第42話「一陣」
ゴオッという音と共に、俺を中心に半径3mほどの風が舞い上がる。
身体が、燃えそうに熱い。だらりと鼻血も垂れてきた。
歯を食いしばりすぎて口からも血が流れている。
これまでの瞑想で感じてきた体内の魔気。
集中して初めて実感できるような微弱なものだったそれが、
くすぶっている火種のように、その行き先を求めているのが分かった。
……もう、限界だ。
「!十分じゃ!!後ろに退けぇ!!巻き込まれるぞ!!」
シェリィの声に反応して、俺を囲んでいた仲間たちが一斉に下がる。
「やれ!マモル!!これ以上は身体が持たんぞ!!」
俺の視線は、火竜の群れ。
大軍を成すその一帯を、薙ぐ。
無外流 内傳 一陣―――。
俺の放った横薙ぎの一閃は旋風を伴い、無数の風の刃となって火竜を襲った。
逃げ場の無い、広範囲を覆う必殺の斬撃。
100頭以上の火竜の群れのほとんどが切り刻まれ、血しぶきを上げながらボトボトと落下していく。
遠巻きに断末魔の唸り声を上げながら。
俺はその光景をぼやける視界で見届けると、容赦の無い身体の痛みに意識が遠のいていった。
「……やった……か………?」
―――ここは、どこだ。
暗い。
俺は死んだのか。
シェリィに強気なことを言っておいて、ざまあない。
でんでん丸が魔気を纏える魔剣だと知っていたから。
集められた魔気を刀に分散できると思ったんだよ。
死んでしまって、申し訳ない。
リンちゃん、思えば好きだったんだよなあ。
ルナも捨てがたかったけれど。
シェリィさん、ごめんよ。
気に病むよな。
イガルさん、ロズさん、再会の約束、ごめんよ……。
ふと、俺の前に黒い影が現れる。
頭の中に響く声。
この世界に来た最初の夜にも、聞いた声。
―――千の魂を、刈れ―――
「……何だよ、千の魂って……魔獣を1000匹刈れってことか?」
俺の問いかけに、影は答えない。
―――千の魂を……―――
「マモル!!マモル!!」
「マモルさん!!」
「マモル!!死ぬな!!」
……うるさいなあ…………。
「マモルっ!!」
ベッチーン!!
という音が響き渡るとともに、頬にもの凄い痛みが走る。
痛ってぇっ!!
あまりの衝撃に目を見開くと、大粒の涙を流したリンちゃんの顔があった。
「……っ!マモルぅ……よかったぁ……」
リンちゃんがきつく抱きしめてくる。
熱い涙が俺の顔を濡らした。
うぶい娘よ。って痛い痛い。
「ちょ……痛い。……動けない。死ぬ」
「あっ……ごめん!マモル大丈夫?痛いとこない?」
「指一本動かせねえ……いまどうなってんだ」
改めて自分の身体を確認すると、目線を動かす以外ほとんど身体が動かなかった。
ちょっとでも動かそうとすると電撃のような激痛が走った。
これが反動か……生きててよかった、と思いつつも。
「よかった……マモルさんのおかげで、みんな助かったんですよ」
ルナも頬に涙を伝わせている。
「何が、考えがある、じゃ!!おぬしが何を考えていたのか後でじっくり聞くからな!!」
シェリィも目に涙を浮かべている。
このロリババアもこういう顔するんだな。
それから。
宿内の寝室に丁重に運んでもらった俺は、みんなからその後の経緯を聞いた。
俺の「一陣」で大多数の火竜を倒すことができたようだ。
ただ、やはり撃ち漏らしはあり、残り10頭ほどになった火竜を、
他の皆で協力して殲滅することに成功したそうだ。
「アタシも1頭倒したのよ!」
リンちゃんが誇らしげに言う。
「私も、ウォーターボールが効いてくれたので何頭か倒せました!」
「わしも、2頭は仕留めたぞ。あれだけの数を相手に誰も死者が出なかったのはおぬしのおかげじゃ」
みんな、がんばったんだな。
「……よかった、みんなが無事で」
安堵の気持ち。それだけだった。
「よくないわよ!」
リンちゃんが怒っている。
「アンタ一人で死ぬような魔法使って!最初から聞いてたら反対してたわ!」
「本当ですよ。私だって怒ってるんですからね。シェリィさんにも!」
ルナが珍しくシェリィをじろりと睨む。
「すまん、本当にすまんかった。わしがやるべきじゃった」
「あ、いえ……」
シェリィにしんみりされてしまって、ルナはかえって恐縮してしまった。
「まあ、そう言うなって。俺が無理にやらせろっていったんだからさ。シェリィが死んだって後味悪いだろ」
無理に笑ったら、また意識が飛びそうになった。
みんなが無事で、今回は1人の死者も出さずに済んだ。
これ以上の戦果は無い。
その日は、もうそれ以上誰も何も言わなかった。
―――数日後。
俺はようやく身体が動くようになり、きしむ身体を持ち上げて歩けるくらいには回復した。
あれから、まだ噴火の兆候は続いているということで、警戒は続いている。
残った冒険者たちは引き続きローテーションを組んで見張りをしている。
ただ、あの日襲ってきた火竜は群れの大半だったようで、
その後また襲来されることは無かった。
その夜。
「マモル、ホールでご飯食べられる?」
これまで甲斐甲斐しく介護をしてくれたリンちゃんが言う。
この娘には感謝しか湧かないな。
「ん……まあ、なんとか」
俺がそう言うとリンちゃんの顔がパアっと明るくなる。
「今夜は、街のみんながマモルの快気祝いで集まってるよ!」
リンちゃんに伴われてホールに入ると、予想以上の歓声が俺を出迎えてくれた。
割れんばかりの拍手、喝采。
次々と俺にかけられる感謝の言葉。
「マモル様!ありがとうございました!」
「マモル様!子どもたちが助かったのは貴方のおかげです!」
「マモル様!貴方は街の英雄です!!」
愛想笑いで、いなすしかなかった。
あんまり褒め殺しされるとむずがゆいな。
「おう、マモル殿!回復おめでとう!!」
ダッジだ。
「さすが、金一つ星だ!この戦果はギルドに報告するから、さらに昇級するかもしれんぞ!!」
テンションMAXだなこのおっさん。
見渡すと、ムラーノ、ポールもこちらに笑顔を向け、エールを美味そうに飲んでいる。
剣士ガイル、戟使いマイルマンのパーティも揃っている。
もちろんルナ、シェリィの姿もあった。
こっちこっちと俺を手招きしている。
……誰がこの時間の見張りをしているんだ、という疑問も湧いたが。
「かーんぱい!!」
リンちゃんの音頭で久しぶりのエールを口にする。
「……美味いなぁ」
街を救った後の酒というのは、こんなにも格別なものなのか。
この世界で一番美味い一口だったと言っても過言ではなかった。
【技について注釈】
話中に登場する無外流内傳・一陣は本家の技ではなく、亜流の技です。
正座の姿勢から右脇へ抜き上げ、一度自分の左方向へ刀を返します。
そして敵の腹から胸元当たりを水平に切り、その反動で即座に納刀する技です。




