第13話「殺意」
前と同じようにイガルさんが手形を見せて王都の門をくぐり、馬車はそのまま宿へ着いた。
途中、ナギの街ではあんなにも輝いていた異世界の街並みが、今の俺には全く入ってこなかった。
宿の部屋に入り、ベッドに腰かけても、呆然としたままだ。
イガルさんから夕食の声かけもあったが、上の空でどんな返事をしたのか覚えてもいない。
それほど、さっきの出来事を引きずっていた。
……なぜ、発動しなかったんだろう。
俺のあの能力さえあれば、どんな敵でも楽勝だと、たかをくくっていた。
よくある異世界無双なんて甘い考えは、完全に打ちのめされていた。
しばらくして、ガチャっと部屋のドアが開き、リンちゃんが入ってくる。
イガルさんたちとの夕食を済ませてきたんだろう。
手にはグラスと、ボトルを持っている。
「マモル、いつまでも落ち込んでないで、ちょっと飲みましょ」
正直まったく酒を飲みたい気分じゃなかったが、促されるままにグラスを受け取った。
リンちゃんの持つボトルからワインのような赤い液体が注がれる。
「……新しい街に、乾杯ね」
「……かんぱい」
明らかにテンションの低い声で応じる。
チン、と弱弱しくグラスを合わせた後、ぐいっと酒をあおる。
全然味が分からなかった。
こんな情けない姿を見せたんだ。幻滅しただろうな………。
「ねえ」
「……?」
グラスのお酒を一口飲んだ後、リンちゃんが話し出す。
「さっきのことなんだけど、能力使えなかったんでしょ?」
「……ああ。ごめんな。情けないところを見せて」
「アタシなんとなく原因分かるよ」
「え?」
思わずリンちゃんの方を向く俺に、リンちゃんが続ける。
「アンタ、あいつらのこと殺そうとしなかったでしょ」
……核心を突かれた気がした。
「魔獣退治で検証したじゃない。発動条件。敵からの攻撃と、アンタの反撃」
確かに、魔獣は、狩るために、こちらに向かってくる敵に抜刀していた。
「アンタが殺意……っていうのかな。敵を殺したくないって思ったから、発動しなかったんじゃないかな」
……言われてみれば、その通りな気がした。
一連の展開を思い起こしてみると、確かに、人を殺したいなんて微塵も思っていなかった。
腕や足を斬りつけ、戦闘不能にすれば良いと考えていた。
魔獣の時も、相手がこちらに気付いていないときには発動しなかったんだ。
そういうことなんだろうか。
ガーラントの刃が振り下ろされてた時でさえも、
俺は眼前の男を「殺す」ようなイメージを持つことができていなかった気がする。
「だから、しょうがないよ。人を殺すのなんて誰だってイヤだし。アタシだって好き好んでやってるわけじゃないよ。たぶんアタシが斬ったやつらも死んでないし」
そうなのか。あのときは周りを確認する余裕も無かった。
「使いたいときに使えるように、これから練習していこうよ」
そう言ってニコっと笑うと、リンちゃんは空になった俺のグラスに酒を注いでくれた。
この娘はなんでこんなに優しいんだ。
俺はグラスを持ったまま、また涙が溢れてきてしまった。
10歳も年下の女の子に慰められて、本当に情けない。
立ち直らなければいけない。強くならなければいけない。
そうじゃないと、この先、自分の命も、大切な命も守れない。
元の世界へ戻りたいのか、この世界で冒険したいのか、
今の俺は目的もあやふやなままだが、死んでしまったら元も子も無い。
「……ありがとう。がんばるよ」
少し無理に笑顔を作り、リンちゃんに向けた。
「俺、もっと強くならなきゃ。付き合ってくれるかな?」
「もちろん!」
リンちゃんは二つ返事で大きく頷き、笑ってくれた。
―――明日。今日のことより、明日へ。
そんな決意をさせてくれたリンちゃんには、いつかきっと恩返しをしよう。
少し気分が落ち着いた俺は、リンちゃんと酒を酌み交わした後、一人で宿の食堂へ行って遅い夕食を済ませた。
そのまま少し、外の庭へ出てみる。
この世界の星空は地球にいた頃よりはるかに美しく、多くの星々が競うように輝いていた。
明らかに地球とは模様が違う大きな月の明かりも、夜の街をやさしく照らしている。
もともとそんなに詳しい訳じゃないが、天の川らしきものもあるような気がする。
……と、いうことは、ここは異次元の世界というよりは、同じ宇宙の他の星なのだろう。
であるなら、物理的になんらかの力で転送されたとして、元に戻る手段もあるのかもしれない。
さっきもふと思ったが、俺はこの先、どうしたいんだろう。
やはり元の世界に戻りたいんだろうか。
あれも現実だが、これも現実だ。
日本に大切な家族がいないわけでもない。
読みかけだった本や、やりかけだった仕事もたくさんある。
だが、俺が今ここにいるのには、何か理由があるのだろう。
でんでん丸は俺に、この世界で何をさせようとしているのだろう。
その何かが分かるまで、この世界を旅して、いろいろなことを見聞きしなければいけない。
……いや。「しなければいけない」では、気分的に社畜時代と変わらないな。
この異世界を旅して、探訪する。
きっと、現実ではありえないような絶景があるだろう。
エルフやドワーフにも会っていない。
前向きな気持ちで、この世界を生き抜いていこう。
今日の醜態は後々挽回するとして、俺は夜空の月に向かって、決意を新たにした。
リンちゃんがいい子すぎてやばい。
護が飛ばされた星はたぶん銀河系ではあるようです。天の川を別な視点から見たら、どう見えるんでしょうね。
ちなみに作中で言う場面なかったんですが、ナーグル首都の名前は「アボール」です。




