74.不安要素あり
「すいません!あの、これの6月の花の模様はありますか?」
フレデリックは店員を呼び、私がほしい懐中時計の違う月のものがあるかを聞いている。作者の説明文に『12ヶ月分それぞれの花模様があります』と書いてあった。
「お待たせしました。えーと6月でしたら、キキョウとアジサイがありますよ」
棚から取り出してくれたものはひまわりと同じく、端の方に模様が彫られていてとてもシンプルになっている。
「んーと……、じゃあキキョウで」
「え、フレッドも同じものを買うの?」
「せっかくだしね」
お互いに懐中時計を買ったあとに、作者に寄付ができないか店員に相談したところ、可能ということで少し多めに渡した。店員は最初驚いていたけど、寄付の書類にサインしたのを見て私が公爵令嬢であることに気づいたっぽい。その後から店を出るまでその店員はものすごい緊張してしまったみたいで、ちょっとだけ申し訳なかった。
「フレッドありがとう。大事に使うわ」
「俺もありがとう。毎日身につけるから。前にもらったハンカチもほら、ポケットにあるよ」
そう言ってフレデリックはポケットからハンカチを出す。
「あら使ってくれてるのね」
「いや使ってない。使ってるのはこっち。ドリーからもらったのはお守りとして持ってるだけ」
「え、ハンカチの意味ないじゃん」
「いいの!俺がそうしたいだけだから」
怒っていないけど怒った口ぶりで反論してくるフレデリックは子供らしくて可愛く感じるときもある。毎日お守りとして持っていてくれてるんだ。嬉しいな。
「あ!それならウォルトにも買ってあげましょうよ、そろそろ誕生日よ」
思い出した。ごめんウォルター。ミサンガ貰っといて何もしてなかった!もうルトバーン商会に引っ越しているので、なにかお土産を買って持っていってあげよう。
くるりと店の方に振り返って足を進めようとした瞬間、それは遮られた。
「待って」
フレデリックが私の腕を掴む。軽くだけど、私をこれ以上前に進ませないほどには力がある。
「行かないで」
「でもせっかくだし……」
フレデリックが真剣な眼差しで私の目を見る。
「二人だけの記念にしたい」
「フレッド……」
「二人だけのお揃いにしたい。だからお願い、今回だけ。……ドリーは嫌?」
……そんな。そんな言い方ずるい。断れないじゃないの。つい下を向いてしまう。でも、きっと私もフレデリックのお願いを断るつもりなんてなかった。いつの間にかフレデリックの両手が私の腕を掴んでいる。
二人だけの記念。二人だけのお揃い。
ドクンドクンと心臓の音が大きくなる。痛い。でもこの痛みは嫌じゃない。嬉しい、私もそうしたいと思う願いを痛みが表していた。
思い切って今の気持ちを伝える。
「私も二人だけのお揃いにしたい」
つい言ってしまった……。言ってる間にだんだんと恥ずかしくて頭から湯気が出そうなくらい熱かった。フレデリックが何も言ってこないので、恐る恐る顔を上げると、フレデリックは頬を染めて驚いた顔をしている。
「い、いいの?二人だけのお揃いにしてくれるの?誰にも言わないから!お揃いだ……。やった!いいの?お揃いだよ?」
しどろもどろになってフレデリックは私の腕を掴んだまま目を彷徨わせている。彼の手から熱を感じた。動揺して何度も同じ言葉を繰り返す彼に、思わず私は笑ってしまい、つい口に出してしまった。
「っ……。フレッド、かわいい……」
男の子に失礼なことはわかってる!でもこれはしょうがない!出したものは戻せない!
「……はあ?ドリーの方が何倍もかわいいに決まってるじゃん!バカなの!?俺は男だぞ!」
恥ずかしいからなのか怒っているからなのかわからないけどヤケクソにそう放つフレデリック。私まで恥ずかしくなったじゃん!ほんとバカ!!
