第6話「能力」
馬車はスピードを緩め、あたりを警戒しながらも俺たちは馬車の中に戻った。
対面に座るリンちゃんとイガルさんは、明らかにテンションが低い。
「……何が起こったんだ?」
イガルさんが呟き、リンちゃんが口を開く。
「……左右から襲われて、やばい、と思った」
まだ信じられない、という口調で続ける。
「そうしたら、アンタが隣にいて、馬車から落ちそうになってた。ウルフは切り刻まれて飛んでいった」
なるほど、やっぱり。周りからは俺が見えないくらいのスピードで動いた感じになるのか。
「……アンタ、ほんとに何者なの?」
「さっき話したとおり、俺からは周りの敵がほとんど止まって見えた。たぶん、この刀の能力だと思う。」
「……刀の?そんな………武器にそんな力が宿るなんて聞いたことない」
「わしも無いな……」
イガルさんも、困惑の表情だ。
ロズさんも、操縦しながらチラチラこちらを気にしているようだ。
「とにかく……ごめん。助かったわ。油断してた」
「怪我が無くて良かったよ」
精一杯爽やかなスマイルを送ってあげたが、リンちゃんはへこんでいるみたいでうつむいてしまった。
「わしからもお礼を言わせてもらうよ」
「いえ、こちらこそお世話になってますし」
「マモル君がいなかったら、わしらみんな魔獣の胃の中だったかもしれん。その能力はよく分からんが、助けてもらったことは確かだ。ありがとう」
そう言うとイガルさんはにっこり笑った。
「ありがとう。やるな、君」
御者席からロズさんも振り返ってお礼を言ってくれた。
少し、ほっとした。得体のしれない力を持った異世界人なんて、怪しいことこの上ない。
明らかに信頼してくれている様子が見てとれたので、俺も緊張がほどけた。
頭をホロの布に預け、自然な笑みがこぼれた。
―――数分の沈黙。車輪の音だけがガタゴトと響く。
「リンちゃん」
イガルさんが、相変わらずうつむくリンちゃんに声をかけた。
「はい・・・ごめんなさい。アタシは用心棒失格ですね」
リンちゃんは、うつむいたまま返事をする。
「いや、そういうことではなくてね」
「?」
リンちゃんはゆっくり顔を上げ、横目にイガルさんを見た。
「次の街に着いたら、リンちゃんはどうするつもりだい?」
「いや……同じように用心棒をしながら、また違う街へ行こうと思ってたんですが……」
身体を起こし、ホロにぽふっと頭をつけて目を閉じる。
「こんな情けない用心棒じゃダメですね。次の街で少し考えます。鍛え直さなきゃ……」
「だったら、ちょうどいい」
「なにがです?」
リンちゃんの問いかけには答えず、イガルさんがこっちを見る。
「マモルくん、今日中には国境の街に着く。わしらは、しばらく商いで滞在する」
「はい」
「提案なんだが、君たちもその街でしばらく暮らさないか?」
「はい?」
思わぬ提案に思考が止まる。そういえば今後のことは何も考えていなかった。
思わぬ提案だったのはリンちゃんも同じだったんだろう。「君たち」って言われた。考え込んでいるようだ。
「まあ、悪い話じゃないと思うから聞いてくれ」
―――以下、イガルさんの提案。
イガルさんとロズさんは特産品の販売と仕入れのため国境の街に1ヶ月程度滞在する。
その間、俺とリンちゃんも滞在する。
目的は……俺は、この能力の秘密を探ること。リンちゃんは、修行。
俺とリンちゃんで打ち合いの稽古をしたり、近隣の魔獣を狩ったりすることで、俺の能力の発動条件だとか、制御の仕方だとか、いろいろ知ることができるのではないか、とのことだった。
鍛え直したいリンちゃんにとっても、悪い話じゃないだろう、と、ほほ笑む。
1ヶ月後、イガルさんたちについていくかどうかはその時に決めれば良い、ということだ。
確かに悪い話じゃない。リンちゃんもなんとなく納得したような顔をしている。
悪い話ではないんだが、俺には問題が……。
一通り話を聞いてから、率直に言う。
「でも、俺一文無しなんですよ。元の国のお金しかないし。滞在費が出せません」
「それも、提案がある」
イガルさんがニヤッと笑って俺のリュックを指す。
「さっき見せてくれた、デザートタイガーの牙。それを売ってくれないか?」
「牙?お金になるんですか?」
なると思って持ってきたのだが、一応謙虚に聞いてみた。
「なるとも。状態のいい魔獣の牙は貴重品だからね。1本、金貨10枚でどうだろう」
どうだろうと言われても、価値が分からん。
「そんなに高く売れるんですか!?」
リンちゃんが驚いてくれて良かった。そんなに高いんだ。
「……ちなみに、普通の宿の一泊、食堂の一食はいくらくらいでしょう」
「アンタほんとに何も知らないのね」
「だからこの世界の人間じゃないんだってば」
「アンタには次の街にいる間、常識ってもんを教えてあげるわ」
このお方、もう提案に乗る気だ。
「宿賃は一般的な普通の宿で、銀貨3枚から5枚くらい。食事は銀貨1枚以内が相場だね」
イガルさんが丁寧に答えてくれる。
「銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚よ」
リンちゃんも補足してくれた。
なんとなく分かってきた。その相場だと、銅貨が100円、銀貨が1000円くらいなんだろう。
金貨は1万円くらいか。
デザートタイガーの牙2本で20万円也——。スプラッタに耐えて抜いてきて良かった。
「ぜひ、お願いします!これでしばらく飢え死にしなくて済みそうです!」
「商談成立だね。ま、ワシはそれをさらに倍で売るがね、ハハハ!」
やられた。さすが商人だ。まあ、そんなもんさ。当面の生活の目途が立って大助かりだ。
「リンちゃんも、いいんだろう?」
「はい。アタシもこいつのことが気になるし、修行相手にもちょうど良さそうなので」
「……お手柔らかにお願いします」
苦笑いする俺をよそに、リンちゃんも不敵に笑う。
リンちゃんはさっきの落ち込みからすっかり立ち直ったみたいだ。切り替えの速い娘だ。
「宿はわしらの馴染みのところがあるから、任せてくれ。安くしてもらうよ」
……ふと考えた。もしも、この人たちに出会わなかったら。
寝ている間に魔獣に喰われていたかもしれない。
誰にも出会えず、飢え死にしていたかもしれない。
胸の内側からじわりと感謝の気持ちがあふれてきた。
「何から何まで、ありがとうございます」
俺は、改めて、深々と頭を下げた。
【通貨について補足】
この大陸の国々は同盟を結んでいるので、お金は共通の通貨です。
本編では通貨単位は出てきませんが、ユーロみたいなもんです。
別な大陸はまた違うその国の通貨があるようです。




