63.事のあらまし
これはさっきまでにこやかに笑っていたルミエなのか。
いや違う、今までずっと仮面を被っていただけだ。本当はこっち。ギルバートと結婚し、公爵夫人になれると完全に間違った思い込みをした彼女は、私のことなんて見下していたのだろう。いや、私のことだけじゃない。きっと家族、同じ職場の人もだ。相当な野心家であり慢心だ。
だけど、彼女の望みは叶わない。
「素敵でしょう?『ハート』の形なんて奇跡に近いもの。愛情たっぷりの手紙と共にいただいたわ」
この『ハート』を強調したのには意味がある。
大きな魔石は国民に配るときに砕かれ、綺麗な形のものが貴族へ、不格好なものが平民に渡される。その時に、奇跡的に角張ったハートそのものの魔石があり、それがルトバーン商会で買い取られていたのだ。
このハートマーク、今までは特に意味もなしていなかったが、私がトランプを作ったときにハートのおおよその意味を作業員に軽く説明した。
『好き』『愛』などの気持ちに使う。
これを最近どこからかルミエは耳にしたのだろう。
そしてこの形の魔石を商会から盗んだ。ギルバートに渡したときにハートの意味を説明し、『この形に出会えたのは奇跡的で運命なの。これで指輪を作ってほしい』とお願いしていたそうだ。なぜ彼にそのようなお願いをしていたのかは本人に聞かないとわからないが、そんな奇跡的にハートの形をした魔石が私の手元にある。しかも指輪になった状態で。それはもう彼女の怒りの沸点を越えるのは明らかだ。
ちなみに指輪はフレデリックに大至急作ってもらった。
「それは私が彼にあげたものよ!なんであなたの手元にあるの?!」
「それは本当なのか?」
ルミエの背中側にある壁が動く。ここは何かあったときのための隠し扉になっている。その壁からはルトバーン商会長が出てきた。
「し、商会長?」
「なぜルミエが公爵令息様に魔石をあげることができるんだ?」
「えっ……あの、私が……買って……」
「魔石は平民が買えるような値段設定にしていない。……魔石箱1個1個、見えない場所に番号をふって、売れたらすべて数字で確認していた。その魔石は売り上げがないのに倉庫から減っていたんだよ。なぜだ?」
ハッとした表情でルミエは商会長を見る。普段は自分しか倉庫の中に入らないのに、なぜ商会長が在庫の事を知っているのか。そして、数字なんて今までなかった。もしかしたら盗みに気づかれてて、ここ最近内密に数字をつけたのか?そう顔に書いてあるようだ。
「その魔石はね、闇市に売られたんだよ」
「やみっ……!なんで?!だってギルバート様……」
「ギルバート様に『嫁にしてやる』とでも言われたのかしら?」
「!!どうしてっ……ギルバート様……約束したのに……」
私が核心をついた言葉にルミエはもう抗う力も残っていない。声がだんだんと弱くなる。
「全てを話しなさい」
「…………」
「あなた、ギルバート様に騙されているのよ?」
「……そんなこと!!」
「先に謝るわ。私はギルバート様の婚約者じゃない」
「んなっ?!……なら!」
「でもね。本当の婚約者が別にいるの。これが正式書類よ」
そう言って、ニコルとの婚約証書を見せた。文字が読めるなら、ルミエには理解できるはず。ルミエは目を見開き、わなわなと震えている。
「な……なんでっ……私は騙されていたの?!」
「ええそうよ」
泣きたいのか怒りたいのかもうよくわからない感情で埋め尽くされているルミエはもうルトバーン商会の知っているルミエではない。顔が怒りと悲しみで真っ赤になっている。
「神に誓えるわよ。あなたは騙されているの。今まで盗んだ魔石も全て闇市に売られているのよ」
「!!なんでそれをっ……うっ……もう嫌……」
「全て話しなさい、いいね」
「っ……はい……」
商会長に諭され、彼女は全てを話してくれた。
ルミエがギルバートと出会ったのはルトバーン商会へ入って間もない頃だった。
下働きのような仕事で、掃除をしたり整理整頓やゴミ捨てなどだった。
小さい頃は大家族の末っ子として生まれたが、邪魔物扱いされ、すぐにルトバーン商会へ家出のような形で住み込みになった。こんな年齢の私でも雇ってくれたルトバーン商会のために何か出来るかと思い、同じ住み込みの先輩に積極的に計算や文字の読み書きを教えてもらい、簡単なものなら出来るようになったある日、掃除中に声をかけられた。
「お前、なかなかいい見た目だな」
自分でも悪くはないと思っていたが、明らかに身分の高そうな男の子に声をかけられたことにビックリした。それがギルバートだった。
それから商会に足を運ぶ彼が公爵家の人間だと知り、私によく話しかけてくれるうちに彼に恋心を抱いた。見た目もいい、公爵家次期当主で宰相。平民のルミエには夢物語だったが、次のギルバートの一言で青天の霹靂のような衝撃を受けた。
「お前は見た目がいいから俺の嫁にしてやろう」
私が?私が公爵家の嫁になれる?末っ子で邪魔物扱いされた私が?こんな素敵な話、奇跡だわ!運命だわ!私は家族と違って勉強も出来るし見目もいい。こんなところでくすぶってる必要はないんだ。私は公爵夫人になれるんだ!
