82.知らないところで次々と
そしてアレクサンダーの誕生祭。
「ドロレス!久しぶりね!!」
後ろから聞こえた声に思わず反応する。
「モレーナ様!」
そこにいたのは、妊娠中の1番元気だったあの明るいモレーナだった。普通にドレスも着て、血色も良く、隣のレイヨン公爵もニコニコだ。
「元気にしてた?会いたかったわ。こっちはもうオルトが泣くわ叫ぶわで大変なのよー。でもとても可愛くて、もう毎日が幸せよ」
「私も会いたかったです!もう普通に動けるようになったのですね。年が明けたら一緒に甘いものを食べに行きましょう!お子さんも早く見たいです」
「ええ、ええ。もちろん会ってほしいわ!」
あぁモレーナ、元気になってよかった!やっと姿を見れた!とっても嬉しい!
「オリバーにも会ってほしいのだけれど、なかなか見に来てくれなくて……。でもオリバーもオルトと同じくらい大切な家族なのよ。いずれはオルトを兄弟と認めてくれたら嬉しいのだけれど」
「大丈夫ですよモレーナ様。オリバー様ならきっと仲良くしてくれるはずです。レイヨン公爵様にそっくりですからね」
「そうね……ふふふ。改めて言われてみると、とんでもなく血が濃いのを実感するわ。では私達は先に」
「はい、また」
レイヨン公爵夫妻は入場していった。あの感じだとまだ手紙の話はしてなさそうだわ。
貴族すべてがアレクサンダーへの挨拶を終える。私はレベッカたちといると、真っ先にアレクサンダーがやってきた。あぁ、そういえばダンスを誘うとか言ってたわね。
「ドロレス様、僕と踊っていただけますか?」
近くに来るなり、特に挨拶もせずにいきなりダンスの誘いをするアレクサンダー。約束しちゃったし一応踊らなくちゃね。
「はい」
エスコートの手を差し出され、そこに自分の手を乗せ進んでいくと、ふいにジェイコブが何かを言いたそうに歪めている顔が見えた。なんだろ。終わったら聞いてみよ。
ダンスを踊り始めると、アレクサンダーから話し出す。
「踊ってくれてありがとう。この日を待ちわびていた」
「……ありがとうございます」
この間の社交界パーティーだって踊ったのに。
「そのイヤリングも、つけてきてくれて嬉しい。また他にもプレゼントしたいアクセサリーがいっぱいあるんだ」
「……はぁ……」
「君はアクセサリーをあまりつけない。いつもパーティーのときは僕が上げたイヤリングとそのパレッタだけだろ。だから君の瞳の色と同じアクセサリーをこれから毎年誕生日にプレゼントしようと思ってる」
「それはどうも……」
いやいや、いつまで私にプレゼントするつもり?数年後にはあなた結婚しなきゃいけないんだから。それにまたピンクサファイアなんてもらったら、つけて歩くのが怖すぎて外に出られなくなるっつーの。
「そのパレッタもお気に入りなんだよな?君の瞳の色の宝石をつけてあげる」
「これは絶対にだめです」
食い気味に反対をする。これはだめ。私の大切な大切な宝物なの。フレデリックが初めてくれた誕生日プレゼントで、一生懸命作ってくれたものなの。あなたの勝手な理由で改造してほしくないの。
「もっと飾り気のある方が君の髪にも映えると思うけど、その地味なままでいいのか?」
「ええ。もらったものですから大切にしてるのです」
『地味』と言われちょっとだけカチンとくる。そんなの、あなたに関係ないじゃない。私が好きなのよ。思わず反論するような言い方をしてしまう
「……誰からの?」
不意に彼の視線が鋭くなる。詳細を話しすぎたかしら。
「フレデリックからです」
嘘をついてもどこかでバレる可能性があるなら、最初から嘘はつかないことにした。
「っ……あいつか」
ボソッと呟いたアレクサンダーは、私の手を引く力が強くなる。急に機嫌が悪くなり、微笑んでいた顔が消えた。
フレデリックが作ったものだと正直に言ってしまったが、ここで名前を出すべきではなかった……失敗したな。公爵家の人間が、王族が勧めたものを断り、平民からもらったものを優先するなど、普通ならそんな勇気のある令嬢はいないだろう。私は思い出したようにアレクサンダーが前に言っていたことを復唱した。
「以前殿下は言いました。権力は自分の私欲のためには使わない、と。そう言ったあなたのことを私は尊敬しています。あなたが国王になってもそれは忘れないでください」
「……わかっている」
私がフレデリックを優先したことで彼に害が及ぶなど以ての外だ。それでもどこか険しげなアレクサンダーは本当に理解したのだろうか。多分していない。
「お願いします。あなたには素晴らしい国王になれる素質が備わっています」
「……僕は本当に、君に甘い……」
「殿下?」
「だけど……。僕にも譲れないものがあるんだ。それはこの国の将来のためになる。必ず必要なんだ。だから……この国のために、どうか許してほしい」
「許す?何をですか?」
「それはいずれわかる」
ダンスが終わり、私はホールの端まで戻る。次に誘う令嬢は誰かなと思ったのはつかの間、なんと彼はそのまま壇上に向かった。
は??私の他にも踊るって約束したわよね??なんで私だけ??それなら私だって踊るつもり無かったんですけど!
