第11話「旅立」
初日に行った、あの酒場。久しぶりの4人がテーブルを囲んでいた。
イガルさん、ロズさん、俺とリンちゃんだ。和やかな雰囲気だ。
同じ宿なのでほぼ毎日会ってはいたけれど、この1ヶ月は立ち話くらいでお互いに近況を報告する程度だった。
商人は夜の付き合いもあるのだろう。朝食の食堂でもめったにこの2人には会わなかった。
イガルさんがボアの肉を口にしながら言う。
「わしらは明朝に、この先の王都へ向かうよ。君らはどうするかね。できれば引き続き用心棒として同行してもらいたいんだが」
「私も、そうしてもらえると心強いですね」
ロズさんも続く。
「アタシはそれでいいと思うわ。王都も行ってみたいし」
「俺もかまいません」
なんだかんだで過ごしたナギの街にも愛着は沸いたが、もっとこの世界を知りたい欲求も膨らんでいた。
……次のステージへ。
俺もリンちゃんも、この街での最後の夜を楽しんだ。
―――宿にて。
「なあ」
「?」
「この1ヶ月で、俺は強くなったと思うか?」
「何言ってんの。強くなったわよ。確実に。まあ……もともと修行してたからでしょ。型の稽古を反復してたから、実戦を積んでそれを使えるようになった。こんな急激に強くなるなんて、自分が焦るわ」
「ありがとな」
素直な感謝の言葉が出た。いつかの馬車の中で言ったとき以来か。
「な、なによ今さら!改まれると恥ずかしいじゃない!」
リンちゃんは照れてそっぽを向いてしまった。
「いや、一応伝えておきたくてさ。これからもよろしく」
「……うん」
お、明らかになんか顔が赤いぞ。これはフラグかな。
この冒険の果てに、リンちゃんとの明るい未来が……なんて妄想は大概にして、明日に備えて寝ましょう。
―――翌朝。
荷物を積み込み、すっかり見慣れたこの街の通りを北へ抜けて馬車は走る。
いよいよ、旅立ちだ。
王都までは馬車の足で丸一日くらいかかるらしい。
北の門を抜け、再び荒野を行く。
しばらく、ガタゴトと揺れる馬車の中、ゆっくりと動く景色を眺めた。
北の王都へ向かう道は、おおよそ森を切り開いた街道だ。
木々の隙間に落ちる木漏れ日が綺麗だ。
ごくたまに、すれ違う馬車もいる。
のどかな旅路を楽しむとしよう。
―――その日の夕刻。
違和感。不快感と言ってもいい。
魔獣ではない。ねっとりとした視線を感じる。
「なにか、嫌な感じがする。見られてるわね」
リンちゃんも同じように感じたらしい。
「そういうことなら、たぶん人の気配だな。山賊かもしれないぞ」
御者席からロズさんが応える。
「どうする?」
率直に聞くが、誰からも返事がない。
イガルさんとリンちゃんは、ホロから外を警戒している。
「……来るとしたら、この先の峡谷だな」
イガルさんが話す。
「この先の道は谷の狭間を抜けていく。山賊が襲うならもってこいのエリアだ」
「山賊って……王都へ向かう道なんだから警備とかいないんですか?」
山賊なんてたまったもんじゃない。襲われるのも嫌だし、何より戦闘になって人間と殺し合いなんてごめんだ。
魔獣を斬るのとは訳が違う。一線を超えてしまう気がする。
「もちろん王都の警備は巡回しているがね。山賊なんて滅多に出ることはない。ただ、この辺りは山も多いし、森も深いから、どうしても全ては捕えきれないんだよ。やつらは逃げ足も速いし、襲う相手も選ぶ。だからわしら商人は、通るときにはなるべく用心棒を雇うんだ。小さい馬車1台だから、狙われちゃったかな」
「アタシたちの出番ってわけね。マモル」
「大丈夫かなぁ……」
不安げな俺をよそに、ロズさんが振り向いて声をかけてくる。なんか笑ってる。
「頼りにしてるよ、マモル君」
ロズさん、なんか前より笑うようになったな。
いつでも対応できるよう前後を警戒しつつ、馬車は峡谷の手前で止まった。
両側を10メートルはあるだろう崖が囲む道。
