第229話「全霊」
「メイ!!」
シェリィが慌てて倒れたメイリオに駆け寄ったところで、再び魔王は瞬間移動して元の位置へと消えた。
「しっかりせい!メイ!メイ!!メイ……」
シェリィはメイリオを抱きかかえるが、すでにその身体からは力が抜け、呼びかけに応じることは無かった。
血がべっとりとつくのも構わず、ぎゅっと抱きしめるシェリィ。
「メイ……すまん……」
その光景から、歯を食いしばって視線を切る。
俺が睨むは、笑みを浮かべる魔王。
その魔王と向かい合う俺の背後、少し離れたところに、祭壇に佇む巨大な水瓶があった。
先程の千魂の話では、これこそが死者の魂を浄化する装置。
……これは破壊して良い物なのだろうか。
しかし、周りの仲間たちが立て続けに瀕死の重傷を負わされ、俺とシェリィだけが残った。
最早何の打開策も浮かばない俺は、劫ちゃんの指令を実行に移す以外にできることはなかった。
魔王から目を逸らさず、刀に魔気を込める。
一呼吸と共に振り向き、背後の水瓶へ斬撃を放った。
無外流、円要———。
叩きつけるような風の波動は的確に水瓶の中心を捉えた。
着弾点から放射状にヒビが広がり、大きな音とともにガラガラと崩れ落ちる。
俺はそのままもう半回転、再び魔王へと向き直る。
魔王は微動だにせずその光景を眺めていた。
ただ、俺の思わぬ行動に少し驚いたのか、再び俺と目が合った魔王は虚をつかれたような顔をした。
『……何をしている?気でも触れたか?』
「……さあ、なんだろうね」
答えようがなかった。
何しろ、何故こうするのか俺も分からんのだ。
『……貴様、今壊したそれが何だか知っているか?』
「……一応、聞いた。魂の、命の水瓶だろ」
『知って尚それを壊すか……転生にでも期待したか?残念ながら貴様の魂は余が粉々に砕いてやろう』
魂って、物理的に壊したり砕いたりできるもんなのか?
水瓶を砕いたところで魂が見えた訳でも無かった。
「マモル……!」
劫ちゃんが、再び声をかけてくる。
俺の背後に貼りついていたようだった。
魔王を睨みつけたまま、耳元の精霊とひそひそ会話を交わす。
「魂ちゃんに頼んだわ……今、水瓶にあった分の死者の魂が肉体に飛んだよ」
「そりゃどうも……リンちゃん、生き返ってるといいな……俺たちが死にそうだけど」
「マモル……よく聞いて。今から、千魂にこの身体を預けるわ」
「……何が狙いだ?」
「水瓶に溜まっていた命の魔気が今、この空間に飛散したの。その力を使って、魔王の身体の持ち主の魂を活性化させるわ」
「ウォルフの……魔王の魂を追い出すってことか?」
「そこまでできるかは分からないけど、隙を作ることくらいはできると思うわ」
「そこを狙えってことか」
「自動防御魔法を……せめてあの剣を手放してくれたらいいんだけど」
「……そういうことね」
「そういうことよ」
一瞬ふっと劫ちゃんの気配が消え、すぐさまボリーの身体は千魂によって目覚めた。
「……やります。いいですか?活性化するのには少し間があると思います。なんとか耐えてください……」
「……わかった、頼む」
千魂が、飛んだ。
この空間の最上部まで一気に羽を震わせると、両手を広げて叫んだ。
「活性化!!」
それは死が迫るこの現実を忘れてしまうくらい、美しい光景だった。
辺り一帯に漂っていた魂の残滓なのか、靄のようなものが青白くキラキラと輝く。
所々に薄緑の光が点々と揺らめき、それらは行き場所を求めるように左へ右へゆっくりと動き回る。
まるで夜行性の蛍が一斉に求愛を始めたように。
魔王すら、見とれていた。
やがて蛍の光は千魂の振り上げる腕に従ってその頭上へと収束し、指し示したその導きによって魔王を包み込んだ。
『……なんだこれは!命魔法か!?』
初めて焦りの表情を浮かべた魔王。
命が燃える光は、魔王の身体の中へと吸い込まれていった。
……硬直して自分の身体に異変が起こらないか身構える魔王。
だが、何も起こらない……。
手足をゆらゆらと、自分の意思通りに動くことを確認し、ふん、と吐き捨てた。
『何のことはない……貴様は何だ?妖精か?』
頭上遠くにいる千魂を見て余裕の表情を浮かべる魔王と、その視線にビクッと震える千魂。
魔王はちらっと俺の方へ視線を移して言った。
『貴様は最後にじっくり遊んでやろう。今、仲間を皆屠るから少しだけ待て』
その言葉に反応したのは、メイリオの亡骸を抱いていたシェリィだった。
「思い上がりも大概にせい!!」
シェリィの杖の前に石や岩が集まり、とてつもない力で超圧縮されていく。
またたく間に錬成されたのは、ダイヤモンドのような高硬度の、無数の楔。
「わしの全魔力、受けてみい」
浮かび上がった楔はその鋭い先端を魔王へ照準を合わせた。
「彗星群!!」
振り下ろされた杖に合わせて、空気を切り裂くような音と共に楔はロケット弾のごとく撃ち込まれていった。
それは魔王の自動防御魔法でもって弾かれてゆくものの、攻撃は途切れることなく続いた。
大地を糧として次々と錬成され発射されるダイヤモンド硬度の弾丸。
まるで多弾倉のガドリングガンのように、ひたすら魔王の全身を襲い続ける。
自動防御魔法とて人の為せる業、限界があるはず。
シェリィの魔力が勝つか、魔石の防御力が勝つか。
轟音と閃光の中、土煙が空間を包み込んだ。
いよいよ佳境です。
決着まであと2話。