戸惑いを隠せない私は、会場の脇の方から視線を感じた。目線をそちらに向けると、ジェイコブが「こっちに来て!」と言わんばかりに手招きをしている。
壇上からちょうど死角になるところでジェイコブに近づくと、彼の両手が勢いよく私の両肩を掴む。
「なんで!なんでアレク様と踊ったんですか!」
「え、ちょ、ちょっと待っ、ジェイコブ様!どうしたんですか!」
いきなり掴まれたかと思うと前後にブンブン体を揺さぶられ、小さいのに叫ぶような声で問い詰められる。
「去年言ったのに!アレク様からダンスの誘いを逃げてくださいって……」
「え、あれって今年も有効なんですか?」
誘いを逃げろ、とは確かに言われたけど、まさか今年も逃げなくちゃいけなかったの?
「一応確認しますけど……ドロレス様は……アレク様と婚姻を結びたいと思ってないですよね?」
「え?……ええ。そうですわ」
明確に言ったことはないけど、ジェイコブは前々から察してくれていた。だけど、それをなぜ今確認するの?
「おそらくですが……、今日踊った令嬢がアレク様の婚約者に決まると思います……」
「えっ?!」
近くの人が私達の方に振り返る。思わず大きな声が出てしまった。急いで口を手で覆う。意味ないけど。
嘘でしょ?このダンスで?ただ踊っただけのダンスよ??
「去年もそうだったみたいです。だからドロレス様に逃げてって言ったんですよ。なのに!今日踊っちゃったから!見てくださいアレク様の顔を!!」
死角の場所から少し移動して壇上のアレクサンダーを見ると、それはそれは嬉しそうというか楽しそうな笑顔で国王と話している。うそだろおい……。国王も了承済みとかそんなことないわよね??
「僕はドロレス様の力になりたかったのに。あぁ、僕が今日も先に言っていれば……すみません」
「い、いいえジェイコブ様。あなたが悪いわけではないですわ。私が迂闊に誘いに乗ってしまったのだから………」
「そうですよ、悪いのは僕だけじゃないですよね!ドロレス様がもっとアレク様のことをちゃんと拒絶してくれなかったからですよ!」
「うっ……」
おっとカウンターパンチ食らった。さすがに王族相手、しかも次期国王に最初の段階から「私絶対にあなたと結婚しなくないので婚約者にしないでください」とか堂々と言えるわけ無いでしょ!こちとらただの貴族なのよ!しかも「は?お前などそんな気すらない」とか言われたら私が赤っ恥かくだけだったし!!
「さっきも言いましたけど、僕の力では限界がありますので、助けはしますけど主導はドロレス様になりますからね……」
あぁなんということだ。たしかにアレクサンダーと関わることは多いなと思っていたけど、ここに来て話の展開が急激に変わるなんて思ってもいなかった。……いや待て。さっきの会話で、毎年誕生日プレゼントをくれるみたいなこと言ってたな……。それって何?遠回しに王妃にするって意味だったの??え、なんで今気づいた私!さっき断ればよかった!!バカ!
他の令嬢とも踊らなかったということは、やっぱり予め私とだけ踊るのを決めていたのだろうか。
あぁもう……せっかくギリギリのところで婚約者回避してたのに!!これじゃゲームシナリオ通りのスタートになっちゃう!!泣きたい。泣きたいよーー!!
