下調べは重要です〜side.アレクサンダー〜
アレクサンダーのサイドストーリー(1/3)。本編38話くらいからの出来事です。
彼女の8歳の誕生日会は急だったので何も用意ができなかった。だから今度は彼女が喜ぶものを贈ろうと思った。
半年以上かけて彼女の瞳とほぼ同じ色のピンクサファイアを見つけ、イヤリングにした。
『女性は高価な宝石をプレゼントされると、とても喜ぶ』
いつかの勉強のときに学んだ。将来伴侶を迎えたときのために覚えておいたほうがいい、と。女性は嬉しいのだ、と言っていた。だから僕は必死で探した。母上にも勇気を出して相談もした。
だけど。
彼女の誕生日の1ヶ月を切っても、彼女からの招待状が来なかった。
僕のお披露目パーティーがされて以降、誕生日会やお茶会の招待が山ほど来るようになった。王族と繋がりを持ちたい者、娘を王妃にさせたい者、息子を側近にさせたい者、いろいろな思惑が招待状からにじみ出ており、嫌気が差した。鬱陶しくて、全部仕事のせいにして断った。
だけど、それでも彼女の誕生日会は別だった。彼女の誕生日が年に何回かあってほしいと思うくらい早く行きたくて、ずっと待ち遠しかったのに。
「ダニロ、君の妹は今年9歳になるんだよな?」
「え?はい、そうですが」
「何月だ?」
「……今月ですけど」
誕生日は聞かなくても知っている。去年から1日たりとも忘れていない。今年のこの日をずっと待っていたんだから。
「なんでだ……なぜ招待状が来ないんだ……」
ポツリと声に出してしまった。もう1か月を切っている。普通なら1ヶ月前には届くはずなのだ。僕は君に会いたいのに。半年以上仕事と勉強も宝石探しも全部、この日の君の笑顔を見るためなのに。
感情で仕事に手がつかないなど次期国王失格だ。ただでさえ【魔力制御】が発動していないというのに、こんなことで国王の資格を失うなど言語道断だ。でも仕事が手につかなくても彼女の誕生日はどんどん近づく。招待状が届かぬまま、あと10日ほどで当日になってしまうと悩み苦しんでいた日、ついに彼女からの招待状が届いた。
当日まで2週間を切った状況で招待状を送ってくるなど、本来ならとんでもないマナー違反だ。だけど今の僕にはそんなことはすっかり忘れている。
この気持ちは何なのか、高鳴る心臓は何を意味するのか。
わからない。でもまた彼女に会える、話せる、笑い合える。嬉しくて喜びたいこの気持ちを思わず口に出しそうになるけど、なんとか気持ちを自制して仕事にのめり込む。
だけどどうしても顔がにやける。誕生日会に行けることがわかって、口に出さずとも顔に全部出てしまったようだ。どうやらメイドや王宮で働く者には不気味がられていた。
おかげでダニロやジェイコブにはかなり迷惑をかけてしまった。ただでさえ僕が手を付けられなかったぶんに加えて、誕生日会当日の1日分の仕事を前倒しにしたことでかなりの仕事量が僕たちに降りかかってしまった。悪いことをしたな……。
僕は意気揚々とジュベルラート公爵邸の会場に向かった。今回もクリストファーがくっついてきた。相変わらず僕も国王も甘い。本来ならまだ来れないはずなのに。
今日は時間もあるし、彼女ともっと話してみたいな……。何を話そう。国の歴史?いやそんなの話してもつまらないかな?じゃあなにを?そういえば僕は次期国王になるための勉強しかしてこなかったから、雑学がない……。なんてことだ!これでは頭の硬い国王になってしまうではないか!
