれるかい?」
バリオンの表情は寂しげな、懇願するような顔に変わっていた。
「そうやって子ども扱いして……」
「実際まだ子どもじゃろが。おぬし、命のやりとりをしたことがあるのか?」
「……ない、けど……」
シェリィの刺さる一言に、ティファナはしょぼんとしてしまった。
俺がフォローしてやらないとな。
「俺たちも最初から強かったわけじゃないし、まだそんなに強い自覚もないよ。だから毎日稽古してるんだし」
「一緒に成長していければ、いいんじゃないの?アタシだってまだまだよ」
リンちゃんも続いてくれた。
「馬車や武器の修理ができる人が一緒にいると、心強いですしね」
ルナも。
「わしゃ別に反対しとるわけじゃないぞ。仲間になるなら親父さんと納得いくまで話してこい」
シェリィも、心配しているのはこの父娘の関係がこじれることだ。
「バリオンさん、さっきの質問ですが、もちろん守りますよ。俺は仲間の誰一人として欠けるのはごめんなので、全力で守ります。必ずここに笑顔で帰しますよ。逆に俺がやられそうなときは守ってもらいますがね」
バリオンはその言葉を聞いて、フッと笑った。




