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第32話「時間」


―――蝸牛、独歩。


……俺はでんでん丸を抜刀し、超スローで迫りくるベアの眼前に立ちはだかる。

斬れなくても、刺さるはず。

先程のルナのお手本が示してくれた。

ならば、これだ。

無外流、胸尽むなづくし。

俺は右手で握った刀を、刃をベアに向けたまま、いっぱいまで後ろへ引く。

反動をつけた全力の片手突きは、ベアの毛皮をかいくぐり、その胸を貫いた。

間を置かず、引き抜くと同時に振りかぶり、真っ向から顔面を割る。

いくら強靭な毛皮に覆われていても、鼻周辺は無防備だった。

親熊は面を割られながらも、その勢いを止めずに突っ込んできている。

俺はスローが解けないうちに、突進の標的になっているリンちゃんを抱えて横に避けた。

と、同時に時間が元に戻る。


「グルアアアアアアッ!!!」

炎に纏われた顔をさらに割られたベアは、血を噴き出しながらそのまま突進しながらもつれ、やがて倒れた。

「ふう……」

リンちゃんは一瞬きょとんとしたが、すぐに何が起きたか理解したようだ。

「また助けられちゃった、ありがと、マモル!」

抱えられたリンちゃんがにっこり笑いかける。

あ、やっぱかわいい。なんて場合でなく。


「まだだ!あと子熊がいる!」

周囲を見回して子熊の位置を確かめると、シェリィがちょうど、魔法を放つ瞬間だった。

「アース・プリズン!」

シェリィが唱えると、子熊の周りの石や土が急激に盛り上がり、

子熊を囲むように頑丈な監獄となった。

四方を囲まれ閉じ込められた子熊は、空しく慟哭している。

「はぁっ……肝が冷えたぞ」

シェリィが額の汗をぬぐった。



―――その後。

俺たちは熊の毛皮やら肉やらといった副産物も手に入れ、

日が暮れる頃にシェリィの館まで戻ってくることができた。

解体作業にかなりの時間を要したが。

さすがに4頭の肉を抱えて山を下ることはできなかったので、肉は子熊の分だけだ。

哀れ、為すすべなく屠られた子熊よ。

シェリィが言うには、親熊は肉が臭くて食えたもんじゃないらしい。

子熊は美味ということだったので、そのままシェリィ宅で俺たちは熊鍋をつつくことになった。


煮えたぎる鍋に、子熊の肉が踊る。

「オーイシイ!」

「美味しい!」

「うんまっ!」

「美味じゃ」

俺たちは満足満腹、今日の疲れを山の恵みで癒した。

ついでに馬車にあったエールとワインを持ち出し、宴会が始まる。

もうこのまま今日は泊っていけとの、シェリィの厚意だ。

酒も進み、宴も盛り上がる。

見た目小学生が「ぷはぁ―!」と酒を飲んでいる光景には違和感しかなかったが。

コンプライアンス的に大丈夫なんだろうか。


ジョッキをグビっとあおってから、シェリィが急に切り出す。

「……んで、さっきのはなんじゃ、マモル」

「え?」

「ベアとの闘いの時のことじゃ。おぬしの動きがまるで見えんかった。あれはどういう技じゃ?」

あ、見てたのね。余裕だこと。

「あれは、なんというかまあ、敵が遅くなるというか。この刀の力でして」

俺が後ろに立てかけてあった刀を見せると、シェリィが興味深そうな目で見つめてくる。

「ちょっと貸してくれんか」

と、言われたので鞘ごと渡すと、シェリィは静かに刀を抜き、まじまじと刀身を見つめた。

「ふむ……これは、確かに魔法が付与されておるような気配じゃな」

「それって、この刀に、ってことか?」

「そうじゃ、何かしらの魔力のようなものを秘めておる。魔法と言うには古い力のような気もするがな」

こんな、ヤフ〇クで買った刀に?

でも、確かに俺はこの力でこの世界に飛ばされたんだよな。

「……で、どんな魔法かは分かるのか?」

「おぬしの話からするに……時魔法かもしれん」

「時魔法?そんなの聞いたことないわよ」

リンちゃんが熊肉を頬張りながら聞く。

「まあ、そうじゃろうな。とっくの昔に廃れた魔法じゃ。だがあったんだぞ。わしのこの姿も証拠じゃ」

「あ……」

俺も思った。確かに、このロリババアは200年以上も時を止めていることになる。

しかも、若返っている。

ということは、時を遡るということも可能なのだろうか。


「まあ、わしの若返りの秘薬は偶然の産物じゃ。再現はできんがな」

「では、マモルさんの刀は失われた時魔法が込められているということですか?」

ルナの問いにシェリィが答える。

「そうかもしれん。もっとも、時魔法なんぞわしも帝国戦争の時にしか見たことがないがな」

「帝国戦争?ってアレよね。200年前の。帝国がこの大陸を統一したとき」

リンちゃんも歴史の教養はあるんだな。

帝国戦争ってのがあったのか。

せっかく学んだ世界史Bが異世界リセットされてしまった俺は、ただ聞くしかなかった。


かつてこの大陸を支配していた帝国。

その力の源にあったのは、時を操る皇帝の力だった。

周囲の時間を停止させ、誰も彼も為すすべなく葬られていく。

恐れをなした周辺諸国は、こぞって服従を誓った。

しかし、やがて皇帝が崩御すると、次第に帝国も衰退していった。

周辺諸国は帝国を打倒し、現在のように大陸を分割統治するに至る。

帝国は、旧帝国領として首都を残すのみとなり、形だけの皇帝が今も血をつないでいる。


時魔法、ねぇ……確かに、この力を無尽蔵に使えれば最強だな。

修練を積めば、3秒以上スローを続けることも可能になるんだろうか。

シェリィはなぜ知っているのか。

この日は、そこまで詳しく聞くことはできなかった。


「とにかくマモルよ、その刀の力、使いどころを間違うでないぞ」

「言われなくても、分かってるよ」

……すでにこの刀の力を過信して、痛い目も見たことがある。

最近は確実に発動できるようになってきた。

使いどころは、自分で見極める。

俺は真剣な眼差しでシェリィを見つめ、言った。


「でんでん丸の力は、俺が使いこなす―――」


「名前ダッサ!……100年前のセンスじゃな」

また言われたよ……。




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