第70話「展望」
「はあっ、はあっ……」
日頃からリンちゃんやルナと稽古を繰り返しているとはいえ、1000段の階段を登るのはさすがに息が切れる。
途中途中で窓があり、次第に高くなっていく周りの景色がゴールまでの意欲を保たせてくれた。
リタイヤ用の避難口も所々にあり、何人かの観光客はそっちの方へ逃げていった。
あれが下りの階段に通じているのだろう。
なんだかんだで20分くらい経っただろうか。
俺たちは展望台へ辿りついた。
中心の塔をぐるっと囲むように設けられたせり出しの展望デッキ。
胸までの高さの柵があるが、ガラスがはめられているわけでもなく、手を伸ばせばそのまま外の空気だ。
吹き抜ける風が、汗ばんだ身体を冷やしてくれた。
「うわぁーすごい眺めですね!あ、あれがグレートウォールじゃないですか?小さく見えますよ!」
「うーむ、絶景じゃのう」
ルナとシェリィは北の方を見て目を輝かせている。
リンちゃんは、足がすくんで階段付近で青ざめていた。
「リンちゃん行かないの?すごい眺めだぞ」
「うう……マジ、怖いわ」
「落ちたりしないから大丈夫だって。せっかくここまで来たんだから、ほら」
俺が手を差し出すと、リンちゃんはおそるおそる右手を伸ばした。
手をつないで柵の方に向かうと、途中からリンちゃんは俺の右腕にがっしりしがみついてきた。
目をぎゅっと閉じている。
「リンちゃん、ほら、着いたよ。目、開けてごらん」
俺の言葉でゆっくり目を開けたリンちゃんの顔が、みるみる輝いていく。
「わあ……キレイね………!」
俺とリンちゃんの視線の先には、東の方角、大陸の中央山脈があった。
眼下には帝都の整った街並み。
はるか先まで続く田園と草原、森林。
そして、その先に雄大にそびえる中央山脈の連峰。
なんて美しい世界なんだろう。
コルナの温泉から眺めたレインボーレイクの山も美しかったが、この情景も忘れ得ぬ記憶として俺の中に刻まれた。
「なんじゃおぬしら、引っつきおって」
シェリィがこちらに来て一言。
「だって怖いんだもん。しょうがないじゃない」
「リンさんにも、怖いものがあるんですね。でもちょっと妬けます」
そう言うとルナがさりげなく俺の左腕に腕を絡めてきた。
「おい……ルナは怖くないんだろ」
「怖いですよ……マモルさんを独占されるのが」
あれ?ルナってこんなキャラだったっけ。
「しょうがないわ、かたっぽはルナにあげるね」
リンちゃんがちょっとむくれながら言う。
「モテモテじゃのうマモル」
シェリィは相変わらずこういうときは冷やかしの視線でニヤニヤしている。
俺は両腕の自由を完全に奪われた状態で、そのまま展望台の外周をぐるりと回る羽目になった。
北にはグレートウォールが薄く線上に続く。
本当に、海岸線から中央山脈まで続いているようだ。
そのまま西の方角に目を向けると、地平線の彼方に海が見えた。
この世界に来て初めて目にする海。
地球の海と同じように、日の光に照らされて青く輝いていた。
「各国にそれぞれ港があるんじゃ。旧帝国の港はあの辺かのう」
シェリィが指した辺りに、確かに港町のようなものが見えた。
南の方角には、遠くに「星の傷」という峡谷がある。
遠すぎてさすがによく見えないが、陸地の峡谷としては世界一の深さだそうだ。
名前から想像するに、グランドキャニオンみたいなもんか。
「ねえマモル、旧帝国の次はどこへ向かうの?」
リンちゃんが南の方を見ながら聞いてくる。
「そうだな……順当に行けば、南の国に抜けることになるかな」
「やっぱり、そうなるよね……」
なぜか、リンちゃんの顔が曇った。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもないわ。どこまでだって、ついてくからね、マモル」
そう言うリンちゃんは、少し悲しげな目をしたようにも見えた。
「お、おう。よろしくね」
心なしか、俺の腕をつかむリンちゃんの力が強くなった気がした。
展望台からの眺めを堪能した俺たちは、下りの螺旋階段へと向かう。
登りが1000段なら、当たり前だが下りも1000段ある。
帰りの方が足にきそうだなぁ。
そんなことを思った矢先、展望台係の姉ちゃんがまた元気よく声をかけてくる。
「さあ、セントラルタワーは堪能していただけたでしょうか?下りはこちらから、タワー名物、螺旋滑り台をお楽しみください!苦手な方は階段でもいいですよー!」
らせんすべりだい??
下り階段の入口のドアを開けると、言葉通り、階段の外側の一部に滑り台がついていた。
「1000段分、滑るのかよ……目が回りそうだな」
「これ楽ちんでいいわねー!おっさきー!」
「楽しそうです!私も行きます!」
リンちゃんとルナは仲良くさっさと滑っていってしまった。
「わしらも行くか、マモル。階段で下るのよりは楽じゃろ」
シェリィが続いて滑っていく。
少し間を空けて、俺も滑り台に腰を下ろした。
「うおおおおっ!」
滑り台という名前はよく考えたもんだ!
思ったよりも滑る!すごい勢いで滑る!
螺旋階段の外周をぐるんぐるんと滑り落ちていく。
「目ぇ!がぁ!回るぅ!」
あっという間に地上まで滑り降りると、俺は遠心力で脳を振り回されて分かりやすく千鳥足になっていた。
平衡感覚が無くなって、立てん。
「大丈夫ですか?マモルさん」
「コレすっごい楽しかったぁ!」
ルナとリンちゃんが笑いながら俺の両肩を支えてくれた。
展望台の上と同じ構図だが、支えられている人間が逆だ。
「なんでお前らそんな平気なんだよ……」
「ちゃんと手でブレーキかけないからじゃろ」
シェリィも平然としていた。
はい、あれよあれよとスピードに乗っちゃって、ブレーキをかけるという発想すら浮かびませんでした。