この話を信じて、ルミエは仕事の傍ら必死で勉強をした。寝る間も惜しんで勉強して、下働きから商会内部の仕事に就けた。
そんなときに彼から言われたのだ。
「お前、これから俺と会うときに魔石をこっそり何個か持ってこい」
「えっ……?」
持ってこい?こっそり?内緒で持ってこいってこと?それはダメよ、犯罪じゃないの!
「そんなの出来ません!」
「は?俺と婚姻を結びたいんだろ?」
「それはそうですが……でも盗みはダメです」
「盗みじゃねぇよ」
ギルバートは今まで見たことのない優しい微笑みを私に向けてきた。
「預かるんだ。お前と俺が結婚できるようになった年に預かった分の魔石代をまとめて払ってやる。な?盗みじゃないだろ?」
「でもそれはバレて……」
「やってみなきゃバレるかわからないだろ?」
「でも……」
「わかった、じゃあお前との婚姻の話は無しだ。じゃあな」
「ま!まって!……わかったわ。……ただ初めは1個で様子を見て、大丈夫そうなら次からは複数にします……」
「それでいいぞ。おれは公爵家の人間だから忙しい。会う頻度は少なくなるが、絶対に持ってこいよ!」
「はい……」
初めて盗んだとき、誰にも気づかれなかった。ルミエは安心した。だけど、これからも盗むなら私が魔石に近い人間にならなければ。そう思って今以上に勉強をして今の立場になった。だからルミエは魔石を盗みやすくなり、今の今まで誰にも気づかれず悪事を繰り返していた。
ギルバートが私を待ってくれていると信じて。
「「地獄へ落ちろ」」
「ドリー、ジェイコブ様、心の声が口から出てます」
フレデリックから注意を受けて慌てて口を抑える。
だって最低でしょ!嘘ついて盗みをさせて、自分は全く別の人と無理矢理婚約して、あいつなんなのどこの国の暴君王だよ!
「しかしこれは困ったね。いくら知らなかったとはいえ闇市に売るための魔石を盗むなんて。国家反逆罪もいいところだよ」
「そんなっ!私は闇市など知りませんでした!」
「でも窃盗はやってるよな?」
「……それは」
「私も公爵家の立場から言わせてもらうが、彼はきっと次期公爵当主にも宰相にもならない。下手すれば処刑。それか廃嫡かな。彼はそれほどまでに重い罪を犯した。そしてそれに従った君もだ」
「!」
お父様の説明に驚きを隠せないルミエだが、間違いなく刑は重い。マクラート公爵が慈悲を求めたとしてもそんなに軽くはならないだろうな。
「そんな君に提案だ。君の罪を公爵領主として消すことはできない。そしてギルバートには2度と会うこともできない。でも悔しいだろ?ギルバートに言いたいことを言える機会を与えよう。聞きたいこともあるだろ?」
「え……そんなこと可能なんですか?」
「あぁそうだ。ギルバートとは結婚はできないが、伝えたいことがあるなら時間をやろう。ただし、その日まで一切ギルバートに接触しないこと。その約束が守れるなら私は『この娘は闇市に魔石を流したことを知らなかった』と口添えすることも出来る。どうだい?約束は守れるかな?」
「わ……わかりました!必ず会わないようにします!」
「よしわかった。また連絡するよ」
そう言ってお父様は先に商会を出ていった。色々と報告があるのだろう。特にマクラート公爵家に。
「はぁ……ルミエ、お前を信じていたのに残念だよ」
「申し訳ございません、商会長……」
落ち込んでいる商会長に申し訳なさそうに謝るルミエ。
「君の窃盗に関する処分はジュベルラート公爵様が決めるが、こちらも商会として処分を下さなくてはいけない」
「……わかっています」
きっと解雇だ。そう悟ったルミエは潔く辞めようと決心した。
「ルミエは1ヶ月謹慎。そして1年間給料を50%カット」
「はい…………え?」