「ば!バカはそっちでしょ……」
もう!フレデリック!
女性に向かって『かわいい』を当たり前のように軽々しく口にするなんて……!あなたは将来大物になるわ。天然だ、天然タラシよ!
真っ直ぐすぎて将来周りの女性が勘違いしまくるだろう。不安しかなくて頭が痛い。あれ?私が不安になる理由ある?
私にかわいいって言われたのが恥ずかしかったのか、彼は彼でずっと手で顔を隠してるし。
いつまでたってもお互いが恥ずかしいままなので、ウォルターへのお土産と新作パスタ料理のための材料を購入してロレンツの料理店へと戻った。
料理店へ帰宅すると、早速みんなの意見が私へと飛んでくる。
「バイキングの金額はこのくらいで大丈夫ですか?それから大人の女性と男性で少し金額に差をつける案を出したんですけど。時間制限もあったほうがいいですよね?」
「豚汁は鍋ごと出さずに注文を入れてもらうほうが温かく出せますよね?」
「ハンバーグは小さくして出せば、昼に残ったとしても使えますよ」
「サンドイッチはランチのサイズのさらに半分にしませんか?」
怒涛の勢いで次々とアイデアが降ってくる。みんな料理商売に対する熱がすごい。圧倒されながらもみんなと会議を続ける。あれ?結局バイキングで話が進んでるけどいいのかな?
「今日はこれを買ってきました。【パスタ】というもので、いろんな形がありますがこの細長い棒は【スパゲッティー】と言います。お湯で茹でると麺になって、主食と同じ役割になるんです」
「へー、これが食事に、あ……」
ダニエルが一本取り出して、端と端を持ったときにパキッと折れた。ここにいる全員が瞬時にダニエルを見る。ダニエルは「しまった……」と言わんばかりに下を向き落ち込む。
大丈夫よ、私だって日本にいたときによくやったわ。
「ダニエル平気よ。そのくらいなら折れても全く問題ないわ。茹でたら長さなんてわからなくなるもの」
「よ、よかった……」
「ダニエル、違うでしょ?」
アンに諭される。
「ごめんなさい……」
「よくできたわね」
「うっ、うるさいな、俺だってもう子供じゃないんだから」
ダニエルは顔を赤くしてアンに突っかかるけど、アンはそれをハイハイと軽く返していた。
そして数十分後。
「えーと、4種類作りました。まずはバイキング用。具材をなるべく使わずコストを抑えて、トマトとガーリック、ペペロンチーノ、バター醤油です。どうぞ」
「茹でて炒めるだけならそんなに手間はないですよね。んー、ガーリックが効いてて美味しい!」
「ペペロンチーノはピリッとする辛さが大人向けね」
「バターのコクが絡み合うと最高です」
「決められない……」
ロレンツが頭を抱える。どれも好みだったようで、自分では判断できないらしい。
「ロレンツさん。私ずっと思っていたんですけど、かまどをあと2つ増やしませんか?」
「かまどを?今のままでも一応なんとかなってるぞ?」
この店はかまどが火力違いで計3つ。それとお菓子用のオーブンになる石窯が1つある。
「ええ。今でも『一応』は成り立ってますけど、結構キツイじゃないですか。混んだときは特に。元々この店は調理場も広いですし、あと2つ作っても全く問題ないと思います」
お客さんのスペースが広ければ、調理場も広いこの店。前に住んでいた人は何の料理を出していたんだと思うくらいの広さで、今はそれをゆったりと使っている。
「バイキングにするなら、あと1家族分入れるようにテーブルと椅子を揃えるのもありだと思います。それくらいならまだまだ余裕ありますから」
「言われてみればそうだな……」
「アハハ!あんた、完全にアンに主導権を握られてるじゃないか」
横でハンナに笑われている。ロレンツは当たり前だと言わんばかりに反論する。
「そりゃあよー、ハンナと一緒にいたらハンナみたいに育つじゃないか……俺は勝てねぇよ……」
