62.完璧な悪役
「これはこれはジュベルラート公爵令嬢ドロレス様。ようこそルトバーン商会へ」
「どうも。それより寒いんだから早く部屋へ案内してちょうだい?」
ついに今日、ルミエを問い詰める当日だ。そのために私と商会長は商談室の部屋の前で大袈裟な演技をしている。わざとらしいかな……。ちょっと恥ずかしいんだけど。
そしてルトバーン商会長の横には緊張した面持ちのルミエがいた。この子が……。
薄ピンクのストレートな髪の毛をふわりとさせる彼女は確かに穏やかそうな顔をしている。男性ウケ間違いなく、ニコルと雰囲気が似ているのもわかる。普段は奥の仕事をしているので、私と顔を合わせるのは初めてだ。ギルバートを除けば、平民が早々貴族に会えるものでもない。
今日の私は悪役令嬢よ。仮面を被るわ!
「こちらは魔石の管理をしているルミエです。形の要望があればなんなりと彼女に。すぐに持ってこさせます」
ルトバーン商会長はルミエを紹介する。彼女は頭を下げた。
「あなたの名前なんてどうでもいいわ。婚約者に送るアクセサリーが作りたいの。形のいい魔石を持ってきてちょうだい」
「か、かしこまりました」
顔を上げる瞬間、ルミエは一瞬嫌な顔をしたもののすぐに笑顔になり、部屋を出ていく。
「……いやぁー、見事にハマっていますねドロレス様」
「嬉しくないんですけど」
ひっそりとした声で商会長と話す。
「この後の作戦は大丈夫ですか?上手く部屋を出てくださいね」
「もちろんです。すぐに隣の部屋に待機します」
この部屋は商談室でありながら他の商談室に比べてはるかに狭い。公爵家令嬢がこの部屋にいる時点でおかしいのはきっと誰でもわかる。ここに通されるということは、太客や高貴な客と思われていない。おそらく、在庫管理しかしていないルミエですらそれを理解している。
だがなぜ狭いのかというと、隣に待機部屋があり一方通行で会話が筒抜けになる。待機部屋にはジェイコブやフレデリック、そして万が一のためにお父様がいる。彼らの声はこちらに聞こえないが、私たちの声だけ向こう側に聞こえる細工になっているらしい。これは商会長とごく一部のものしか知らない。だからあえてこの部屋にしてもらった。
「私頑張るので笑わないでくださいよ?」
「もちろんですとも。これを公爵様に直接見せてあげたいですよ」
呑気にいつも通り会話をしていると足音が近づいてくる。よし、悪役令嬢モードで行くぞ!
「失礼いたします。ご希望の魔石をお持ちいたしました」
そう言ってルミエは20個ほどの魔石をテーブルに並べた。平民からの魔石は形が悪いものばかりだが、その中ではかなり綺麗な方である。だが私は今、悪役令嬢なのだ。
「あらあなたの目、見えてる?お~い。これのどこが形のいい魔石ですって?選びなおしてきなさい。これじゃ私の婚約者が気に入ってくれるわけないわ」
扇子で彼女の目の前をヒラヒラとさせ、再び魔石を取りに行かせる。これを数回繰り返し、彼女の苛立ちを膨れ上がらせる作戦である。……とても心苦しい。悪役令嬢ってよくこんなこと平気でやるわよね……。
ルトバーン商会長と二人だけの時に気を抜いて、ルミエがいるときはなんとか悪役を演じる。
そして数回の往復をルミエにやらせたあと、ようやく決めたふりをする。
「とりあえずこれとこれと……これでいいわ。あなた、次に来るときまでにもっとまともな仕事しなさい」
「申し訳ありません……」
ルミエが頭を下げる。ごめんねーー!私もこんなことやりたくないのよぉー!私だってツラいの!許して!
「それでは私は購入書類を用意してきます。すぐ戻りますので」
「では私も──」
「あらあなた、公爵家の私をこの部屋に一人で残していくつもり?平民のくせに随分生意気ね。あなたはここに残って私の相手をしなさい」
「……はい……」
我ながらものっすごい理不尽なことを言っている。生意気なのにここに残れ?意味わからん私。
「あなた、聞いたわよ。子供の頃からここで働いてとても優秀なんですって?商会長が褒めていたわよ。よかったじゃない」
「……はい。私は兄や姉と違って小さい頃から勉強ができますから、もはや別の家の子ではないかとさえ思っています。商会長の評価は妥当です」
ん?
「子供のうちから勉強なんて素晴らしいじゃない。貴族の子供だって勉強を嫌がる者は多いわ。平民でもちゃんとした人はいるのね。周りの人たちからもとても尊敬されてると聞いたわ」
「みなさん私の実力を認めてくれています。だからこそ責任ある立場に選ばれたのです。私はここよりもっと高みを目指しておりますので……」
んん……?
