66.全ての女性がお前の敵だ!
胸糞悪い回です。
「お待ちしておりました、ギルバート様」
「お前が会いたいというから来てやったぞ、感謝しろ」
2月末。ここはケルツェッタ伯爵家の庭園だ。ガゼボを囲むように、目隠しをするような植物が植えられ、ガゼボ側から外が見えないようになっている。邸宅の別の入り口からここまでが迷路のようになっていて、密談に使うそうだ。……ケルツェッタ伯爵は密談してるの?ま、今は置いといて。
ガゼボ側から見えないなら、その外側にいる私のことも気づかれない場所なのだ。
ニコルは今、その入り口でギルバートを迎えている。そろそろこちらに来るはずだ。
1ヶ月ほど前にお茶会メンバーで集まり、ニコルに「ギルバート様とお茶会を開いてほしい、二人だけで」とお願いをした。ニコルも初めは嫌な顔をしたものの、私たちの話を聞いてくれて「最大限の仮面を被りますわ」と了承してくれた。ごめんねニコル。でも絶対にこれで最後にする。あんな糞クズ野郎……おっと失礼、ギルバートをこらしめてやる!!
「あの……私がここにいて良いのですか?」
横にはルミエがいる。そう、詳しいことは知らせずここに連れてきたのだ。
「いい?あなたの話題が出るまで、決してギルバートに声をかけてはいけないわよ」
「はい、大丈夫です」
ルミエには、この家の令嬢が婚約者だと伝えている。ニコルが平民のルミエのことに触れるので、ギルバートの本音を聞いてほしい、とだけ言ってここに連れてきた。
しばらくすると、ニコルとギルバートがやって来る。ニコルはこれまでにないほどの笑顔で、口元をセンスで隠している。ギルバートはにやにやしていて気持ち悪い。
二人が席に着くとメイドが紅茶を持ってきてテーブルに置き、すぐに下がった。
「俺と婚姻が結べるなんてありがたいと思え。……おい、この男はなんだ?まだ婚約が発表されていないんだから余計なものを連れてくるな」
ギルバートは、メイドが下がったあともそのまま残る男に苛立ちを見せた。
「彼はうちの執事ですわ。婚約をしたとはいえ、まだ未婚ですから、彼の同席はお許しください」
「ふん、伯爵令嬢の癖に生意気なやつだ。公爵当主になる俺様に口答えするのも今だけだ」
さっきから!お前!どんだけ偉そうなんだよ!お前のクズさ、鏡で見てみてみなさいよ!
幼稚園の先生だった私が絶対子供たちの前で言わないであろう汚い言葉たちが次々と頭を駆け巡る。
隣にいるルミエも少し眉を潜めた。
「ギルバート様、私の知ってるギルバート様じゃない……私のことどう思っているの?」
小声でそう呟いている。ルミエはギルバートの妻になれると盲信しており、周りのことが見えなくなって窃盗を繰り返していた。ギルバートのあの傲慢な態度を改めて目にして、自分が今まで愛していた男にショックを受けている。それでもまだギルバートに心残りがあるのか、うずうずしながらも二人を見つめていた。
「おいお前、さっきから何もしゃべらないじゃねーか。呼んでおいて何様だ?」
「私、今日が11歳の誕生日ですの。お祝いの言葉をお待ちしておりましたわ」
「あっそう。そんなことより俺は忙しいんだよ、お前の父親に早く会わせろ。挨拶してやるからな」
そんなことより???????
勝手に婚約決めといて、婚約者の誕生日にお祝いの言葉もない!ということはプレゼントもない!
父親に会わせろ?挨拶してやる?
お前は公爵の息子であって公爵ではない!爵位を受け継いでないんだから、伯爵当主より立場が下なんだよ!ふざけるな!……ごめんなさい言葉が乱れました。
「お父様は本日仕事で出ております。婚約は表に出ていませんから、二人だけにしましたの」
「はっ。使えねぇ女だな。お前はな、俺と婚姻を結んで、俺の仕事を言われるままやって、俺の子供を産んでくれりゃいいんだ。それ以外にお前の役目はない!俺とお前の子供だったらどちらに似ても見目は良くなるからな。娘なら王族へも嫁がせられるぞ」
「……」
ニコルは黙ってセンスを広げたままだ。
……え?私今からナイフを用意してきても良いですか?
だめだ!あいつのことは殺してやりたいけどあいつのために私が手を汚すのも嫌!人生無駄になるわ!
