美紅と亮祐のデート①
「亮君、ほんまありがとう」
「・・・・・・大丈夫だ」
俺と美紅は二人きりで京都の町を歩いていた。清水寺の辺りかと言うとそうではなく、美紅と一緒に行動すると決めてから美紅はバスを乗り継いで、ここ先斗町に俺を連れてきた。
この辺りはまさに「古き良き京都」と言わんばかりの風情のように感じる。狭い通りながらも、その歴史を来た人におもく伝える風格が備わっている。
この先斗町の横には有名な鴨川が流れており、鴨川から離れる方向に行くとあの有名な京都の通り名の唄の辺りに行くらしい。京都の通り名の唄は・・・・・・
「なぁ、美紅。通り名の唄ってわかるか?」
「ん? 東西と南北とありはるけど? ここで言いはる言うことは東西?」
そこまではわからないが・・・・・・
「たぶん」
「わかりますよ」
と言って美紅は顔を少し斜め上を向くようにした。そして、小さく息を「すぅ」とすった。
「♪ まる たけ えびす に おし おいけ あね さん ろっかく たこ にしき し あや ぶっ たか まつ まん ごじょう せきだ ちゃらちゃら うおのたな ろくじょう しちちょうとおりすぎ はちじょうこえれば とうじみち くじょうおおじでとどめさす ♪」
美紅はまったく詰まることなく唄いきった。楽しそうでも、悲しそうでもなく、ただただ優雅に唄うその姿に俺は魅了される、こともなく、へぇと思いながら聞いていた。
「こないな感じやな」
「すごいな。よくこんなの唄えるな」
「おもろいこと言いはりますね」
美紅が面白そうにクスクスと笑った。笑うときに手を隠すようにしていたのが癖なのか、それとも淑女としてのたしなみなのかはわからない。もしかしたらその両方かもな。
それはそれとして、俺には何が面白いのかまったくわからない。俺は普通なことを言ったつもりなんだが?
「あぁ、うちは昔からうとうてますから。覚えてる言うよりも馴染んでる言う方がええんとちゃうかな、おもうて」
まだ顔には笑みが残っているが、美紅が種明かしをした。そう言われてみるとそうなのかもしれないな。まぁ、俺にとってはすごいことには変わりないがな。やっぱり外の人からしてみると、直ぐに出てくるのは驚きだと思う。
「そう言えば、南北の方は?」
ここまで来ると、そっちも気になる。
「そっちは」
と言うと、美紅は再び小さく息を吸った。
「♪ てら ごこ ふや とみ やなぎ さかい たか あい ひがし くるまやちょう からす りょうがえ むろ ころも しんまち かまんざ にし おがわ あぶら さめないで ほりかわのみず よしや いの くろ おおみやへ まつ ひぐらしに ちえこういん じょうふく せんぼん はてはにしじん ♪」
「こっちも言い慣れてるから」
今度は笑顔を隠すことなく、微笑みながら俺に言ってきた。
言い慣れているか・・・・・・もしかしたら俺も昔は練習してたのかもしれないな。まぁ、今となってはどうでもいいことだが。
「亮君もはよー、練習して、うちみたいに言えるようにせなあきまへんな」
「・・・・・・えっ」
俺の聞き間違いか? そうして旅行に来た俺が言えるようにならないといけないんだ? 確かに歌えた方が旅行にとっては楽だろうが、そんなにここにいないのに、覚える必要があるものなのか?
俺が美紅の発言に驚いたように、美紅も俺が驚いたことに驚いたようだ。表情が大きく変わっているということはないが、眉が少し上がっている。
「何を驚いてはるの? うちと結婚するんやったらこのくらい覚えんとあかんよ」
おいおい・・・・・・またその話かよ。やんわりと断らないといけないな。またさっきみたいに泣かれたら困る。
俺のその一瞬の逡巡を美紅はどうやら別の意味に捉えたらしい。
「あっ、うちが亮君のとこに行く思ーてはったから覚えへんでええ思ーとったっんやね。うちはぜんぜんそれでええんやけど、それでもやっぱりこっちのことを知っとかへんと色々と困りはるよ」
いや、そう言う意味じゃないんだ。別に俺がどこに住むからとかって言う意味で驚いたんじゃない。逆にそんなことを俺が思うわけないだろ。
だが、そんなことを言う美紅の顔はすごく煌めいていた。どうやら話を切り出すのはもう少し先になりそうだ。