「あの、私そんなつもりは……」
アンは否定をするも、ハンナはそれを制する。
「いーのいーの。アンがいてくれるからこの店が回ってるのよ。とんでもない手際の良さだからね!あ、もちろんサマンサもね。あなたの計算能力は私達夫婦よりもずば抜けてるし、接客だってとても上手くて助かってるよ!」
アンもサマンサも照れてしまった。大人たちと関わることもなく働くこともなかった孤児院から、人の役に立てていることの楽しさや嬉しさがきっと原動力になってるんだろう。もともと二人ともとてもよく周りを見て気にかける人間だったし。ここで働けてよかったね。
「俺は?俺は?」
話に入っていいのかわからずウズウズしていたダニエルが、自分のことはどう思っているのか聞きたくてハンナに返事をせがんでいる。
「ダニエル!もちろんだよ、あんたがちゃーんと買い物も荷物運びもできるから私はとっても助かってるわ!さすが男の子ね!」
ダニエルも褒められて嬉しかったのか、ハンナに抱きつ……………こうとしていたのかと思ったらクルリと振り返り、アンの腕に顔を埋めて横から抱きついた。おや?
「ダニエルはねー、小さいときから『アン姉ちゃんと結婚する』って言ってたもんなー」
「サマンサ姉ちゃん!バカ!言うなよ!」
「いやあんた、それ孤児院の全員知ってるし大司教様も知ってるし、なんなら昔公爵様が来たときにも言ってたぞ」
「え、……俺みんなの前でそんなに言ってたの?」
「え、自分で言ってて気づいてなかったの?」
「うわーうわーうわーーもう言わないでーーーーー」
アンの腕から離れて調理場の陰に逃げ込むダニエル。可哀想なのでこっちの話を進めよう。
「じゃあ次行きますね。これは手間がかかるのでバイキング向けではないんですけど、一応こういうものがあるので紹介しておきますね。ミートソーススパゲッティーです。あとミートソースドリアです。米の上に乗せて、チーズをかけて石窯で軽く焼きました」
私はミートソーススパゲッティーが1番好き。たくさん作ってよく冷凍してたなー。ここに粉チーズをどっさりかけて熱々のうちに混ぜて食べるのよ。んーたまらん!
「こりゃしっかり食事になるな!トマトベースのソースに挽き肉のジューシーさが混じってこの麺とよく合う……」
「こっちのチーズが乗った方も美味しい……これはミートソースを作っておいて、スパゲッティーとともに数量限定でランチタイムに出したほうがいいですね」
数量限定にしちゃえば、新しく作り直さなくてもいいしね。【限定】の言葉で頼む人も多いだろうし、万が一余ればディナータイムに出せば廃棄しなくて済む。
バイキング用の料理はまた後日考えるとして、今日はひとまず帰ることにした。
帰りの馬車の中ではフレデリックと二人きりになるのでどうしようかと思ったけど、やっぱり彼と話すのは楽しくてあっという間にルトバーン商会に着いてしまった。
「今日は楽しかったよ。これも貰ったし、すっごい嬉しかった。また……出かけようね」
「ええ。私も楽しかったわ。また行きましょう」
フレデリックは優しく微笑んでくれた。そうして彼は馬車を降り、私も家へと向かった。
こんな日が続けばいいな。もし間違って悪役令嬢に転生しなければ、こんなに悩むこともなかったんだろうな。貴族という大きな壁は外側からも内側からもなかなか崩せない。
私はアレクサンダーの婚約者にならないことが目標だけど。
それ以外の私自身の人生は、これからどうしたいのか。
その答えはまだ見つからない。
煮物は、水の他に醤油:砂糖:みりん:酒=1:1:1:1の比率で入れておけばなんとかなります
ミートソースを作って、冷めたら1食分ごとラップや保存容器に入れて冷凍すれば、食べたいときにチンしてすぐ使えます