思わず頭を抱えて項垂れると、クリストファーに心配された。
「兄上……体調でも悪いのですか?」
心配そうに覗き込んできた弟に、僕は姿勢を正して否定をする。
「大丈夫。ただ考え事をしていただけだから」
「あまり無理しないでください。ただでさえ勉強の量が多いのですから……」
毎日山のような書類と闘い、合間に勉強をやっているので、クリストファーからしてみれば地獄のようにでも見えるのだろうか。
「去年にもジュベルラート公爵邸には来ましたよね!プリン美味しかったなあ。ドロレス様もとても美しくて、公爵家にふさわしい素敵なご令嬢ですよね。仲良くなれるといいな」
クリストファーの発言に思わず目を見開き、眉間にシワを寄せて睨むように弟を見てしまった。僕がずっと心の中で思っていて。でも僕はいずれ政略結婚をする身として、女性に対しての感情を出してはいけないと口にしなかった言葉を弟は簡単に放った。
「クリス……お前は、彼女と仲良くなりたいのか?」
「はい!トランプも開発して、美味しい甘い食べ物も作って、とても尊敬しています。しかも僕より1つ歳上なだけなのにあの堂々として落ち着いた雰囲気。あの方が兄上と婚姻を結んだら、僕の義理の姉上になる!そうなったらいいですよね!……兄上、どうしました?顔が赤いですよ?」
ああどうしよう。ずっと心の中にしまっていて気づかなかっただけなのかもしれない。政略結婚をするだけだと、感情などそこにはないと思っていたから考えようともしなかった。
……やっと理解した。僕の中の願いはきっとそれだとクリストファーの言葉に気付かされる。顔を触らなくてもわかる。顔中が熱い。気づいてしまったらもう心臓の高鳴りが収まらない。
だめだ落ち着け。こんなことを感情に出してはいけない。それに、婚姻を結ぶ決断は子供の僕ではなく父上だ。今のこの気持ちは消えてくれ!
心の中で何度も叫び、心を落ち着かせる。
公爵邸に着いたときに、彼女の姿を見たら口もとがつい緩んでしまった。久しぶりに会えてとても嬉しかった。
だけど先程のクリストファーの言葉を意識してしまい、なぜか緊張してなかなか声をかけられず、オリバーの紹介をするという口実で彼女のもとへ行った。平然を装うのが大変だった。
帰り際、いよいよプレゼントを渡すときが来た。手に入ってからずっと渡したかったものがようやく渡せる。
僕の前でクリストファーがプレゼントを渡している。彼女はとても喜んでいた。あぁ、僕にもその笑顔を向けてくれるのか。嬉しいな。手に持つ箱をギュッと握りしめた。
「わぁ……」
開けた箱の中には、希少なピンクサファイアのイヤリングが入っている。貴族でも奮発しないと変えないような代物だ。彼女は目を丸くして驚いている。
「ピンクサファイアだ。瞳の色と同じものを選んだ」
僕が頑張って探した。彼女のために探した。すべての女性が喜ぶ高価な宝石だ。これなら彼女も喜んでくれるだろう。ドキドキと緊張しながら僕は彼女の顔を見続ける。
彼女は驚きはしたものの、喜んでいるように見えなかった。
「……ありがとうございます」
感謝はされたものの、もっと高揚感ある言葉を発するのかと思っていた。周りの人たちはとても目を輝かせて見ているのに、彼女だけは違うように感じた。
なぜだろう。僕は女性が喜ぶだろうものをプレゼントしたはずなのに。なぜこんなにも僕は落ち込んでいるのだ。なぜ彼女は【普通】の反応をしなかったのだ?女性は皆喜ぶのではないのか?
あれだけ時間をかけて探したのに、悔しさより悲しさのほうが上をいった。彼女の純粋に喜ぶ顔が見たかったのに。
帰りの馬車でクリストファーに疑問を投げかける。
「女性は子供でも宝石がいいと聞いて、彼女にイヤリングをあげたんだけど……あまり気に入ってないように見えた。……なんでだろう」
クリストファーは悩むポーズをするが、悩んではいないみたいですぐに答えを出した。
「兄上は今日で会うの3回目ですよね?ドロレス様って、アクセサリーに宝石をいつも使ってました?宝石の話なんてしました?そういうのが好きだって言ってました?」
「いや……そのような話はしていない。パーティーのときは……どうだったか」
そういえばお披露目パーティーのときってどうだったっけ?宝石はつけていた?くそ、記憶がない。
「プレゼントを渡すなら、その人の好みをちゃんと把握するほうがいいですよ。僕の上げたドライフルーツ、とても喜んでくれました。ドロレス様は料理開発もする方ですから、この国でなかなか手に入らない食べ物とか素材のほうが嬉しいはずです」
なんてことだ。気付かなかった!