ジェイコブから離れて、1人休憩室にでも行こうと会場の端に行くと、声をかけられた。
「ドロレス様、ちょっとよろしいですか」
そこにはいつも通り無表情なレベッカがいた。
「ええ、大丈夫ですわ」
「休憩室で少しお話したいです」
二人で休憩室に向かう。
ソファーに座り、お茶を用意してもらうとレベッカが口を開いた。
「今日のアレクサンダー殿下とのダンスは、肯定と捉えてよろしいのですか?」
唐突に向けられた質問に、思わず目を見開く。
「まさか……レベッカ様も今日のこと知っていたんですか?」
「ええ。クリストファー殿下から、今日のダンスはそういう意味だと聞いていました」
「嘘でしょ……私だけが知らなかったの……?」
「聞いておられなかったのですか?!」
今度はレベッカが目を見開き、項垂れた私の顔を覗き込んだ。
「ドロレス様は王妃に相応しい家格、人格、美貌、器量、才能。すべて備わっているのはわかっておりました。ですがその願望がないのは薄々感じておりましたわ」
「あ、ありがとう?でいいのかしら?」
褒められているような気がしたけど嬉しくもなんともなかった。
「今日の件は先月聞きましたの。クリストファー殿下に『兄上が自分の希望する婚約者候補をダンスに誘う。それを国王に目で確認させて、国王の許可を貰うみたい』と言っておりました。さすがにドロレス様も知っているのかと思いましたわ、普通に返事してダンスを踊られていたので。避けていたのは建前で、本当はドロレス様も王妃の地位を求めているのだと。でもまさか知らなかったなんて」
レベッカよ……早く教えてほしかった。
「なんとか回避できると思う?」
「思いません」
ピシャリと否定される。うう、味方がいない……。
「クリストファー殿下も、あなたなら問題ないと仰っていましたわ。ドロレス様以外に相応しいものはいない、と」
「嬉しくない……」
「……私も今日のダンスで少し勘違いをしてしまいましたが、ドロレス様の本心を聞けてよかったです」
「そういえばレベッカ様、クリストファー殿下とはどうなったのですか?」
ずっと疑問に思っていたことを問いかける。レベッカは少し口を閉じていたが、決心したように話す。
「クリストファー殿下は、婚約者も結婚相手もいらないと。そう断言されました」
「えっ??」
今日は何なの?いろんなことが起こりすぎて頭の中がこんがらがってきた……。結婚しないってどういうことよ?
「れ、レベッカ様は何と仰ったんですか?」
「それでもあなたの味方です、と言いました。クリストファー殿下は、アレクサンダー殿下が国王になってほしいと強く願っております。なので、私はそのサポートをすることにしました」
クリストファーはやはりゲームと同じだ。以前クリストファーも言っていたけど、自分ではなくアレクサンダーを国王にする意思がある。でも誰にもわかってもらえず、ヒロインに本音を理解してもらうことでヒロインへ好意を抱く……
って、ヒロインの役目をレベッカが担ってません????あれれーーー????知らないところでクリストファーイベントが始まってるんですけども!!
でもそれじゃ「結婚しない」と断言されたレベッカは結ばれないってこと???クリストファーに散々こき使われて終わりってこと???
「レベッカ様はそれでいいのですか?もし、……もしも他に婚約者が現れたらどうするんですか?」
「私は結婚しないと断言したクリストファー殿下を信じます。一生彼が独身だったとしても、誰と結婚しても、私は彼の味方でいたいのです」
レベッカ……。本当にクリストファーのことが好きなんだ……12歳でなんという覚悟。私が12歳のときって何してたっけ……すでに弟たちの面倒を見て自分のことなど考えてもいなかった気がする。
「そうですか。レベッカ様がクリストファー殿下の味方なら、私はレベッカ様の味方ですからね」
「ドロレス様……」
拳を握りしめながら目を潤ませるレベッカ。好きな相手からの結婚拒否発言は相当つらいだろう。それでもクリストファーを信じて行動するレベッカを出来る限り応援したい。
「出来れば、クリストファー殿下の味方でもいてほしいのですが……」
「それは無理です。だってあの方、私を王妃にしようとしてますよね?なので絶対に嫌ですわ」
「……ですよね」
ハァとため息をつくレベッカ。
「あなただけが味方でいてください。クリストファー殿下も心を開ける相手がレベッカ様だけなんて、素敵だと思わない?」
「そ、そうですわね!じゃあやっぱりドロレス様は味方にならないでくださいまし!」
「は、はい」
急にテンションの高くなるレベッカに若干引きつつ、2人はきっと上手くいくんじゃないかと確信した瞬間だった。
あ。他人のことを応援している場合ではなかった……。




