鈴花と妃菜が面倒なことになっている③
「・・・・・・なるほど、で嘉神がパパになったわけか」
「和泉先生、何を聞いてました?」
人の話のどこをどう聞いたらそうなるのか聞きたい。聞いたところで、意味がないことは俺も知っている。
俺はさっきまで書道部顧問の和泉怜央先生と、同じ書道部に所属している同級生の堀北鈴花に事情を説明していた。妃菜に説明を任せると、状況がややこしくなるどころか。嘘しかつかないので(なんとか)黙ってもらっていた。
一応、二人のことを紹介しておこう。
和泉先生は性別的には女性だ。ロングヘアとその容姿からしても女性にしか見えない。だが、一度口を開けば飛んでくるのは強い言葉ばかり。さらに行動も男勝りのものが多い。校内で煙草を吸っているところを度々見かける・・・・・・やめろ、って言ってるのにやめないのが不思議だ。もうそろそろ職を辞めさせられるぞ・・・・・・
鈴花の方は大体説明したよな。俺との関係は説明したとおりで、今俺の目の前で驚きの顔をしているのが鈴花だ。長めのポニーテールがいつも書道の邪魔なように見えて仕方がないが、本人曰く「前に、亮祐君に似合ってるって言われたから・・・・・・」だそうだ。俺の発言力って強いのか?
普段はおとなしい性格だが、ここぞというときの行動力はすごい。(さっきの大声みたいに)代謝がよほどいいのかいつもほんのり顔を赤くしている。人それぞれなんだろう。
「えーと、小豆沢だっけか? 何か補足はあるか?」
「もちろんです! 全くのでたらめです!」
ここは裁判所か何かか? ならばおそらく、今からお前が言おうとしていることは採用されないだろう。
「私は妻で、相思相愛です! 一緒に住んでますし、今日もこの後ヤル予定です」
「嘘をつくな・・・・・・」
「本当じゃないですか!」
「真実のかけらもない」
俺の方を向いて熱心に言ってくる妃菜に対して、俺(亮祐)はなるべく妃菜の方を向かないようにしながら適宜修正を加えようとする。
和泉先生、なぜ妃菜に話を振った? 虚言癖の塊にこんなことを聞いても仕方がないだろ! それとも何か、俺の精神を壊そうとしているのか?
「確かにヤリそうではあった」
「和泉先生まで・・・・・・」
「クソッ。まさか嘉神に先を越されるとは。どうする? どうする、私。大丈夫だ。まだまだ三十路に入ったばっかり。これから、まだまだいける・・・・・・」
何やらブツブツ言っている。確実に地雷を踏んだな。俺のせいではないぞ。これは完璧に妃菜のせいだな。あぁ、これはいつもの泥沼パターンだ・・・・・・おそらく昨日も合コンが失敗したのだろう。
「りょ、亮祐君、嘘なの?」
「嘘に決まってるだろ」
「はぁ」とため息をつきながら、俺は鈴花に答えた。
「そ、そうだよね」
鈴花は言葉通り、胸をなで下ろした。まぁ、驚くよな。今まであまり驚かなかった、辰弥やエミリー(笑里)が異常なんだよな。あと和泉先生も。
「阿婆擦れさんは黙ってもらえますか?」
一安心していた鈴花に妃菜がかみついた。
エミリーのときもそうだが、お前は人のことをそういう風な目でしか見られないのか? 一言言っておくが、今のところお前が一番阿婆擦れであり、ビッチだぞ。
「あ、阿婆擦れじゃないし!」
顔を赤くして、手に握りこぶしを作りながら鈴花が大声を出した。
「妃菜、よく初対面の人にそんなことを言えるよな」
「先輩、騙されないでくださいね。こういうちょっとおとなしそうな人が夜はすごいんですから」
「りょ、亮祐君! ち、違うよ! そんなことないよ!」
「動揺してますよ、先輩!」
「そりゃそうだろ」
「亮祐君、私、一途だよ」
もう何が何だかさっぱりわからなくなってきた。妃菜は得意げな顔をしているし、鈴花は今にも泣き出しそうだ。俺は俺でこの状況が飲み込めなくなってきた。
いったん整理しよう。妃菜が鈴花のことを「阿婆擦れ」と呼んで、それに対して鈴花が「違う」と言った。ここまでは俺も大丈夫だ。
問題なのはそれから先だ。まず妃菜の「騙されないで」は誰にだ? まぁ、流れ的に鈴花のことだとは思うが、一体全体騙されるとはどういうことだ? 俺からしてみれば、妃菜の行動に騙されないようにするのが大切なのだが。
それで、いったん「夜はすごい」は置いといて(妃菜の妄想のため)、鈴花の「一途」に対して俺はどう反応するのが正解なんだ? 別に俺に関係ないし、「へぇ」で済ませていいのか? それとも「そうなのか!」みたいな返しがいいのか? 反応に困るようなことは言わないでくれ・・・・・・
「嘉神、お前面白いことになってきたな」
「・・・・・・辰弥みたいなこと言いますね」
一番楽しそうですね! そりゃよかったですよ!
今も妃菜が鈴花をにらみつけて、鈴花の方も頑張ってにらみ返している。誰か、助けてくれ・・・・・・




