第31話「山中」
そして俺たちは、シェリィの案内で山の中へと向かった。
俺たち3人は両手にバケツを持って。これに満タンの糞を詰めて帰らねばならない。
夏の山とはいえ、登るにしたがって涼しくなっていき、かいた汗が引いていく。
「はぁ……熊の巣に入るって、生きた心地がしねえな」
「一回受けた依頼を断ったら失敗カウントでランク降格じゃな」
ぶつぶつ呟く俺にシェリィが釘を刺す。
そんなルールねえよ。たぶん。
「さて、ここじゃ。最低でも5ヶ所は回らんといかんから、手早くな」
サイレントベアは家族単位で冬眠しているため、一つの巣穴に最低4、5頭はいるらしい。
冬眠してても糞はするのか、とも思ったが、冬眠直前にしたものが溜まっているらしい。
熟成発酵された獣の糞……想像しただけで臭そうだ。
「なるべく静かに。くれぐれもベアに触れんようにな」
俺は直径1mくらいの巣穴の奥に、ランタンとバケツ、シャベルを持って屈みながら入る。
奥へ行くに従って穴の中は広くなっており、突き当りは立つことができた。
「うわぁ……いるいる」
ランタンで薄暗く照らした先に、丸まった黒っぽい塊が……4つ。
起き上がれば3mはありそうな大きさだ。
俺はベアを刺激しないよう慎重に、周囲を探す。
「あった!」
巣穴の片隅に、どっかりと糞の塊があった。ここがトイレなのだろう。
俺は手早くかつ、なるべく音を立てないようにバケツに入れていった。
「ふう………」
無事に巣穴から出てきた俺を、ルナが安堵の表情で迎えてくれた。
リンちゃんはバケツを見るなり「クッサ!」だと。
俺の心配をしろよ。
そうして俺たちは次々と巣穴を巡り、バケツを満たしていった。
「さて、ここが最後で足りそうじゃな」
5ヶ所目。
俺は大分慣れたこの作業も最後だ、なんて考えながら巣穴に入っていった。
薄暗い巣穴の中。
ここも4頭ほどが眠っているようだ。
ランタンで辺りを照らし、さっきまでと同じように糞の塊を見つける。
「よし、あった」
俺が糞を見つけて近づこうとしたその時、足元がグニャっとした。
背筋に稲妻のような悪寒が走る。
「……やっべ」
足元をランタンで照らした先には、思った通りにサイレントベアの足があった。
小さめな、子熊の足だったから全く気付かなかった。
がっつり体重をかけてしまった自分の足を慎重にどけ、ベアの足の付け根の方へランタンを向けてみる。
そして、ランタンの灯りがベアの顔まで照らした。
サイレントベアさんのお目目はぱっちり開いていた。
ですよね。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
俺は一目散に巣穴から飛び出し、みんなに非常事態を告げる。
「ごめん子熊起こしちまったぁ!」
単刀直入に危機を伝えると、全員即座に剣を抜いて臨戦態勢を取った。
「何をしておるのじゃこのたわけ!起きてしまったベアからは逃げきれん!倒すぞ!」
シェリィも自分の杖を構える。
俺たちが巣穴を囲んで待ち構えると、中からゆっくりと、血走った目のサイレントベアの子熊が……
いや、子熊だけではない。
ご丁寧にみんな起こしたのね。
親熊と思われる3m級の巨大なのが2頭、兄弟?かと思われる2mくらいのが1頭。
そして子熊ちゃん。子熊といっても1m超えだ。
「こやつらの毛皮に剣は通らん!魔法は使えるか!?」
シェリィが言いながら杖に魔力を集中させる。
地面の石が空中に浮かび、杭のように塊を成していく。
この魔女さんは土属性なのか。
「アースショット!」
シェリィの魔法が一番大きい3m級の親ベアに直撃する。
ベアは多少ひるんだ様子だったが、すぐに両前足を掲げて威嚇の咆哮を上げる。
「……ちっ!やはり効かん!」
シェリィの土属性魔法は直接攻撃に近かったため、ベアの毛皮に弾かれてしまったのだ。
この相性の悪さも、わざわざギルドに依頼した理由だったのかもしれない。
「マモル、合わせて!!」
リンちゃんが諸手を前に突き出し、いくつもの火球を錬成する。
俺はリンちゃんの隣に走り、同じく片手を突き出して風を集める。
リンちゃんの炎の弾丸を俺の風で加速させる複合魔法。
療養中に宿を燃やしそうになったアレだ。
「「ファイアバレット!!」」
2人そろっての掛け声と共に、炎の弾丸はベアの方角へ高速で撃ち出され、
親熊のもう一方と、2m級の兄熊に命中した。
ベアたちは衝撃にのけ反ると同時に炎に包まれ、地面をのたうち回る。
その隙を、ルナが見逃さない。
「斬れなくても、刺さるはず!」
すかさず親熊の方へ飛び込み、大剣に全体重を乗せて首筋に突き刺す。
「グアアアアッ!」
親熊の片割れは唸り声を上げてピクピクと身体を震わせる。
ルナは間を置かず剣を抜き、もう一頭の悶える2mベアに止めを刺した。
「あと、2頭!!」
ルナが振り返った先、
リンちゃんが再び火球を錬成するが、連発できるのは2回が限度だ。
しかも2回目は1発しか発射できない。
しかし錬成が終わる前に、もう片方の親熊が猛然とリンちゃん目がけて突進してくる。
「ファイア!!」
リンちゃんは錬成しかけの不完全な火球を放つ。
「グガアッ!」
それは親熊の顔面に命中したが、炎に包まれながらも牙を剝くその勢いは止まらなかった。
「リンさん!」
ルナが親熊の後ろを追うが、間に合わない。
「リンちゃん!!」
―――あれを使うしかない。




