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学校に行っても休まるところがない⑥

「私、そういうお嬢様感が嫌で家を飛び出してきたんです・・・・・・」

 エミリーの「お嬢様」発言を受けて、妃菜が口を開いた。

 暗い空気が周りを漂い始めた。さっきまでとは打って変わって、重く、どんよりとした空気だ。


「小さな頃から、家事の練習や他の習いごとをして、小豆沢グループに恥じないように、って言われて育ってきたんですよ。でも何かと上手くいなくて怒られてばっかりでした。それがもう嫌で、嫌で、私は三年前に家を飛び出しました。止める人も、追いかけてくる人もいませんでした。去る者は拒まずってことなんですかね・・・・・・」


 ポツポツと言葉が漏れ出るように、妃菜は自分自身の過去を話し始めた。


 そうか、俺と似て非なる悩みだったのか・・・・・・自分が両親のところに生まれてきたからこその悩み。自分ではどうしようもないが、それでも何もしない自分がもどかしい。嫌な共通点だな。


 俺が自分と妃菜のことを照らし合わせていると、さらに妃菜が口を開き始めた。

「それで、適当に選んだこのあたりで一人暮らしをしてたんですけど、右往左往してしまって・・・・・・もう、どうして生まれてきちゃったんだろう、って思ったぐらい・・・・・・」


 空気がさらに重くなるのを感じた。俺たちの周りだけ重力加速度が大幅に増えたようだ。


「そんなときに事故に遭いそうになったんですよ。はじめは驚きました。いきなりのことですからね。でも、ゆっくり時間が流れる間に、ようやくこんな人生を終わりにできるんだって少し安心しだしたんですよ。これですべてから抜け出せるんだって・・・・・・でも、そんなときに私は先輩に助けられたんです」

 妃菜と俺の目が合う。だが、今度は目をそらさない。


「先輩は私の命を救ってくれたんです。こんな私の命を怪我をしてまで救ってくれたんです。頑張れと、生きろと先輩は口ではなく、行動で言ってくれたんです。私はそのときに人の優しさに触れて、人の優しさに触れることの喜びを知りました。心の奥底がくすぐられたようになって、ほんのり温かくなる感覚を私は一生忘れないと思います。先輩がくれたプレゼントを私は絶対に手放しません」


 妃菜が俺に向かって微笑んだ。今まで見た中で、一番弱々しく、それでいて心からの笑顔だった。そんな笑顔反則だろ・・・・・・目を細めたくなるほど輝いている・・・・・・


「だから、私は先輩が大好きです!」

 目にきらりと光るものが見えた。それが流れ出る前に俺は下を向いて、手で頭を支えた。


 そうか、俺はただ単に反射的に動いただけだ。それが妃菜の人生を動かすほどの行動になっているなんて思いも寄らなかった。正直嬉しかった。


 ここまで言ってくれるやつなんて本当にいないよな。まぁ、付き合ってみて初めてわかることもあるって、誰かが言ってたしな。


 俺はゆっくり妃菜の方を見た。そこには・・・・・・およそ三十センチ先にウキウキ顔でこちらを見ている妃菜の顔があった。・・・・・・近ーよ。


「先輩! どうです! ドキドキしましたか?! 付き合ってくれますよね! 付き合いますよね! 私、今日は危険日まっただ中なんで、OKですよ! いつにしますか? 夜? それとも帰ってからすぐにしますか? それとも、まさかの学校ですか?」

 妃菜がまくしたてて俺に何かを言っている。


 えっと・・・・・・俺の勘違いか? 今、付き合うがどうとか、危険日がどうとか、学校でどうとか聞こえたんだが・・・・・・気のせいだよな。空耳だ。


「寝言は寝て言え」

 ヒートアップしている妃菜に向かって俺が言い放った。


 よし、とりあえず俺の考えはすべて白紙に戻そう。誰がこんなやつとお試しでも付き合うか・・・・・・付き合う、と言った瞬間俺の命は多分ないだろう。


 妃菜の過去に何があったのか、その一部を知った。そして、俺が妃菜の人生の一部を救ったことも知った。それは認めよう。感謝されるのも悪い気はしない。ただ、もっと普通のやつを助ければ良かった。


「おい、亮祐」

 妃菜の方を向いていた俺に辰弥がひそひそ声で呼びかけてきた。


 俺が辰弥の方を向くと、大好きなアニメを待つ五歳児のようにわくわくしていた。

「りょ、亮祐、お、お前、とうとう、パ、パパになるんだな。子供が、生まれたら、見せてくれよ」

 声が途切れ途切れに聞こえてきた。笑っているのだ。と言うよりも笑いすぎだ。


 殴っていいよな。殴るぞ。いいか辰弥?

「・・・・・・殴るぞ」

「ちょ、ちょっと、待ってくれ・・・・・・は、腹が・・・・・・」

 笑いすぎだって・・・・・・これじゃあ、殴る気も失せてくる・・・・・・


「先輩! いつにしますか?」

 俺の体を揺すりながら妃菜がわけのわからないことを言ってきた。


「とりあえず、黙れ。そして、俺はお前とは付き合わん」

「どうしてですか! さっきのは完全に先輩ルート、攻略コースだったじゃないですか!」

 俺はどっかのギャルゲーの攻略対象か? ならば言おう、妃菜は完全にフラグを回収しまくっている。どう考えても一生攻略できないだろう。


 未だに俺は妃菜に揺すられている。(金ではなく、体を)揺すられると眠くなるのかと思っていたが、吐き気がしてくるもんなんだな。船酔いみたいなもんか。


 なんとかしてくれ・・・・・・とりあえず妃菜に常識を教えるだけでいい。それだけで俺は死ぬほど助かる。と言うよりも、このままいけば、確実に俺が死んでしまう・・・・・・

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