第71話「闇討」
帝都観光を楽しんだ翌日からはギルドの依頼で資金稼ぎに励んだ。
1日目に受けた依頼は東の森での狩りだった。
大きな鹿のような魔獣と(名前忘れた)、そしてまたワイルドボア、野兎など。
地味な依頼ではあったが、帝都の美食のために高値がつくらしく、なかなかの報酬を得ることができた。
3日目からは西の田園を荒らすビーストエイプとかいう猿型の魔獣の駆除。
人型の魔獣は総じて知恵が働くらしく、群れで連携するのは当然として、木の棒や石を投げつけてきたりしてなかなか手強かった。
平原ではリンちゃんとルナの素早さが充分に生かされ、3日がかりだったが、なんとか怪我無く達成できた。
全滅させたというよりは、人家の近くから撤退させたという感じだったが。
―――マモル達が帝都に滞在しているある日の、帝都某所の宿。
暗い部屋の中、ソファに深々と座る男。
対面して跪く、ローブで頭を覆った人間が2人。
その片割れが、静かに話す。
「………様。マモル・ホンジョウの姿を帝都内で確認しました。いかがいたしましょう」
それを聞いたソファの男は顔を片手で押さえ、歯ぎしりをした。
しばらく沈黙した後、静かに口を開く。
「……こんなところで、見つけるとはな……。最早、あんな男のことはどうでもいいが……胸のつかえは下ろしておいた方がいいか……」
男の回答に、ローブの人間はさらに頭を下げる。
「……寝所は押さえております。では、今夜、決行してもよろしいでしょうか」
「……任せよう。この後の大事のために、危ういときは引けよ」
「……御意」
「見事、討ち果たして参ります」
ローブの2人は、街角へと消えていった。
―――俺たちは無事にビーストエイプの報酬を受け取った後、宿に戻って一息ついていた。
「あー、マジ危なかった。油断して大怪我するとこだった」
「だから気を抜くなと言ったじゃろ」
「ルナのフォローなかったらアンタに直撃してたよね、あのでかい石」
「分かってるって……ありがとな、ルナ」
「ふふふ、貸し一つですね、マモルさん!何してもらおうかなぁ……?」
「勘弁してくださいよ」
「さて、明日はダガー鍛冶屋に寄る日じゃな。魔石はどうなっておるかのう」
「綺麗になってるといいですね」
「まあ、あんだけ煽ったら本気出してやるだろうよ」
「アタシも魔石つけて魔法使うの楽しみだわ!」
「だから、人気のないところで練習しましょうね……」
他愛もない雑談を済ませ、みんなが寝静まった深夜。
窓の外に、不穏な影が二つ、迫っていた。
マモル達の部屋の窓の外、屋根からロープを垂らして窓の真上まで伝ってきた。
影はお互いに視線を合わせ、頷く。
靴の爪先には鉄板のような、固い装具がついている。
窓ガラスなど、造作もなく貫けるだろう。
タイミングを合わせ、振り子のように勢いをつけて、マモルが眠る部屋の窓めがけて、同時に蹴り込んだ。
キィィィン!
……しかし、不思議なことに、窓は割れず、影二つは窓に足を弾かれて跳ね返った。
「……なっ!」
「……どうして!?」
窓外から大きな音がして、俺たちは飛び起きた。
カーテンを大きく開け広げると、窓の外に、ロープにぶら下がる二つの人影。
―――敵襲だ。
「敵だ!起きろみんな!」
俺が声をかけるまでもなく、全員がすでに得物を持って立ち上がっていた。
窓の外の影は、俺たちが反応したことに驚いたのか、ロープを離して庭へ飛び降り、そのまま逃げていく。
「追うわ!」
「私も行きます!」
リンちゃんとルナが素早く窓から飛び出す。
ここは2階だったが、2人ともまったくそんなことは気にせず、難なく庭へ着地する。
「深追いはするな!シェリィはここで様子を見てくれ!」
「まかせろーふわぁっ」
このババアはまだ寝ぼけてるな。
俺も窓から飛び降り、ふわりと庭へ着地する。
さりげなくレビテイションの魔法を使ってみた。
はるか小さくなっているリンちゃんとルナの影を追うが、やがて見失ってしまった。
大通りまで進むと、リンちゃんとルナも俺のところへ引き返してくる。
「見失ったわ……案外すばしっこかった」
「すみませんマモルさん……裸足だったのでちょっと」
2人とも少し息を切らしていた。
「いいって。とりあえず宿に戻って話そう」
戻ってみるとシェリィのアホは間抜け面してまた寝ていたので、叩き起こした。
「いやーびっくりしたわ。本当に襲ってきたわね」
リンちゃんが熱いお茶をすすりながら欠伸をした。
「ウォルフ様の刺客……でしょうね。あの機敏さからすると、側近の誰かだと思います」
ルナは少し複雑な表情だ。
そりゃそうだろう、かつての同僚、仲間が明らかな敵意と共に襲ってきたのだ。
「ま、今のところ恨みを買ってそうなのはウォルフくらいだから、普通に考えたらそうだろうな。側近って、強いのか?」
「はい……ウォルフ様個人をお守りするための4名の精鋭です。一緒に修練することも多かったのでよく知っています。剣術や魔法だけでなく、諜報などにも優れている人たちです……」
「ルナ、いい加減ウォルフに様つけんのやめなよ。敵よ」
リンちゃんがちょっと怖い顔でルナを睨んだ。
「すみません……」
「まあ、そう言うなって。ルナだって長年仕えてきた事実はあるんだし」
「ところでマモル、役に立ったのう」
「ああ、シェリィの目論見通りだな」
「何が役に立ったの?」
「先手は取られんで済んだろう?やつら窓を蹴破るつもりだったぞ」
「そういえば、窓の外に間抜けにぶら下がってたわね」
「シェリィに教わった魔法だよ。窓とドアを、風の障壁で覆ってたんだ。一晩中維持できるようになるまで苦労したんだぞ」
「いつの間に……マモルさん、すごいです!私たちを守ってくれてたんですね!」
ルナは目を輝かせて俺の手を握ってきた。
「へー、がんばってるわね」
リンちゃんはふうんという顔でさらにお茶をすすった。
反応はそれぞれだったが、とりあえず人知れず苦労していたのが報われてよかった。