結構……。
「だけど所詮は平民よね。どれだけ仕事が優秀でも、そこそこの金持ちの平民と結婚してそこそこの暮らししかできないもの」
「…………」
「その点私は公爵令嬢。高貴なお方と婚約しているわ。羨ましいでしょう?」
「……えぇ……そうですね」
全く心のこもっていない肯定を口にするルミエ。
「私の婚約者様はとっても素敵な方ですの。私のために魔石をたくさん買い占めてアクセサリーを作ってくれたのよ?イヤリングもネックレスもドレスも作ってくれたの。将来を誓って、彼は学園に入っているけどいつも手紙をくださるわ」
自分で言っててて吐きそう。ギルバートなんぞ前世も今世も来世も結婚なんてしたくないわ!
「あなたには無理でしょう?平民が貴族に嫁ぐなんて月がこの地に落ちてくるくらい不可能なことですものね。あぁかわいそう。平民なんて憐れなものだわ」
ツラい。こんなにも嫌味な言葉が出てくる自分がツラい……これはきっと前世からのストレスだ……今ここで大爆発している気がする。
「公爵家の割には、あなたはあまりその身分にふさわしいお方ではなさそうですね。ふふふ」
愛想がいいと言われた笑顔で、ルミエはそう口を開いた。
え……。
先ほどから強気は発言だとは思っていたけど、その矛先が急に私に向かってきた。
平民にそんなことを言われ、普通の貴族なら怒りだしてもおかしくないような言葉が発せられたのだ。きっと待機部屋にいる商会長やフレデリックは相当驚いているだろう。
だっていつもならルミエは、自身を謙遜する言葉ばかり言っているのだから。周りの人たちはそう口々に商会長に伝えていた。
私と二人だけの空間に油断したのか。
「……それはどういうことかしら?」
「公爵家というのはそれはそれは誇り高き御方です。そのような方がこの一番小さな部屋で対応を受けるなど、公爵家の人間として扱われていないのではないですか?」
「……」
彼女の言葉は初めから気になるところがあった。自信に満ち溢れ、プライドは高く、自分なら褒められて当然だと。
自信を持つことは別におかしいことではないけど、今この状況は公爵令嬢と平民の会話である。少しぐらいへりくだるのが普通だろう。それを全くもってせず、むしろ自分は評価されて当然というような態度で話をしていた。
そして今のように、たとえ身分の壁が分厚くても、私はあなたより賢く素晴らしいのだとアピールをするような言い方だった。
『私は兄弟と違って勉強したからあんな人たちと比べないで』
『みんな私のことを認めてくれてるから責任者になるのは当然よ。私はこんな底辺にいる人間じゃない』
普段は愛想よく真面目で他の商会員から人気だと言っていたけど、ここまでの本質は誰も見抜けていないのだろう。
……いやもしかしたら、ギルバートが後ろ楯だと思っているのかもしれない。
自分はいずれギルバートと結婚する。だからこんなところにいちゃいけない。もっと高貴なところに自分は行ける、だから公爵家の人間と同等の立場で話しても問題ない、と思っているのか?実際はギルバートと婚姻などできないのに、なんと憐れな……。
「言いたいことはわかったわ。だけどね、私は公爵家の人間よ。あなたがそんな事を言っていい立場だと思っているの?私の婚約者様が許さないわよ」
「滅相もございません。私はただ真実を述べたまでです。あなた様の婚約者の方もその程度ということですね」
すご……。どれだけ言い返してくるのよこの子……。
私も負けじと頑張る。身体年齢11歳から出てくる強烈ぶりっ子で。
「あら、私の婚約者様は素敵な方よ。とーーーーっても一途な方なの。私のことを小さい頃から慕ってくださったのよ。ご存じかしら?マクラート公爵家のギルバート様なの」
「な!なんですって?!」
人格が変わったかのように、ルミエは叫んで勢いよく立ち上がった。
「あら、ご存じだったのね。ギル様は会うたびに私に愛の囁きをくださるのよ?学園に行った今でも月に1回はお会いしてますし、毎回プレゼントもくださるの。とても紳士的で素敵な方なのよ~~早くまた会いたいわ~」
……おえっ。
「うそよ……」
ルミエは聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。
「それに次期宰相。見目も素敵な方だし、申し分のない方だわ。あぁ~早く婚姻を結べないかしら?まだ子供なのが切ないわ~。ま、あなたには関係ないわよね。平民ですもの」
ルミエは怒りに震えている。顔が鬼のようになっている。まっすぐ下に伸ばした腕の先にある拳をギュッと握りしめ、下手したら爪で手のひらから血が出るんじゃないかと思うくらいだ。
「そうそう、こんな素敵な魔石をもらったのよ。指輪にしてくれたの。『ハート』の魔石で作った指輪なのよ」
そう言って鞄から出した指輪をルミエに見せた瞬間、ルミエの被った皮は完全に破られた。
「なんで……なんでアンタがそれを持っているのよ!!」




