清水の舞台①
相談の結果、今日は清水寺に全員で行くことにした。そして明日、明後日はそれぞれ自由行動(と言っても俺は自由行動ができる自信がないんだが、特に妃菜が理由で)となった。
なので俺たちは今清水寺にいる。もちろん大きな荷物はホテルのフロントに預けてきた。高校生の、しかも六人の旅行と言うことで少し驚かれたが、保護者の同意書(辰弥とエミリー(笑里、それに鈴花の保護者に書いてもらった)があったので、それなりにスムーズに受付を済ませた。
チェックインの時間までまだ結構あるし、俺たちも特にホテルでゆっくりしたいと思っているわけではないので、もし時間があればもう少しまわる予定だ。
ちなみにホテルの部屋はシングルが六室だ。どれだけ太っ腹な懸賞なのか疑いたくなったが、それは俺が言ってもしょうがないことなので放っておくことにした。
それにしてもカードキー式の扉はいいな。あれなら妃菜は入ってこられないだろ。いつものようにベッドに入られて起こされるということもない。俺の家も全部カードキー式にしようかな?
まぁ、それはそれとして・・・・・・
「多くないか?」
あたりには家族連れが多くいた。夏休みってこんなにも人が多くなるものなのか? 観光地を甘く見ていた。右に倒れれば人にぶつかり、左にぶつかれば人にぶつかり、立ち止まれば人にぶつかり、早足になれば人にぶつかり、って言うのはいつも通りなのだが。
それにしても多すぎる。それに驚きなのは意外と着物の人って少ないんだな。
「へー、俺はもっと着物の人が多いのかと思ってた。ほら、舞妓さんとか」
「あー、それ私も思ってた」
どうやら他のやつらも同じことを考えているらしい。辰弥の発言にエミリーが同調し、鈴花とアユ(歩美)が頷いている。
「あっ、でもあれ! 舞妓さんじゃない!」
そのとき、エミリーが指さしながら、声を出した。俺たちがその方向を見ると、確かにおしろいをして、着物を着ている女の人がいた。
「いえ、この時間帯に舞妓さんが観光地に出向いていること何てほとんどありませんし、あの人たち、上唇にも口紅を塗っていました。本当の舞妓さんなら上唇には塗りません。それにあの人たちの着ているのは振り袖でありません。褄を持って歩いてないことから普段着慣れてないんでしょう。レンタルの人も少しためらったのかもしれないですね。まぁ、要するにあの人たちは観光客の人ですよ。お店の人ももう少し本当の舞妓さんみたいにしてあげてもいいような気もしますが」
俺たちの発見を妃菜が一掃した。探偵か? 探偵なのか? もうさっきの台詞はどこかの推理ドラマみたいな感じだったぞ。
俺だけではなく、他のやつらも口をポカンと開けて、妃菜を見ている。その当の本人は恥ずかしそうに耳を赤くして俯いている。
にしてもさすがだな。俺も妃菜の能力というか、実力は認めているが、まさかここまでとは・・・・・・何度か京都に来ていた俺でさえそんなことは知らなかった。
父親はそんな遊び人ではなかったので知らなくても当然なのかもしれないが。
「と、とにかく行きませんか?」
「あ、ああ、そうだな。行こう」
妃菜の声かけによって俺たちは再び歩き出した。
「どうして、ヒーはあんなこと知ってたの?」
エミリーが妃菜にどうしてあんなことを知っていたのか聞いた。俺も少なからず気になっていたので妃菜の方を向く。
妃菜は少しばつの悪そうな顔をしたが、その顔もすぐにはれて口を開き始めた。
「小さい頃、礼儀の勉強、みたいな名目で知り合いの置屋にいたことがあったんです。そのときに色々教えてもらって・・・・・・」
なるほど。知っていた理由も、さっきばつの悪そうな顔をした理由もわかった。要は妃菜にとって忘れたい過去なんだ。置屋でどんな経験をしたのか、それがよかったのか、悪かったのかはわからないが、妃菜にとって置屋に行かされたことが忘れたいことなんだ。
妃菜はお嬢様扱いされるのが嫌で家から逃げ出してきた。『小豆沢グループ』と言えば誰もが知っている出張家政婦などを扱っている大企業。そこの長女が妃菜だ。
あまり詳しいことは知らないが、その頃の教育は結構キツかったらしい。そのせいで妃菜は家から飛び出し、一人暮らしを始めた。俺との出会いはその途中だ。
そのあたりのことはどうでもいいとして、妃菜にとってその頃の記憶は俺の幼少期のそれと似ているんだろうな。俺だけじゃない。アユにとってもそうなのだろう。
俺は妃菜の頭に手を置いた。そして、妃菜を見ないようにしながら口を開いた。
「着物姿も見てみたいな」
少しでもその頃の記憶がよくなるように、そう思って俺はそう言った。そのときに置屋に行ってよかったと思えるように、その頃に家にいてよかったと思えるように。
誰かにそのことを肯定してもらえれば、自分でも肯定できるはずだ。人は他者に観測されることによって存在を確定することができる。その人という像は誰かに観測してもらうことで完全なものになる。
その人の記憶も、感情も、他の人の一言によって評価され、確定する。ならば、俺が、俺たちが妃菜を肯定することで妃菜の過去を評価することで、絶対にこいつを救うことができるはずだ。
「せ、先輩・・・・・・」
「ん?」
少し涙にうるんだ声が聞こえてきた。
「今から着替えてきます!」
「やめんかい」
「いえ、着てきます! もちろん下着は着ません!」
「頼むやめてくれ」
薬が効きすぎたようだ。投与する量って難しいんだな。




