第5話「魔獣」
「魔獣だ!!」
御者のおじさんが突然の叫び声をあげてこちらを振り返る。
その声に、真っ先に反応したのはリンちゃん。
ホロから身を乗り出して前方を確認する。
続けて、イガルさんと俺もホロから顔を出す。
前方100mほど。4、5体の魔獣。
……狼のような獣が牙を剝き、道を塞いでこちらを睨んでいる。
「フロックウルフ!!前方5匹!」
リンちゃんが御者おじさんの後ろに立って双剣を抜く。
「やれるかい!?援護する!」
イガルさんはホロの枠木を支えにしてボウガンのようなものを構える。
「任せて!ロズさんは馬車を止めないで!全速前進で突っ切る!!」
このおじさんロズさんっていうのか。
……なんて場合じゃない!
俺も一応でんでん丸を構える。
正直、何もできる気がしないけど。
馬車はあっという間にウルフの群れに突っ込んでいく。
馬車の勢いでそのまま蹴散らすことができれば良かったのだが、
ウルフは馬車を左右に避けた。
体勢を整えて、駆け抜けた馬車を追って、並んで疾走してくる。
「馬を狙ってくるぞ!」
イガルさんが叫ぶ。
「わかってる!」
右から馬めがけて飛び掛かってくるウルフの一匹を、リンちゃんの右の剣が切り裂く。
続けて左からも一匹、大きな口を開けて馬に飛びかかってくる。
それをリンちゃんが振り向きざまに、左の剣で両断した。
ウルフから鮮血が飛び散る。
この揺れの中、御者席と馬の背を交互に飛びながら、あっという間に2匹を仕留めた。
……強い!
これなら何とかなりそうだ……と思った瞬間、右から2、さらに左から1匹。
同時にリンちゃん目掛けて牙を剝いた。
イガルさんがボウガンの矢を放つものの、左のウルフの額をかすめて外れてしまった。
「リンちゃん!!」
考えるより先に、身体が動いていた。
でんでん丸を抜き、ウルフに斬りつける。
―――ああ、まただ。やっぱりだ。やっぱり、こいつのおかげだ。
ウルフが止まる。リンちゃんも、イガルさんも、ロズさんも、馬車さえも、
全ての空間が止まって見える。
俺は迷わず左のウルフに斬りかかり、その首を逆袈裟に抜き打ちして飛ばす。
間を空けず向きを変え、返しの袈裟斬りで右の一匹を胴から両断する。
―――最後の1匹はどう仕留めてくれようか。
そんな思考の余裕さえある。
俺は上段に振りかぶり、狙いを定めて真っ向からウルフを真っ二つに切り裂いた。
全てのフロックウルフが絶命し、超スローで血しぶきとともに馬車から離れていく。
ガタッ!!
途端に馬車の揺れが戻り、元のスピードに世界が戻る。
急激な変化に反応できず、俺は危うく馬車から振り落とされそうになった。
「あっぶねえ!!」
バランスを崩して御者席から落ちそうになったが、なんとか床板にしがみついて耐えた。
必死で御者席によじのぼり、みんなの安否を確認する。
「大丈夫だったか?」
リンちゃんもイガルさんも、ロズさんもこちらを見て呆然としている。
「うん?大丈夫だった?」
もう一度聞くが、誰も返事をしてくれない。
「おーい。」
リンちゃんの間近に顔を寄せて、声をかける。
へたりこみ、呆然としながら、リンちゃんが絞るように声を出す。
「……何が、起きたの?」
【動作について補足】
袈裟斬り、というのは敵の左肩から右脇腹へ斜めに斬り下ろす斬撃です。逆袈裟はその逆の軌道で斜め下から斬り上げます。
……まぁ、相手が人間ならば、ですが。
刀の動きとしてイメージしていただければ良いかと思います。
真っ向からの斬り下ろしは頭上から縦に真っ二つです。
刀は、横に振るのが一番難しい。重力を利用するので真っ向斬り下ろしが一番威力があるし、やりやすいんです。