第110話「毒婦」
朝が来た。
ルナとティファナは他の女中と共に早速朝食の支度に入る。
国王の朝の支度は側近の仕事で、ここにいる女中たちは炊事と清掃などが主な仕事だ。
昨夜の地下でのやりとりを、ティファナはしっかりルナに伝えていた。
「茶を淹れる人間が、怪しい」。
周りを慌ただしく歩き回る女中の動きを、自分たちも役割をこなしながら目で追った。
やがて国王のお膳に料理が盛られ、最後に湯飲みに茶が注がれる。
注いでいたのは……名前を知らない、40歳くらいの女中だ。
お膳の器の中身が揃ったところで、さりげなくルナが近付いて湯飲みを覗き込んだ。
丸薬のようなものは……見当たらない。
茶ガラひとつない、緑色の茶だった。
ティファナはそれと同時に、茶を注ぎ終わった急須の行方を追う。
女中が流しの隅に置いたところで、食器を片付けるふりをしてこっそり急須の蓋を取る。
中の茶葉の香りを嗅いでみたが、葬送花の、わずかな甘い香りは全くしなかった。
朝の配膳が終わり、ルナとティファナが2人でひそひそと作戦会議をする。
「お茶……何も入っていませんでした」
「急須も見たけど、葬送花の香りは全然しなかったよ」
……行き詰まった。
「まだよ、ティファ……ティナ。あの湯飲みの行方を、ずっと見続けましょう。下膳されて洗ってから、湯飲みに何か仕掛けをしたのかも」
「洗った後から次の食事までの間、ずっと見てるなんてできるかな」
「交代で、なるべく他の女中さんも全員目で追いましょう」
「わかったよ。がんばろうねルナ!」
「しーっ!ルイーゼ、ですよ」
「なんか結局みんな私たちのこと知らないし偽名必要だったのかな」
「用心するに越したことは無いんです」
そして朝食後の下膳を迎える。
侍従長が持ってきた国王のお膳を、いつものようにドウフが受け取り、残飯を捨て、流しへと運ぶ。
ルナとティファナはその動きを追う。
他の側近の下膳もあったが、ルナは上手く立ち回って炊事場内の片付けに回り、部屋から出ずに済んだ。
これで、洗い終わるまでの様子は見ることができる。
ドウフに怪しまれないよう距離を置いて作業をしつつ、横目で流しのドウフの様子を把握する。
洗った後は丁寧に上等そうな白いタオルで拭かれる国王の食器。
最後に湯飲みをタオルで拭き上げると、ドウフはテーブルの向こう側、重厚な木製の食器棚の中にお膳ごと入れた。
一瞬死角となりそうなところを、ルナは気配を消してドウフの姿を追う。
食器棚を開け、お膳を入れたその時、ドウフが袖から何かを取り出し、湯飲みの底に塗りつけたのを、見逃さなかった。
ドウフはほんの数秒でその動作を終え、何事もなかったかのように食器棚を閉じると、厳重に鍵をかけた。
元より国王の食器類に毒などが塗られぬようにするための処置だ。
その鍵を管理しているドウフが、毒を入れた張本人?
戻ってきたティファナがルナに耳打ちする。
「どうだった?」
「ドウフさんが、食器棚に国王の膳を入れる時、湯飲みに何かしましたね」
「マジ!?じゃああのおばさんが……」
「でも、どうして毒見の人は平気なのでしょうね」
「シェリィに聞いてみないと分かんないか……」
朝食の後始末までが終わり、しばしの休憩時間。
ルナとティファナはゾンテ・ヤン将軍の執務室の戸をノックした。
もともと将軍の推薦で女中となった2人だ。
ここの部屋を訪れることにさほど違和感は無い。
「どうぞ」
ゾンテの低い声が奥から聞こえ、ルナが静かに戸を開く。
女中らしく深々と頭を下げて入室する。
「シェリィさん」
ルナがチラッと見ると、戸の横に張り付くようにもたれているシェリィがいた。
昨夜の侵入時からずっと、予め合鍵をもらっていたゾンテ・ヤンの執務室に、マモルとシェリィは潜んでいた。
「おつかれさま、ルナ、ティファナ」
物陰に潜んでいたマモルもルナに声をかける。
「んで、首尾はどうじゃ?」
シェリィの問いかけに、ルナはさっきの出来事を話した。
「ふむ……洗った後に、毒を塗る……か」
「まだ毒かどうかは分かりませんが。お茶を淹れた直後の湯飲みには、不純物は見当たりませんでした」
「急須も、全然におわなかったし」
「まあ、葬送花の香りは茶の匂いに紛れるとほとんど分からんが……。ティファナの鼻が確かなら、湯飲みに細工をしたようじゃな」
3人とも、うーんと顎に手を当てて考え込んだ。
マモルはその様子を見ながら、かつて地球で見た推理ドラマの一端を思い出していた。
「なあ」
マモルに、みんなの視線が集まる。
「その、塗ったやつ?ってのが片付ける時に入れたんなら、昼までに乾いちゃってさ。お茶淹れて毒見が終わった後にゆっくり溶け出すってこともできないかな」
「できんことも、無いな。調合具合によっては」
「じゃあ、確かめる価値はあるな。これをやっちまうと後戻りできないけど……」
そう言うと、マモルはゾンテ・ヤン将軍を見た。
そして、昼食時。
「侍従長」
「これは、ヤン将軍。どうなさいました?こんなところに」
ゾンテは国王への配膳をしようとしている侍従長を廊下で止めた。
「すまんが、ちょっとその膳を持って私の部屋に寄ってくれ」
「えっ……将軍、さすがにそれは……」
「毒が混入されているおそれがある」
「なっ……なんですと!?しかし厳重な毒見を済ませておりますが」
「だから、その湯飲みに細工がされているかもしれんのだ。陛下の御身の安全のためだ」
「わ……分かりました」
侍従長を伴い、ゾンテは自室へと向かった。
あとちょっとで解決……!
リュウシャン編は書いているうちに思いもよらぬ展開になっていきました。
あと数話でスッキリします。
【目標100ブクマ】
ブックマーク・評価をいただけると大変有難いです。
50ブクマを超えました!応援ありがとうございます。
目標まであと半分……!
お友達にお勧め等していただけるとこの上ない喜びで御座います。




