第4話「邂逅」
「おい!」
誰かが叫んでいる。
「おーい!」
うるさいな。
「おいってば!!」
べちん!という軽快な音と同時に、頬に痛みが走る。
「痛ってぇ!」
飛び起きた俺の目の前に、人の姿があった。
周囲はすでに朝日が木々を明るく照らしていた。
寝ぼけた目をこすって、だんだん焦点があってくる。
15、6歳くらいの、小柄な女の子だ。黒髪で、お団子頭。切れ長の狐目。
赤っぽい衣服に鎧のようなものを着け、腰には双剣を下げている。
おお、いよいよもってこれはファンタジーだ。ぶっちゃけ可愛いぞ。
「あんたなんでこんな所で寝てんのよ」
観察している俺に、女の子が言う。
「いや、歩いて夜になったから野宿して……」
「一晩過ごしたの!?よく生きてたね、こんな危ないエリアで」
よく見ると女の子の後ろに馬車がある。
御者、ホロ付きの、2頭立ての馬車。中にはまだ人が乗っていそうだ。
「ていうかあんたどこの人?全然見たことない恰好してるけど」
「あ、日本人です。ぶっちゃけ遭難者です。ここはどこの国?地球?」
もう明らかに地球じゃない感じがするが(そしてなぜ日本語が通じているのだろう)、いちおう聞いてみる。
「ニフォン?チキウ?聞いたことないね。よっぽど辺境の国なのね」
なんて失礼なやつだ。お約束のような展開だ。
「ここは国境の草原地帯よ。アタシたちが向かってるのは北のナーグルって国。南はヤトマって国」
はい、全く知らない国ですね。ここはチキウですらないんですね。そうですよね。
そんなやりとりをしていると、馬車から誰かが降りてくる。
恰幅のいい、いかにも商人って感じのおっさんだ。能州堂の店主にちょっと似てる。
「どうしたんだい、彼」
「あ、イガルさん。やっぱり遭難者みたい。どうする?」
いろいろ事情をかいつまんで話す。
気が付いたら草原のど真ん中にいたこと。
丘の上から道を見つけたのでとりあえず歩いていたこと。
昨日から何も食ってないこと。
「そりゃあ難儀だったねえ」
おっさんが馬車の荷物をあさり、何やら干し肉のようなものを寄越してくる。有難く頂戴する。
「美味えー!」
ビーフジャーキー的な、塩味の効いた干し肉だ。疲れた体に塩分が染み渡る。
「生き返りました、ありがとうございます!」
深々と頭を下げる俺。
「さて、君は遭難してるんだよね。この辺りは魔獣がたくさんいて危険だから、良かったら乗っていかないか?」
願ったりです旦那様。こちらから頼む前に言ってくれた。なんて良い人なんだ。
「助かります。とりあえず、どこかの町まで乗せていただけると」
「長旅の途中だ、退屈しのぎにも丁度良いから、是非。君の話も興味深いしね。リンちゃん、いいだろ?」
このチャイナ娘はリンちゃんっていうのね。
「まあ、イガルさんが良いならいいですけど。山賊には見えないし」
山賊も出るのかい。会わなくて良かった……。
―――ゴトゴトと揺れる馬車の荷台に揺られながら、俺とイガルさん、リンちゃんの会話が続く。
要点をまとめると、こうだ。
イガルさんは国をまたぐ旅の商人。拠点はこれから向かう北の国だそうだ。
各地の名産品なんかを仕入れて他国で売っている。
リンちゃんは本名リーリン。双剣使いで、若いながらにして用心棒として南のヤトマから同行している。
本人としては武芸向上のための修行旅の一環らしい。
あと、御者のおじさん。イガルさんの長年のパートナーだそうだ。
無口そうな、ちょっと怖い雰囲気だ。
もっとも馬車の操縦に専念しているから話に混ざってこないが。
「で、君は結局、どこの誰なんだい?」
ここまで一方的にべらべら喋られたせいで自己紹介すらしていなかった。