崖の上は木々が生い茂っていて、いかにも何かが隠れていそうだ。
「これ上から石とか落とされたらひとたまりもないんじゃないですか?」
これでも三国志全巻読破の俺だ。ここで俺が襲うなら絶対罠を仕掛ける。
「うーん、だからといって抜けないわけにはいかないわよね」
「街道だから、それなりに往来があるんですよね」
「そりゃ、まあね。だからこそ山賊も狙う相手は選ぶんだろう。もしかしたら、わしらはターゲットじゃないかもしれんしな」
……この嫌な視線は、敵意だ。きっとこの連中は俺たちを狙ってくる。
「いや、来ますね、たぶん……」
そんなセリフを口にしたことに自分自身でも驚いたが、直感でそう思った。
「アタシもそう思う。殺気むんむん感じるもん」
リンちゃんは、さすがだ。
さて、どうしてくれようか。
「往来が多いのであれば落とし穴系の罠は考えにくいので、落石や弓矢の奇襲を警戒しないといけません」
「どうやって防ぐ?石なんて落とされたらこの馬車じゃひとたまりもないぞ?」
「突っ切りましょう。スピードが速ければ速いほど狙いもつけにくいはず。その先で攻撃が来たら俺とリンちゃんで対応します」
「まかせて!」
リンちゃんが腕を鳴らす。
「やるしかないか」
イガルさんに、ロズさんがアイコンタクトを交わして頷く。
ロズさんが馬たちに鞭を入れ、馬車は急発進し、峡谷へ全速力で突っ込んでいく。
ワンテンポ遅れて、左右の上空からまばらに矢が降ってきた。
「やっぱり!ロズさん気を付けてください!」
無防備に馬車の外にいるのは御者席のロズさんだ。
リンちゃんがその後ろに立ち、双剣を抜く。
「まかせて!矢弾くらいなら撃ち落とせる!」
頼りになる用心棒だ。
1Kmほど続く峡谷をそのまま駆け、まもなく無事に抜けそうだ。
両側の谷の上から放たれた矢数的に、相手さんは、10人以上はいる団体様なはず。
谷の上の敵は早々降りては来られないだろう。
何とかなりそうだ。
……なんて思うときは、大体何とかならないんだよな。
峡谷を抜けた直後、木々の間に突然ピンとロープが張られて行く先を塞がれた。
ロズさんが慌てて手綱を引く。
馬車を引く2頭の馬が同時に前足を蹴り上げ、急ブレーキをかけた。
馬車はまるでドリフトをするように横にスライドし、一瞬片輪が浮くも、何とか止まることができた。
馬車の中にいた俺たちは荷物とともに馬車の中に転げ回った。
「しまった!来るぞ!」
情けなくも引っくり返ったまま叫んだが、姿勢も臨戦態勢も崩さず御者席に仁王立ちしているのはリンちゃんだ。
「何者だ!!」
気迫のこもった声でリンちゃんが牽制し、馬車の前に飛び降りた。
その声を聞いてなのか、ぞろぞろと左右の木々の間から人相の悪い男たちが現れて馬車を囲んだ。
「威勢のいい嬢ちゃんだな」
顔面に縦割りの傷がついた、ひときわ人相の悪い男が、でかい斧を肩にかついで不敵な笑みを浮かべている。
俺も馬車から飛び降り、リンちゃんと背中を合わせる。
「荷物と金を全部置いていきな。そうしたら殺しゃしねえよ」
馬車の中から顔を出したイガルさんが、男を見て眉間に皺を寄せる。
「その傷…………おまえはガーラントだな!まだ生きていたのか!」
「へえ……俺も有名人なんだな」
「その傷の似顔絵を見たことがある。マモル君、リンちゃん、そいつは金貨100枚の賞金首だ!」
金貨100枚!それはそれは。とっ捕まえれば100万円か。
だけど、高額な賞金首ということは、それなりに強いってことだよな。
俺の能力があれば大丈夫か……。
囲んでいる敵は10人くらい。さっきの峡谷から仲間が合流してしまったら倍以上になるだろう。
その前に殲滅しなければ、こちらが危うい。
「マモル、いける?」
背中越しにリンちゃんがぼそっと声をかける。
「たぶん。俺の能力を使えばいけるさ」
初めての、対人戦…………。
そこには、思わぬ落とし穴があった。




