第144話「夜獣」
メイリオの頭を撫でていると、辺りに不穏な気配が漂い始めた。
……殺気だ。近くに、魔獣がいる。
「……メイリオ」
低い声で名を呼ぶと、メイリオも気付いたらしく、顔を上げたその目は、一瞬で戦闘モードに変わっていた。
「魔獣だね、それも、多い」
「だよな」
2人で武器を取り、周囲を見回す。
ちなみにメイリオの武器は小柄な体躯でも扱いやすい、諸刃の短剣だ。
「ティファナ、起こす?」
「……とりあえず、俺らでダメそうになったら叫んで起こすわ」
「了解」
今夜は、右側が大きく欠ける暁月だった。
月明かりは頼りなく、星空の下で真っ暗な風景に、赤く光る無数の目が遠巻きに俺たちを睨んでいた。
「……あの大きさ、多分、フロックウルフだな」
「詳しいね、マモル」
「一度撃退したことがある。連携攻撃してくるから厄介だな」
「どうする?」
「先制攻撃するかな」
でんでん丸に魔気を込め、風を溜める。
「一陣」を使えば、群れの大半を蹴散らすことができるだろう。
魔獣だって馬鹿じゃないんだから、敵わないことを悟れば去っていくはずだ。
鯉口を切り、抜刀しようとしたその時。
闇夜に光る魔獣の目は、急にまばらに動き出したかと思うと、あさっての方向へと散っていった。
「あれ?いなくなったね」
俺の殺気を読んだ……?いや。
「よりヤバいやつが近付いてきて、逃げたのかもな」
「ヤバいやつって、例のアレ?」
「デザートタイガー……かな」
「そりゃ良かったね、探してたんでしょ」
「まあな……こんな命がけの食材探しなんて、我ながら阿呆だと思ったけどな。下手すりゃこっちが食材だ」
「……マモル、来るよ!」
フロックウルフと思われる群れが散ったその後ろから、一際大きく光る2つの目。
お出ましだ。
ん?でもアレって……異様に、でかくねえか?
大きな目は、一気にこちらに向けて加速してくる。
その影が闇の中に輪郭を帯び、やがてはっきりと視認される。
やはり、デザートタイガーだ。
しかし、尋常じゃないくらいにでかい。
俺が最初に出会ったやつは虎サイズだったが、迫りくるコレは明らかにアフリカ象並みだ。
んなこと考えている間は、あっという間。
タイガーの爪はすでに一足飛びで俺の首を狩ろうとしていた。
蝸牛独歩―――
時を緩めたその獣は、やはりあの時のデザートタイガーの倍以上のサイズだった。
俺は自分の首の真横にある、鋭い爪を突き立てた前脚に向かって、真っ向から刃を振り下ろした。
ザンッっという手応えと共に、骨ごと断たれたタイガーの右前脚が吹き飛ぶ。
スローが解けると同時に、辺り一面に血しぶきが舞い上がる。
何が起こったのか理解できないタイガーはバランスを崩して、俺たちの前で激しく転倒した。
「あっ」
「ティファナが!」
気付いた時にはすでに、ティファナが寝ているテントがどでかいタイガーの身体によってぺちゃんこになっていた。
ゆっくり起き上がったタイガーは、自らの前脚が無くなっていることに驚き、次いで訪れた激しい痛みに身体を震わせた後、その大きな舌でベロベロと傷口を舐めたかと思うと、踵を返して逃げ去っていった。
残されたのは、血みどろになった俺たちと、切り落とされた前脚、そして潰れたテント。
俺とメイリオは慌ててテントへ駆け寄った。
テントの支柱はバキバキに折れたようで、そこにあったのはただの布の塊だった。
「ああ……なんてこった」
「ティファナ……」
こんな形で仲間を失ってしまうなんて。
さっきまでテントだった布塊の前で崩れ落ち、俺とメイリオは涙をこぼした。
「うう……すまないティファナ……俺がラーメンの具材なんかにこだわったせいで……」
「そうだ……マモルのせいだ……このラーメンバカ……」
その時、布の塊の中から蚊の鳴くような声が聞こえた。
「ちょっと、勝手に殺さないで……」
!!
「ティファナ!生きてるのか!?」
「生きてるよ……なんも見えないから、早く出して……」
慌ててテントを閉じる紐をほどくと、中から無傷のティファナがぬっと這い出してきた。
「もう……なんなのよ。死ぬかと思ったよ」
立ち上がり、埃を払いながら周りの状況を確認するティファナに、呆然とする俺とメイリオ。
「えっと……確認していいかな。テントと一緒に潰されたよな?」
「え?うん、潰れたね。びっくりした。何だったのアレ」
「……極大サイズのデザートタイガーが、テントに転倒したんだけど」
「あ、メイリオそれダジャレ?テントに転倒だって。ふふ」
「いや、なんで無傷なんだよ。テントぺちゃんこなのに」
「だって風魔法でテントごとガードしてたもん。シェリィに教わって。マモルさんだっていつも寝るとき部屋にやってるでしょ?ま、私の魔法は弱いから、もたなかったみたいだけど。自分が潰れない程度には守れたよ」
「いつの間にお前そんなことまで……」
ホッとして腰が抜けてしまったのは、メイリオも同じだったようだ。
「良かったぁ……のしイカみたいになったティファナ見なくて済んで……」
今夜の収穫:巨大デザートタイガーの前脚。あと小鹿の肉。
今夜の被害:テント全損。俺とメイリオの衣服、血まみれ。
デザートタイガーの血でどろっどろの服は、生乾きになればなるほど、どぎつい臭いを発していた。
朝を待てず、俺たちは街へ戻るべく、戦利品を持って街道を南へと歩き始めた。
本日2度目のコロナワクチン接種だったため、夜に熱出しそうなので早めに更新しておきます。
明日も寝込んでいる可能性があるため、予約投稿にしました。明日は17時に更新されます。
【めざせ100ブクマのかべ!】
新しく読み始めてくれたアナタ、出会いの運命を記念して是非、清き1ブクマを!
毎日読んでくださっている皆様、誠にありがとうございます。