「あ、すみません。俺は本城護といいます。日本という国から来ました」
「変な名前!」
リンちゃんが笑いながら「じゃあマモルって呼ぶね!」だと。
常識ある社会人としては、ホンジョウさんと呼べ!と言いたいところだが、まあいいや。
「しかし、よく無事だったねえ」
イガルさんが言う。
「あのあたりはデザートタイガーの縄張りだから、あんな目立つところで野営してたのに襲われなかったなんて」
「ほんと運がいいね、アンタ」
リンちゃんの言動にはいちいちトゲがあるな。
「いや、襲われましたよ?昨日ですけど、でかいトラみたいな獣に」
「!?」
二人揃って目をまん丸くする。
「襲われた?どうやって逃げきったのよ」
「人間の足じゃ絶対に逃げ切れない魔獣だよ、何かの間違いじゃないのかね?」
「いや、なんか、襲われたんですけど、グワーってきたときに急に遅くなって、刀でズバーって」
「「倒したの(か)!?」」
見事なユニゾンだ。
「ああ……はい、なぜか倒せたみたいです。あ、証拠。これ。牙」
リュックの中からなんとかタイガーの牙を出して、イガルさんに手渡す。
「ほ……本物だよ。信じられん」
リンちゃんはまだ目をまん丸くしてこっちを見ている。
「あのあたりの草原地帯はね、毎年多くの人がデザートタイガーの犠牲になっているんだ。あの魔獣は自分より大きなものにはあまり寄ってこないから、馬車以外で超えようとする人はほとんどいないんだよ」
……ああ、だからさっき俺を見つけてわざわざ声をかけてくれたのか。
「ちょっと聞かせて」
リンちゃんが真剣な表情で顔を寄せる。近い。惚れてまうやろ。
「どうやって倒したのよ。その、急に遅くなったってどういうこと?武器は何?」
「ああ……まず、分かりやすいのは武器かな。これ。日本刀っていう剣だよ」
俺はでんでん丸をベルトから外し、鞘ごとリンちゃんに手渡した。
「なにこれ……きれいな鞘……こんな細工見たことない」
「その良さが分かってくれるか。いいだろ。自慢の愛刀でんでん丸だ」
「名前ダッサ!」
つい愛刀の名前を口に出してしまった。
年頃の娘に言われるとへこむな。
「で、遅くなったってのは?」
「その、タイガーの爪がグワーって来たのよ」
「うん」
「あ、死んだーと思ったのよ」
「うん」
「そしたら、なんか急に遅くなって、ほとんど動かないくらいに」
「うん。うーん??」
あ、分かりやすく頭に?が浮かんでる。そりゃそうか。
「んで、よけて、首をこの刀で」
「ズバーっと切ったのね」
「そういうことです」
「いや、いろいろおかしいから!」
でしょうね。
「まず、ゆっくりになったってことは、魔法的なもの?あんた魔法使い?」
「いやーここの世界は魔法があるんですね。そうなんですね。初耳です」
「いや、魔法にしてもスローにするなんて魔法聞いたことないから」
そうじゃない魔法はあるんですか。いよいよ異世界ファンタジーが楽しくなってきたぞ。
「ま、それはおいといて」
置いといていいんか。
「強靭な魔獣の首を一撃で落とすなんて、あんた本当は何者?」
「あー。いちおう居合道っていう武道をやっておりまして。生き物斬ったのは初めてですけど」
「イアイ?聞いたことのない流派ね」
「あ。居合ってのは刀を使った武道自体の名前で、流派は無外流って流派です」
「ムガイ流ねえ……。街に着いたら手合わせしてもらおうかな」
「勘弁してください。対人戦の経験は皆無なんで太刀打ちできません」
「嫌よ。助けてあげたんだから言うこと聞きなさいよ」
「……殺さないでね」
「魔獣だ!!」
談笑を遮る声が響いた。
リンちゃんの見た目イメージはらんま1/2のシャンプーあたりでご想像ください。
誰かキャラ絵を描いてほしい……!!