美紅と亮祐②
「亮君、ほんでどうされはるの?」
妃菜、アユ、鈴花のことを傍観していた美紅が俺に向かって口を開いた。「どうする」の具体的な内容は言われなかったが、十中八九、許嫁のことだろう。
どうするもこうするも言われても、俺は覚えてないし、いきなりすぎるし、第一若いし。別に一人の方が気が楽だが、一生独り身でいたいとは思っていない。いつかは結婚して家庭を気づこうとは思っているが、今は平凡な暮らし(ができていないが)を送りたい。
「美紅、お前はどうしたいんだ?」
そもそも美紅はどうなんだ? 美紅も許嫁という枷に縛られて、自由がなくなっているんじゃないか? ここでもし美紅も許嫁について疑問に思っているならここで、終わってしまえば・・・・・・
「うち? うちは亮君と結ばれる運命にあるさかい。いつでもええで」
あぁ、これはアウトだ。何がアウトかって、顔がうっとりしている。週末の夕食(おかしなものを入れるのは週末の夕食のみになった。毎回入れているとさすがにもったいないらしい。俺としては週末にも入れるなという話なのだが)を食べた妃菜ほどではないが、夢見る少女と呼んでもおかしくないような表情だ。
面倒なことになってきた。元から面倒なことになっていたが、それ以上に面倒なことになってきた。とりあえずどうすればいい? 許嫁がいる人に「どうやったら解消できますか?」って聞くか? そもそも許嫁がいる人がいるのか?
じゃあ、美紅に「やっぱり、解消しないか?」って言うか? それはそれでありだと思う。美紅も高校生なわけだし、話せばお互いに理解し会えると思う。本当にそうかは少し疑問が残るところではあるが。
「なぁ、美紅?」
「ん? どないされました?」
「許嫁ってやつを解消しないか?」
俺の言葉が何かのトリガーだったかのように美紅の動きがピタッと止まった。その様子に、辰弥が「あーあ」と呆れたような声を出し、エミリーが「おっと」と言った。他の人も反応は違えど何やら不穏な動きをしている。
えっ、どうした? どうした? 俺なんかやらかしたか? ただたんに時代錯誤の関係をなくそうって言っただけだぞ。普通じゃないか? よく覚えていない約束だぞ?
俺は周りのやつら(美紅以外)をキョロキョロと見渡した。すると目の前にいる辰弥が左手の人差し指で美紅の方を指さした。俺に向けという合図だろう。
俺は恐る恐る美紅の方を見た。すると、サラサラとした髪をなびかせながら手で涙を拭っている美紅の姿があった。俯いているので顔はよく見えないが涙が出ていることはわかる。なぜかというとせっかくの着物にポタポタと落ちているからだ。
・・・・・・どうしよう。って考えている場合じゃねぇ!
「美紅、すまん。悪かった」
「うっ、りょ、亮君が、うっ、うちを、す、捨てはった、うっ」
途切れ途切れの声からでもはっきりと悲しみの感情は感じ取ることができた。罪悪感と申し訳なさで押しつぶされそうになる。ちなみに言っておくが、俺は別に美紅を捨てたわけじゃない。そこは誤解しないでくれ。
「本当に悪かった。だから泣き止んでくれ」
これ以上泣かれた周りからも注目を浴びそうだ。それは非常に困る。何が困るかというと、罪悪感の上にいたたまれなさまで追加されたら俺の心が持たない気がする。
もともと俺は他人と関わらない生活を送ってきた。そんなやつにこの状況はやばい。慣れてなさ過ぎる。
「うっ、うっ、うっ」
「美紅、悪かった」
嗚咽が聞こえる中、何度も頭を下げて謝った。そのおかげなのか、それとも時間のおかげなのか、美紅は徐々に落ち着きを取り戻していった。
「うっ、うっ、許さへん」
子供か! 別に許してもらえなくてもあと三、四日もすれば会わなくなるのだから特段問題はない。だが、数少ないつながりであり、さらに父親の知り合いの娘さんと決別したままというのも何かとだめな気がする。
「悪かったって。どうしたら、許してくれる?」
「じゃあ、うちを抱いて」
どっちの意味だ? ハグの方か? それとももう少し進んだ方か? どちらにしても俺はやらんぞ。どうして妃菜といい、美紅といい、平然と爆弾発言ができるやつが多いんだ? 俺が異常なのか? 美紅たちが普通なのか? ならば俺は普通にならなくてもいい。
「そ、それはちょっとなぁ」
「ほんなら、今日、うちと過ごしてくれへん?」
輝きを持った目(理由は省略)が俺を見据えてくる。今まで大人びていた顔が、急に幼くなったように感じる。さっきの感じからして、もしかしたら内面は成長できていないのかもしれない。
俺はちらっと辰弥の方を見た。辰弥は一瞬苦い顔をしたが、ため息をついて俺に向かって「どうぞ、どうぞ」と手で促してきた。それとは対照的に、俺の横(実際は後ろだが)からはうなり声が聞こえてくる。
はっきり言っておくがこれは決して修羅場ではない。修羅場というものは恋人関係にあるやつらがなるもので、俺たちは決してそんな関係ではない。
どうするべきか・・・・・・妃菜たちの機嫌はいつでもとれそうだが、美紅の機嫌はここでとらないととれそうじゃないな。
はぁ、しょうがない。じゃあ、辰弥。そっちは任せたぞ。
俺はそんな思いで辰弥に目配せをした。それを感じ取ったのか、辰弥が微妙に頷くのが見えた。
「美紅、大丈夫だ」
前からは喜びの「はぁ」と息をのむ声が、後ろからは色々な感情が交ざった「はぁ」と息をのむ声が聞こえてくる。
・・・・・・大変だ。
 




