美紅と亮祐①
「うちと亮君が最初に会うたんは五歳の頃かな。うちの母上と、亮君のお父上が旧知の仲らしゅうて、亮君のお父上が京都に来るときにうちの屋敷に泊まったんや。そこに亮君がついてきたいうことやな」
「最初はあんま話さへんかんったけど、時間が経つにつれて徐々に話すようになったんや。色々話したなぁ。どんな遊びが好きかとか、京はどんなところか、ほんまに色んなことを話したなぁ」
「もちろんそんとき歩美ちゃんもおりはったんやけど、二人して忘れとったようやな。まぁ、歩美ちゃんはお母上と京都見物されてはったから覚えてないんも仕方あらへんけど」
「とりあえず、それが一回目のときかな。二回目が、その後やから小学校の一、二年生くらいかな? そのときにうちは亮君に告白したんや。あのときのことは今でも夢に見るわぁ。屋敷の紅葉が降りしきる夜に勇気を出して告白したら、亮君もうちのこと好きやて」
「ほんまにうれしかったわぁ。こんなに幸せなことがこの世にあるんやって思うた。その後は忙しかったなぁ。二人でうちの部屋に行って、朝まで亮君の腕の中で」
「おい! それは嘘だろ!」
「先輩! どういうことですか! 私は先輩のために初めてをとってたのに!」
「小学生でんなことがあるわけないだろ。・・・・・・って、おい、今『とってた』って言ったか?」
「それが何か?」
「はっきり言っておくが、俺はお前とヤッていない」
「そんなー。まぁ、ぐっすりと寝てたから覚えてないのも仕方ないですが」
「はっ?」
「嘘ですけど」
「お前、後で殴る」
「えー! どうしてですか!」
と言うのはさておき、俺たちは今、美紅の案内で「茶をしばく」ことのできる場所に来ている。今、俺たちは店の外の長椅子と一人用の椅子を使って『この字』になりながら座っている。ちなみに俺は左端に座っており、右には妃菜、アユの順。俺の前に辰弥、その隣に鈴花、エミリーの順で座っており、俺と辰弥の斜め横に美紅が座っている状態になっている。
清水寺で色々と説明をしてもよかったのだが、何せ周りに人もたくさんいるので邪魔になるだろうということでここまで移動してきた。その道中に変わってことは特になかったが、強いて言うなら俺の右腕に妃菜がしがみつくのはいつものこととしても、鈴花が俺の左にもう少しで密着するような距離感で歩いて、後ろの裾をアユがしっかりと握っていたと言うことくらいか。
正直に言うとものすごく歩きにくかった。周りからの目が尋常ではなかったというのもあるが、それ以上に物理的に歩きにくかった。
何が一番歩きにくかったと言うと、アユが俺を引っ張るのが一番キツかった。そもそもアユはそんなことをするようなやつではないので、「どうしてだ?」と聞いたところ小さな声で「は、はぐれちゃうじゃん・・・・・・」と恥ずかしそうに言った。まぁ、高校生にもなってはぐれそうと言うのは確かに恥ずかしいものかもしれない。
鈴花に至っては「ひ、人が多いから・・・・・・その・・・・・・距離を詰めた方がいいかと思って」と消え入りそうな声で言った。確かに道は空けた方がいいと思うが、前から来る人を避ければいいんじゃないか? あんなに歩きにくい距離にしなくてもいい気がするが、と思った。
一方俺たちを先導していた美紅はと言うと、俺に鋭い視線を向けて、「あとで覚えときなはれや」と言っていた。どうして俺の周りには普通に会話ができそうな人が少ないんだ? そこまで威嚇される覚えはないんだが?
だが、来る途中にも色々と話をしてわかったことがある。
まず一つ目は、美紅は俺たち(妃菜とアユを除いて)と同級生だということ。俗に言う「ため」だ。それにしては大人びて見えるのは服装のせいか、それともただたんに落ち着いているせいか。年齢よりも下に見える妃菜とは正反対だな。
そして二つ目は、美紅は『赤羽堂』の娘だそうだ。『赤羽堂』と言えば、京都で相当有名な老舗和菓子屋だ。だが、どうやらそれほど厳しい家柄ではないようで、嫁入りした母親の方は、現在高級ホテルの厨房で和食の総料理長を任されているとのこと。
普通なら和菓子屋を手伝わされそうな気もするが、他人の店のことはよくわからない。もしかしたら和食の総料理長ということが幸いしたのかもしれない。
そして、俺の父親と親しいのはその母親だそうだ。なにせ同じ料理学校でコースは違えど同期で切磋琢磨し合った仲らしい。憧れるな、なんてことはサラサラない。そもそも俺には他人と競える物がない。
そして父親が和食を少しでもかじるために出向いた先が、美紅の母親だったというわけだ。そのついでに和菓子もかじったそうだが、そのあたりは俺には関係ない。
ともかく、俺はそのときに美紅と知り合ったそうだ。まだ記憶がはっきりしないので確かなことは言えないが、そう言われればそうだった気もする。
それでも俺が美紅を好きだったことは覚えている。好きと言っても、それが恋愛感情だったのか、それとも友達的にだったのかはわからない。そもそも子供のときの好きなんて、懐かしいなぁ、くらいの笑い話にするものだろ? それをこんなに覚えているか、普通?
とにかく、今そんなことを言われても、俺はどうしようもない。覚えてもなければ美紅とはほとんど初対面な気しかしない。当時の美紅の姿さえぼやぼやしている。
「それで、亮君。日取りはいつにされます?」
一通り説明し終わった美紅が俺に向かって聞いてきた。俺の周りには(と言っても若干一名だけだが)どうやら色々とスッとばかすやつがいるようだ。
「俺はまだ十六なんだが」
「結婚とちゃいますよ。婚約の発表の日取りです。いくら許嫁言うても、婚約発表くらいはせぇへんとあきませんの。まぁ、そのついでに結婚の日取りを決めてもええんやけど」
上品に笑いながら俺の意図とは全く別の回答を言ってくる。俺としてはやんわりと断ったつもりなのだが、どうやらその意図をくみ取ってはもらえなかったらしい。
「先輩、私という人がいながら、他の女と関係を持つとはどういうことですか!?」
「いや、お前と俺は赤の他人だ」
「お兄ちゃん! 私はあんまり知らない人と結婚するべきじゃないと思う!」
「うん。それはそうだが、いったん落ち着け。そのくらいわかっている」
「亮祐君、いったん落ち着いて!」
「鈴花、お前が落ち着け」
何が起きているんだ・・・・・・とにかく面倒なことが起きているということしかわからない。四方八方からおかしな発言、ごくごく一般的な発言、それに本人に対して言いたい発言が飛んできた。それを言うこいつらもだが、この光景を楽しそうに見ている辰弥たちもなんとかしたい。
とりあえず、もう少し話し合いが必要なようだ。