女性なら誰でも喜ぶと思って渡した僕の宝石より、クリストファーからもらったドライフルーツのほうが遥かに喜んでいた。
また失敗した。彼女に喜んでもらおうと思ってやったことはすべて僕の自己満足だったってことか!こんなんじゃ冷静な判断をする必要がある国王になどなれないじゃないか!
こんな単純なことを弟に気付かされるなんて。好みを調べるくらいの時間があったのに!自分の不甲斐なさをとても感じた。
それは翌月のクリストファー誕生祭でもそう思った。彼女はそのイヤリングをつけてきてくれなかった。
思わず、気に入らなかったのかを聞いてしまった。次期国王たるもの、そんなこと気にするほどのことでもない。一令嬢にあげたもののことなど、その後の用途を聞く必要だってない、だけどどうしても不安で。
「殿下が誕生祭につけてきてほしいとおっしゃったのを忠実に守っているだけですわ」
あ、そうだった。僕がそうお願いしたのか。
「そ……そうか!僕の言ったことを守ってくれているのか。すまない、余計なことを聞いた」
だけど気に入っていたのなら、今日つけてきてもいいのではないか?やはり気に入らなかったのか?でも僕との約束を守って僕の誕生日につけて来てくれるという内容の方が嬉しくなってついドキドキと鼓動が早くなってしまった。
他の人に挨拶に行こうとしたとき、クリストファーに渡した手袋というものを、ジェイコブも持っていることを知る。
ジェイコブに連れられながらも、なぜ僕だけが無いのか悲しかった。二人には渡しているのに、なぜ?僕のことは忘れているのか?遠ざかっていく彼女は既に他のほうを向き、僕のことなど気にも留めていなかった。
その年の僕の誕生祭で手袋が入っていたので、心の中でとても大声を出して喜んだ。彼女の耳にはピンク色に光るイヤリングが見えた。僕との約束を守ってくれたんだ。つけてきてくれている。
貴族との挨拶が終わったあと、すぐに彼女のところに行って声をかけたい。なのに他の貴族令嬢たちに捕まって全然行けない。なんなんだ!お前たちに構ってる暇はないんだ!
やっとその場を抜けられた。さぁ何と言おうかな。似合ってる?素敵?可愛い?きれい?気の利いた言葉なんて僕は言えるのだろうか。
彼女に声をかける。隣にどこかの令嬢がいるけどそんなことどうでも良かった。
「そういえば、誕生日会で僕のプレゼントしたイヤリング、つけてきてくれたんだな」
結局褒めることが恥ずかしくなり、当たり障りのない言葉になってしまった。
わずかに彼女の眉間にシワが寄った。
もう一人の令嬢が立ち去ったあと、僕は彼女に怒られてしまった。横にいた令嬢への振る舞いや、誕生日会やお茶会への誘いを断っていることを彼女は知っていて、それに関しての対応。僕の行いが、周りに嫌な思いをさせているんだと。
正直気づかなかった。それはおそらく彼女のことばかりを考えすぎていたからだ。彼女は正式な婚約者でもない。それなのに彼女だけを贔屓していたことは、改めて考えれば誰もがわかることだった。
またか、またやってしまったのか。挙げ句の果てには「クリストファーを見習って」とまで言われた。
僕よりもクリストファーの方が秀でてるのか?次期国王にふさわしいのか?普通はそう捉えるだろう。だけど僕には、クリストファーに気があるのかと勘違いするほどに心が沈んでいた。
思わず問いただしてしまったが、彼女はそういう意味で言ったようではなかった。少しだけホッとした。
彼女に言われるまま、他の令嬢や令息のもとへ挨拶しに行った。ジェイコブがリスト化してくれていたおかげで滞りなく進み、皆が嬉しそうにしているのが明らかにわかった。
挨拶をすべて終わって、ジェイコブと話す。
「ドロレス様に言ってもらってよかったですよ。このままじゃ、自分のやりたいことしかやる気にならない暴君王になるところでした」
「そ、そんなにも僕はおかしかったか?」
「はい、あからさますぎるほどに」
「そうか……。彼女は僕に注意をしてくれる存在なのか。僕を正しい方に導いてくれる人……」
「……」
そこで会話は止まってしまった。
でも僕は、今回のことでハッキリとわかった気がする。
僕に唯一意見をしてくれる。僕が駄目なところを理解してくれている。
やっぱり、僕の隣にいてほしいのは彼女だと。
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