「なんて酷いことを……婚約者の方にあんな失礼な態度を取る方でしたの……?」
ルミエは顔を赤くして怒りを堪えている。自身もギルバートに好意は残っているものの、ニコルに対する失礼な態度さえ許せないようだ。
「そういえば、普段から子爵令嬢と男爵令嬢ともお会いしていると聞きましたが、仲がよろしいのですか?」
「あぁ、あいつらはたまに茶を飲んだり買い物に行ったりするくらいだ」
「私という婚約者がおりますのに、他の令嬢と外で会うなんて悲しいですわ」
ニコルがめっちゃ笑顔だ。あれはつまり、全く心に思っていないことを言うための、最上級の仮面だ。怖い、怖いよニコル。ごめんなさい、でも頑張って耐えてください……。
「いちいち人の交遊関係に口出しするな。お前は俺の子供を産んでさえくれれば用はないんだよ」
「……」
こんのクズヤロー!!!!!!
今にも飛び出して文句を言いに行こうとする私だが、ルミエに腕を捕まれる。
「お、落ち着いてくださいドロレス様……ダメです!まだ私の話が出ていません。それに他の令嬢の話も気になります……」
「そ、そうだったわ……ふー……落ち着け私、深呼吸」
何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。私が我慢しなきゃ。私がルミエに抑えられるって、なんて情けない……。
「ではその二人とは恋仲ではないと?」
「当たり前だろ!そんな低い貴族の女など興味もないわ」
「そういえば、平民の女性ともお会いしてると聞きましたわ。その女性とはどういう関係ですの?」
「……なんでそれを」
ギルバートの眉毛がピクリと跳ね上がる。誰にも見られないところで会っているはずなのに、なぜニコルが知っているのかと聞きたげだ。
「私と同じピンクの髪をした素敵な女性だと聞いていますわ。あの方とは親しい関係なのですか?」
私の横で固唾を呑むルミエがいる。
「あいつはそんなんじゃないぞ。俺に気がありそうだから話に付き合ってやっただけだ。金ヅルにはなったからそろそろ繋がりを切るけどな。向こうは良い夢が見られたんだから俺に感謝してるだろうよ」
ギルバートは全く悪気なく、ルミエのことをバッサリと切り捨てた。
「今のは本当なの?ギルバート様!」
「え?」
ガゼボの中以外からの声が聞こえ、思わずその声の方に振り向くギルバートは目を見開いた。
「ルミエ!……おまえなぜここに」
「さっきのは本当なんですか?私のことは金ヅルだって言いましたよね?!私のこと、公爵夫人にしてくれるのではないのですか?!」
「え……いやそれは」
「私を迎えに来てくださるときに魔石代を支払ってくれるって言いましたよね??だから私」
「やめろ言うな!」
怒鳴るようにギルバートが制止するも、ルミエは言葉を止めない。
「……私は5年近く、商会からあなたのために魔石を持ち出したのですよ!ずっとギルバート様のことを信じて!私のことどう思っているんですか?!」
「も、もちろんそれは……えっと」
「もちろん、何ですか?私が今までギルバート様に持ち出してこいと言われた魔石、いまどこにあるんですか?」
「それは家に……」
「じゃあすべて持ってきてください!30個ほど渡していますわ。すべて持ってきてください」
「それは……今はない」
「何故ないのですか?……闇市に売ったからですか?」
「っおまえ!なんでそれを!……ちっあの護衛か……あいつはクビだ!」
ギルバートは大声でその護衛の名前を呼ぶが、ここにはいない。正確にはプロを雇って闇市を突き止めたので護衛のせいではないけど。
彼がここに来た時点で護衛の男は別部屋に移動させ、尋問するとすぐに全てを打ち明けたそうだ。どうやら逆らえずに、ギルバートの意のままに動いていたそうだ。
「なんで……ギルバート様のことを信じていたのにっ……。それに、なんですかその態度。婚約者の方に対して失礼ですわ!彼女は道具でも人形でもないのですよ?!公爵になろうとする者が、女性に対してそんな侮辱的な態度!猿よりも頭が悪いですわね!あっ、猿に失礼でしたわ!」
「……猿……」
おぉルミエ……私が言いたいこの怒りをぶちまけてくれてありがとう。ギルバートが、今まで見たことのないルミエの形相に驚いてほとんど言葉を発していない。
「とにかく!魔石を返してください!返してくれないならその分お金を払ってください!!返すかお金を払うまで私は帰りませんからね!」
まさかの商会としての要望!もはやルミエの感情が入っていない。商会の損失を埋めたいという気持ちが上回っている。
ガサガサ。
「ギルバート様、これはどういうことですの……?」




