第52話「潜行」
翌朝。
俺たちは改めて装備を整え、迷宮の大きな扉をくぐる。
中は当然真っ暗だ。足元には固い岩石質の感触。
うっすらと中を照らすのは、扉の隙間から入る光のみだ。
目を凝らすと、先は広い空間がしばらく奥まで続いているようだ。
俺たちのパーティの後に灯り持ちの数名、そしてサワード王のパーティが入る。
「さて、ここからしばらくはひたすら坂道を下っていく道じゃ。迷宮ははるか地下深くまで続く」
シェリィの説明の後、俺がランプを持ってシェリィと共に先頭を行く。
すぐ後ろにリンちゃんとルナ。
灯り持ちの兵士が4名、洞窟の左右を照らしながら追う。
その後ろにサワード王たち。
他の兵たちは、外の見張りに10名。あとの兵は俺たちの後を追随しつつ、
数十メートルおきに篝火を設置していく。
これで、拠点まで迷わず往復できるルートが確保できるというわけだ。
何度も往復する兵士の移動距離はやばいことになるんじゃないか?
「のうマモル」
隣を歩くシェリィから声をかけられる。
「これから先、道が細くいくつも分かれていく。洞窟の魔獣は目が退化しているかわりに鼻と耳が聞くでな。気が付けば襲われているなんてことにならんよう、気を張っておけ」
「おう……わかった。警戒するよ」
自信ないけど。
そのまま数十分、俺たちは広くなだらかな道を下り続けた。
そして、次第に道が狭くなっていき、幾重にも進む道となる穴が分かれていく。
「こっちじゃ」
まだ、シェリィは迷わず歩みを進める。
シェリィが洞窟探検してたのって、200年以上前の話なんだよな。
記憶力やばない?このババア。
その時、ランプで周囲を照らしながら先頭を行く俺の耳に、異音がかすかに届いた。
「……キィ…………」
「ん?なんか、今、聞こえたぞ?キィって」
「止まれ!」
俺の一言を聞いてシェリィが皆の歩みを止める。
「キィキィ鳴くのは、サッキングバットじゃ!」
「さっきんぐ?」
「要するに吸血コウモリじゃ!」
……最初からそう言えよ。
リンちゃんとルナ、騎士ノエルも剣を抜く。
もちろん、俺もだ。
コウモリの姿はまだ見えない。
魔獣が出る度にいちいち立ち止まっていたらいつまで経っても進めないので、
とりあえず俺が先頭で斥候役 (囮ともいう)を務める。
しばらく進んでいくと、道は直径3mくらいの大きさまで狭くなった。
それとは逆に、キィキィという音は次第に大きくなっていく。
「うーむ、おそらくこの先で群れとるのう。マモル、やつらは不規則に飛ぶから捉えにくい。風魔法で叩き落とそう」
シェリィの提案を受けて、俺はゆっくりと音の先の方へ歩き、そっとランプを向ける。
ランプの光が、赤く光る無数の目を照らす。
「うおっ!!」
思わず声が出て後ろに飛びのいてしまった。
その声に反応し、数え切れないほどのコウモリが一斉に飛び立ってこちらへ羽ばたいてくる。
抜刀と同時に蝸牛独歩を発動———。
襲い来る魔獣を蹴散らすのに迷いは無い。
俺は緩む時間を十分に使い、でんでん丸に風を纏わせる。
無外流、一陣!
火竜の時と違って己の魔気のみで放ったため威力は弱いが、無数の刃が狭い洞窟全体を覆い、サッキングバットを切り刻む。
ボトボトと落ちていくコウモリを確認したリンちゃんやルナが撃ち漏らしを仕留めにかかる。
「ギィィィ!」
コウモリは不規則に飛び交うのでなかなか的を絞ることができず、かなり手間取ってしまった。
一番正確に剣で打ち落としていたのは騎士ノエルだ。
さすが国王の護衛、と感心してしまった。
次点でルナ。
さすがナーグル国王に天才と呼ばれる騎士だけあった。
ランプの薄暗い灯りが頼りの状況では、視覚だけに頼ってはいけない。
もっと、気配を察知できなければ……。
「ふう……マモル、見事な魔法じゃったぞ」
「いや、かなり撃ち損じちまったよ。周りに助けられた。みんな、ありがとう」
「なんの、マモル殿が先頭で数を減らしてくれたからだぞ」
ノエルが剣を納めながら言う。
「俺も2匹仕留めたぞ!」
パーティの一番後ろにいるサワード王もご機嫌だ。
なんだかんだ、魔獣を仕留められるくらいには強いんだな、この王様。
俺たちはさらに入り組んできた洞窟の奥深くへ進んでいく。
あまりに曲がりくねるので、兵士の設置する篝火の灯もすぐに届かなくなってしまう。
「ここは……どっちじゃったかのう」
さすがにシェリィの記憶も曖昧になってきた。
何度か行き止まりにぶち当たったりもしたが、着々と歩み続ける。
魔獣も幾度となく遭遇し、先程のようなコウモリのほか、大きなトカゲやモグラのようなものも出た。
トカゲやモグラはそれほど群れもせず、コウモリほどイレギュラーな動きはしなかったので、
突然の出現に焦りはしたが、危なげなく仕留めることができた。
シェリィの忠告通り、辺りを警戒しながら先へ。
どれだけの時間が経ったのか、感覚が鈍ってきた頃………。
追随する兵士の報告で、外はもう夕暮れであることを告げられる。
俺たちはある程度の広さを確保できる場所を見つけ、野営の準備をする。
暗闇の洞窟での野営。
俺も生まれて初めての経験だった。
支援部隊の兵士がテントを設置し、簡易食をもらう。
夜間の見張りも兵士がやってくれる。
なんて至れり尽くせりな冒険なんだろう。
まあパーティあたり一つのテントなので窮屈ではあるが、贅沢は言ってられない。
むしろ女の子に囲まれて寝るなんて幸せ者だ。
まあ俺はテントの一番快適でない入口側の端っこに寝ますが。
さあ、明日は、より深部に。
シェリィの目指す到達点は、もうすぐだ。




