第175話「登山」
プルースと共に町の中を歩き、門へと向かう。
デビルネックに入った時とは反対方向の門から、山の麓の方へと抜けた。
サガルマタはまだまだ遥か遠くにあるらしいが、世界一の山はその巨大さからか、町の裏手からでもすぐ近くに見えた。
あまりの大きさに遠近感がおかしくなりそうだ。
この世界の測量がどの程度の精度なのかは知らないが、地球の単位で言えば標高約7000m。
俺たちが今いる地点、町のある場所でも3000m級の高原地帯だ。
ここから約5000mあたりまでの登山道を緩やかに登り、二股のとんがり帽子みたいなサガルマタの山の脇を抜けて裏へと向かう。
横の距離で約30km、縦の距離で約2000mの道のりは、その数値を聞いただけで険しいことが分かる。
ただでさえ空気の薄いこの地点から、徒歩で往復しなければならない。
「レビテイションでマモルだけ飛んでいけないのかしら?」なんて台詞を先日行ったのはリンちゃんだったが、それも無理な話だった。
漂流中に散々試したが、レビテイションの持続時間はせいぜい数分。
高さも数百メートルが限度だった。
要するに、地味に歩くしかない。
「あーー、雄大な景色をバックに、煙草吸いたいなぁ……」
背景には世界一の山からなる連峰。
登山道の傍ら、山羊たちが群れて高原の草を頬張るあたりの台地で、俺たちは一息ついていた。
ちなみに煙草はもう無い。
この世界にも煙管はあったので試してみたが、味が好みではなかった。
メンソールしか吸えんのだよ、なんて不健康なことを高原ウォーキングしながら考える。
「ふう、やっぱり標高高いと消耗するわねー」
リンちゃんも、水筒の水を飲んで汗ばんだ顔の雫を拭った。
「空気が薄いのがつらいですね」
ルナも女の子座りで少し岩にもたれかかった。
「私も体力無いなぁ……もっと走らなきゃ」
ティファナは草っぱらに大の字でぐったり。
「みんな情けないなぁ。ボクはまだまだいけそうなのに」
「………」
元気なメイリオと対照的に、シェリィなんて口から魂出そうなくらい疲れ切っている。
「プルースさん、あとどのくらいですか?」
座り込む俺たちの前で、1人平然と立って前方を見つめるプルースに聞く。
今日の目標地点は、デビルネックとサガルマタの中間地点にある山小屋だ。
そこからさらにサガルマタの目の前にある、ベースキャンプとなる山小屋集落を目指すのだ。
「あと半分……以上はありますかね」
その言葉を聞いて、シェリィの口から抜け出た魂が空へと吸い込まれていった。
……まあ、冗談だが。
「魔獣が出ることもありますので、警戒はしてくださいね」
プルースがさりげなく警告したものの、その日は幸いにも魔獣との遭遇も無かった。
陽が暮れる寸前まで歩き続け、俺たちはなんとか山小屋へと辿り着いた。
ちなみに途中からシェリィは限界が来て俺が背負ってやった。
魔法と知識はすごいが体力は子どもだから、仕方ないと言えば仕方ない。
体重も子ども並みに軽かったが、さすがに登り道をおんぶで進むのは俺もこたえた。
山小屋へ着くなり、倒れ込んでしまった。
簡単な炊事場はあるものの、山小屋に誰がいるはずもなく、食事は自炊のみ。
俺が寝ている間に、一番元気だったメイリオがプルースと一緒にシチューを作ってくれた。
翌日も朝から同様に進む。
歩けど歩けど、岩と石の道。
雄大なサガルマタは本当に少しずつ、近付いてきた。
次第に根雪もちらほら見えてきて、いよいよもって寒さが厳しくなってくる。
毛皮のコートと手袋、帽子が本当に有難かった。
昨日もろくに喋る余力もなかった俺たちだが、2日目はもっと無言だった。
いつもは賑やかなパーティなのに、口を開くだけで体力が消耗してしまう。
頭の中で色々な考えを巡らせながら、足だけが前へと進んでいた。
世界樹に行ったら、何が起こるのだろうか。
俺がこの世界に呼ばれた理由が、分かるのだろうか。
昨日から、ずっとそのことばかりが気になっていた。
何回かの休憩を挟みつつ、その日の夕方。
サガルマタ山麓の山小屋集落へと到達した。
季節は登山シーズンに差しかかろうという時期だったため、俺たちの他にも数組の客が山小屋を利用していた。
この地点にあるのは数軒の大きな宿泊用の山小屋。
住人のいる町ではなく、常駐の管理人が交代で詰めているらしい。
とは言っても飯を炊いてくれるでも布団を敷いてくれるでもなく、山小屋への宿泊料を徴収するのと清掃が仕事な人たち。
今日も夕飯は自炊だ。
昨日と同様に、メイリオとプルースが支度に入る。
昨日は寝てしまっていて見てなかったが、料理をしながらこの2人、けっこう打ち解けてきたみたいだ。
メイリオはプルースの顔を見て時折笑顔を見せていた。
親子の絆を取り戻すには、共同作業が良いってことなのかね。
「おまたせ!」
メイリオが真っ先に俺に差し出してくれた器は、野菜と山羊肉の煮込み。
濃厚なスープは疲れた身体に染み込み、文句なしの美味しさだった。
山小屋での雑魚寝は寝心地イマイチだったものの、ここから先は全てテント野営だ。
四方を壁に囲まれてストーブまでついているこの場所で、精々疲れを取っておこう。
「プルースさん、この辺りはどんな魔獣が出るんですか?」
煮込みの入った器を持ちながら聞く。
「そうですね……大体は山羊やウサギを狩っている肉食獣ですかね。トラとか、クマとか。ただ……」
「ただ?」
「この辺りの言い伝えでは、“神獣”とも呼ばれる大型の獣が出ると言われています」
「……神獣、ですか」
「見た目は巨大な象ともカバとも見えるらしいです。デビルネックのお宿に絵画がありましたよ」
「見てなかったな……こんな空気の薄い場所でそんなの出たら戦えるかや」
「僕も長いことガイドをしていますが、出会ったことはありません。それほど心配することは無いかと」
「それならいいですが……」
フラグビンビンじゃねえか、それ。
山の道のりは険しく……ガイド付きだから遭難はしませんが。
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