第17話「予選」
―――稽古に明け暮れた3週間が過ぎ、大会当日となった。
今日は王都の広場で行われる予選会。
予選は6ブロックに分かれて、トーナメントで行われる。
各ブロックを勝ち抜いた者が翌日の本戦に臨める。
8名が出場するのに6ブロックなのは、予選免除のシード招待選手が2人いるかららしい。
昨年の優勝者と、準優勝者だそうだ。
予選には100名を超える参加者がおり、予選だけで最低5回は勝たなければいけない。
ルールは明解で、審判判断の戦闘不能か、降参の申し出で勝敗が決まる。
真剣ではなく、もちろん木剣使用だ。つまり、でんでん丸の能力は元より使えない。
強くなったことを確かめるためにも、俺にはもってこいの条件だ。
ちなみに、試合ということで、俺は居合道着に身を包んでいた。
正絹の帯を締めることで、気合が入る。
Aブロック、一回戦―――
東、リーリン・フェイ!西、ゴズ・ゴリアート!
あ、一回戦の相手、あの絡んできたやつらのゴリゴリゴリラだ。
ゴズゴリアートって。名前までゴリゴリかよ。
―――始め!
勝負は一瞬だった。
突進してくるゴズの大剣の一撃をひらりと紙一重でかわし、そのまま回転した勢いの剣が脳天に直撃した。
スコーン!と気持ちの良い音が響き渡る。
審判が止めるまでもなく、白目を剝いて倒れるゴリラ。嗚呼、ゴズ。哀れ。
―――勝者、リーリン!
審判の勝ち名乗りに誇らしく右腕を上げる。
俺も惜しみない拍手を贈った。
―――Fブロック一回戦、マモル・ホンジョウ 対 ギル・ハーマン!
……あ。
一回戦の相手、あのチャラ男だった。
「ぶちのめしてやるぜぇ……」
初めて名前を知ったが、ギル君はもちろん殺気立っている。
―――始め!
審判の合図とともに、ギルが長剣を構えてジリジリと距離を詰めてくる。
久しぶりの、リンちゃん以外との対人戦だ。落ち着こう。
「ふぅ……」
俺は木剣を左の腰に差し、その場に正座した。
「ああ!?なんの真似だてめえ!」
「……いいから、来いよ」
居合とは後の先を取る必勝の武道だ。
本来、こういった一対一の想定が一番力を発揮する。
ギルが額に怒りの血管を浮かせて突進してくる。
「ぶっ!殺す!」
ギルはますます顔を紅潮させ、全身全霊の一撃を放ってきた。
「うぉりゃああああっ!」
俺の脳天にむけて渾身の長剣が振り下ろされる―――
俺は木剣を右手で受け流しに抜き上げつつ、右斜め前方へ剣撃をかわす。
標的を失った長剣はむなしく地面に跳ね返り、ギルの左胴はガラ空きになった。
足を踏み変えつつ、木剣を両手で握り、脇を絞め、狙いを定めて袈裟斬りに斬り下ろす。
無外流「陰中陽」―――
「あべっ!」
情けない声と同時にギルが剣を落としてその場に倒れ、脇腹を押さえてもんどりうつ。
―――勝者、マモル!
審判のコールが響き、俺はふぅっと息を吐いた。
チラッと後ろを見ると、リンちゃんがスカッとした笑顔でガッツポーズをしている。
ギルは泣きそうな顔をしてまだ痛がっている。
……本当にかませだったな、こいつら。
―――勝者、リーリン!
―――勝者、マモル!
そうして俺たちは次々と敵をなぎ倒していった。
正直、毎日リンちゃんを相手に稽古をしていた身としては、みんな大したことのないように感じた。
リンちゃんより速い敵はそうそういないだろう。
……本当に、強くなっているんだ。
俺は少し、自信がついてきた。
―――勝者、ルナ・サザーランド!
ふと隣のEブロックを見ると、リンちゃんと同じくらいの若い女の子が勝ち上がっていた。
いかにも騎士といった装備にロングソードの木剣。大剣と言ってもいい。
よくあの細い腕で振れるもんだ。
しかも、金髪に碧眼の、お世辞抜きで美少女だ。
キラリと汗をぬぐう姿に思わず見とれてしまった。
「あの子かわい……、いや、強いな」
「なに鼻の下のばしてんのよ」
ぼそっと呟いたのを聞かれたのか、隣にいたリンちゃんに睨まれる。
「いや、だって隣のブロックだから本戦でまず当たるでしょって」
「本当に……?かわいい、とか言いかけてなかった?」
「いやいや空耳ですよ」
嫉妬してんのか?このチャイナ娘は。
そのまま順当に勝ち上がり、無事に俺もリンちゃんも決勝トーナメントへの進出を決めた。
―――その日の夜。
「いやー、めでたい!まさか2人とも本戦行きを決めるなんて!」
予選を観戦してご機嫌なイガルさんがおごってくれたので、久しぶりの4人で酒場に繰り出していた。
「君たち、本当に強くなりましたね」
ロズさんも黙々と飲みながら端端で褒めてくれる。
「リンちゃんのおかげですよ、本当に」
「君たちは本当にいいパートナーだね。そのまま結婚してしまえばいんじゃないか?ハハハ!」
リンちゃんがまた真っ赤になった。
「な……何言ってんのイガルさん!アタシはそんなつもりは……」
「そんなつもりは?」
イガルさん、このセクハラ親父が。
「ま、先の話はまたにして、今夜は明日の英気を養っておくれ!」
その晩は宴会もほどほどに、明日の本戦に向けて早めに解散となった。
夜、宿の庭園にて。
「いや、まさか俺が本戦まで勝ち上がれるとはね」
「思ってたでしょ?」
「ちょっと」
「ふふふ」
「本当に、強くなってきた気がするよ」
「この街に来たときはあんなザマだったのにね」
「……頼むからそれは忘れてください」
「とにかく、明日はがんばりましょ。決勝まで行けば、アタシとマモルの勝負になるわよ」
「そうか、AとFブロックだったから本戦でも決勝まで当たらないのか」
「決勝で、会いましょ。稽古みたいに手加減はしないからね!」
「……まだ稽古では手加減してたんかい。お手柔らかに、としか言えねえな」
「お互いにね」
「がんばろう」
俺とリンちゃんはチン、とワインのグラスを重ねて、明日の健闘を誓った。




