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清水の舞台③

「覚えてくれてたん? おおきに」

 美紅(みく)は(美紅で合っているようだ)漂っている品に似合わず、明るい笑顔を俺に向けた。その笑顔が美紅の不思議な感じをより一層引きたたている。


亮祐(りょうすけ)、本当に知り合いなのか?」

「あ、ああ。昔な」


 多分昔に合っているがそのことを正直に言ったらだめな気がしてならない。もっとも、隠し通せるとは思っていないので、タイミングを見計(みはか)らって正直に言うつもりだ。


「そ、昔に色々とあったんやけど、それよりあんた」

「ん? 俺か?」


 美紅が辰弥(たつや)に声をかけた。辰弥は誰かよくわからない美女に声をかけられて戸惑っているようだ。この場合、「美女」よりも「誰かよくわからない」というところがミソだろう。


「そう、あんたや。亮君の呼び方やけど『亮祐』はあかんのとちゃいますか? それやったら『亮』って呼ばへんと」

「どうしてだ? それに俺は『あんた』じゃなくて、水琴(みこと)辰弥(たつや)。辰弥でいいぞ」

「あら、うちとしたことが自己紹介がまだでしたな」


 そう言って美紅は和傘を閉じて、(ふところ)から包丁でも拳銃(けんじゅう)でもなく、扇子(せんす)をとりだした。なんとなくこういう風な和服美女は拳銃を持っていそうなんだが・・・・・・母親のドラマの見過ぎだな。


「うちは赤羽(あかばね)美紅言います。よろしゅう頼んます」


 へぇ、そんな名前だったっけ? 美紅っていうのもなんとなく聞き覚えのある名前を言ったつもりだったから当たってびっくりしてんだよな。俺って運がいいのか? いや、妃菜(ひな)が俺に付きまとっている時点で幸運の持ち主ではないな。


 それにしてもパッとしないな。頭の中に(もや)がかかっているみたいだ。そう言えば、母親が昔記憶喪失の女性を演じているときに『頭に靄がかかってるみたい』って言ってたな。こんな感じなのかな?


 って言うのはいったん置いておいたとして、やっぱり思い出せない。うっすらと記憶しているのは無邪気な笑顔と、強気な感じ、その中にも女の子らしさがあって・・・・・・あって、あれ、そこから先が説明しづらい。


 その子に対して何か想っていた気がする。尊敬、畏怖(いふ)、・・・・・・思い出せないが何かを考えていた気がする。それが何だったかうまく思い出せないが。


 来るまでは誰かいたなぁ、くらいの感覚だったが、美紅に出会って段々(だんだん)記憶がはっきりしてきた。きっかけって大事なんだな。


「っで、『亮祐』って呼ぶことの何が悪いんだ?」


 辰弥の声が聞こえてきたことで俺は話の流れに引き戻された。確かにそんな話をしていたし、俺もその発言が気になっていた。辰弥が俺のことを「亮祐」と呼んだところで何がだめなんだ? 「亮」って呼ばれたら逆に誰だよ、ってなる。


「わからへんの?」


 クスクスっと笑いながら辰弥を挑発した後、扇子を広げて自分の口元を隠した。

 この挑発に辰弥がのるということもなく、俺も辰弥もただその光景を眺めていた。こいつは何がおかしいんだ? 誰かがぼけでもかましたのか?


堪忍(かんにん)へ、そないなこと言われるなんて思ーてへんさかいに」

「・・・・・・いや、それはいいんだが、どうしてだ?」

「『どうして?』言われても、せっかく亮君が『加賀(かが)(りょう)()う、格好ええ偽名使(つこ)うとるのに『亮祐』なんて呼んだら、台無しやん」

「「あっ」」


 ついつい俺と辰弥の声がそろってしまった。そしてそのままお互いに顔を見合わせる。確かに、見知らぬ人には加賀涼っていう偽名を使っているのに、辰弥が「亮祐」なんて呼んだら台無しだな。それは盲点(もうてん)だった。


「って、どうして俺の偽名のことを知ってるんだ?」

「なんで言われても・・・・・・作るの手伝ったやん」

「へ?」


 素っ頓狂(すっとんきょう)な顔、とまではいかなくても少し垢の抜けたような顔をしている。多分俺の顔はまさに素っ頓狂な顔になっているだろう。


 だって俺は自分で偽名を作ったんだぞ。下心丸出しのやつらを俺の周りから消すために自分で作ったんだぞ。安直(あんちょく)にもほどがあると思われる偽名を。(苗字と名前の最後の文字をとっただけ)


「まさか思うけど・・・・・・覚えてへんの?」


 疑いのまなざしが向けられる。別にごまかすこともできるが、ここは本当のことを言っておいた方がいい気がする。


「悪い。偽名のことどころか君のことさえ全く覚えてないんだ。名前はうろ(おぼ)えの中から引っ張り出してきただけで、美紅が多分父さんの知り合いの娘さんということぐらいはわかるんだが、それ以上のことは何も覚えてないんだ」

「そんな・・・・・・」


 少なからずショックを受けている顔だ。知り合いに(と言ってもすごい前にあっただけなのだが。そんなことを言っても妃菜に比べれば知り合いの域に達しているか)忘れられているということは相当ショックなものだ。


「ほんなら、あの約束のことも覚えてへんの?」

「あの約束って?」


 何か約束したのか? また京都に来るから会おうとかか? それなら今ここで()たせた。だが、なんとなく違う気がする。この少し悲しそうな、でもどこかうれしそうな、そんな相反する感情が交じった顔は何か違う気がする。


 嫌な予感がする。最近おかしなことが多いからそう感じるのかもしれないが、やはり何か恐ろしいことが起こりそうな気がする。


「うちと結婚してくれる()う約束やん。()()嘉神(かがみ)亮祐君。ずっと待ってたよ、亮君がうちのことを迎えに来てくれるのを」


 迎えに来る? ずっと? 約束? 結婚? 許嫁!?


「はー!!!!」


 清水寺に俺の声が響くのが耳から聞こえてくる。だが、そんなことは今はどうでもいい。だって俺の目の前にいるこいつが、俺の、許嫁だと!?

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