61.こんな頃から悪役?
「別に私は行かなくても良いのではないですか?」
王宮に向かう馬車の中、私はそうお父様に話しかける。
「仕方ないんだよ、私は財務部のトップだから家族で行かなくちゃいけない」
アレクサンダーの誕生祭。初めての開催は強制参加だが、もう自由参加のはずなのだ。だから私が行く必要もない。というか出来れば行きたくない。仮病でも使いたい。
婚約者になることを避けるのが一番の目的だけど、それと同時に王族関係の人と話すのが疲れる。ハンコは宣伝したいけどまた社交界のときのように急にダンス踊れとか言われるのは嫌だ。それに狸の化かし合いみたいな貴族同士の会話も疲れる。
ドロレスに転生してしまったのでもはやこの世界に一生付き合っていかなきゃいけないのはわかってるんだけど、神様が間違えなきゃ私はヒロインになれたかもしれないのに……って考えると少し悲しい。
まぁ、そのおかげでウォルターやフレデリック、ロレンツやレベッカたちとも出会えたわけだし。良いこともあるわね。
だが婚約者になるのは別。王妃になるのは嫌!
なんでヒロインは王妃になる覚悟ができたんだろ。アレクサンダーが好きだから?そんなんで王妃になろうとするヒロインに全く共感ができなくなってしまったよ……。
馬車が王宮に到着する。
いつも通り混雑している入り口で待つと、オリバーがいた。
「ドロレス様、お久しぶりです」
「お久しぶりですオリバー様。今日は殿下に付かないのですね」
珍しく客人側にいるオリバーが声をかけてきた。
「殿下が『たまには客人として来るオリバーが見たい』と仰ったのでこちら側にいるんです。ほら、ジェイコブも」
そう言って目線を斜め後ろにすると、ちょこんと佇むジェイコブがいた。久しぶりにこちら側から登場するせいなのか、緊張した顔をしてマクラート公爵に張り付いていた。えっかわいい。
「ジェイコブ様」
「あっ!ドロレス様ー!」
私たちに気づき、パアッと明るい顔になるジェイコブ。オリバーと共に近くまで行くと、ジェイコブも駆け寄ってくる。
「いつもアレク様のところにいたのでこっちからは初めてなんです……緊張しますね」
「ジェイコブ様、私たちは一応客人ですから緊張する必要はないのでは?」
「でも、アレク様の前で礼儀正しく挨拶するとか……プッ……笑っちゃいそうで」
そっちか!そういやこの二人、意外と殿下に輕口叩くもんな。
「そういえばレイヨン公爵夫人はどちらに?」
今日はレイヨン公爵しか見当たらない。体調でも崩したのだろうか。
「彼女は今日は欠席です。……妊娠した可能性があるそうです」
「えっ?!」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を抑えた。
「私は彼女とあまり会話をしていないのでわかりませんが、周りの人たちの会話を聞く限り、おそらくそうだと思います」
「そうですか。おめでとうございます」
「あぁ……。では私は先に」
順番が近くなってきたため、オリバーは立ち去った。
ついにオリバーの弟が出来るんだ。ゲームだと、オリバーだけが家族と距離を置いていたけどヒロインが支えてくれたおかげで家族と仲良くなるのよ。
彼らが学園2年生の時だから、これに関してはもう少し後の話かと思ってたけど、そうか……もうオリバールートの伏線が出始めるのね。
今回の誕生祭はとても平和に過ごせた。殿下はダンスを誘うために私を探していたようだけど、それを事前にジェイコブから教えてもらい、ちょこまかと隠れていたおかげで最後の方まで見つからずに済んだ。またダンスとか踊って目立つの嫌だもん。ジェイコブ、グッジョブ!
諦めたアレクサンダーは誰とも踊らず壇上へ戻った。……せめてそこまで来たなら誰かと踊ってあげなよ……。
ちなみに先週の料理店の一件で、ツェルト伯爵家とロバートの家は2年間のパーティー等の出席禁止、二人は近衛騎士を解雇になった。学園を卒業して、大人と扱われる年齢でそんな失態を犯したら当然の報いである。低い立場の者が上の者に対して身分を弁えるのは当たり前だとしても、それを上から脅しとも取れる言い方で強制し、権力と暴力を振りかざすことは人としてダメだからね。
そんな穏やかな誕生祭が終わり、家に帰るとルトバーン商会からの手紙が届いていた。
「今日の夜に魔石の数を数えるのね」
ジェイコブにも同様の手紙を送っているそうで、6日後にルトバーン商会で集まりたいと書いてある。
ジェイコブが雇っているプロからの報告も合わせて確認しなきゃ。これで減っていたら確定だわ。ジェイコブは作戦を練り上げているので、それもみんなと打ち合わせをしなくてはいけない。
そして6日後。
顔を青くしたルトバーン商会が頭を抱えている。
「早速ですが……3つ、減っています」
「3つも?!」
な……なんて堂々とした犯行なの?!商会長が数えてないからといって、やり過ぎにもほどがある。
「今現在、魔石の在庫がある場所の鍵を持っているのは私とルミエだけなんです。私が入ってないとするならば……彼女しか……」
これでほぼほぼ確定だ。
「ジェイコブ様、そちらの情報は」
「ルトバーン商会長の話を聞いたのでこれはもう確定ですよ。殿下の誕生祭の日、二人は会っています。会話も聞きました。3日前、例の闇市の店に小さな包みを持って兄上が現れました。兄上が出ていったあと、すぐにプロにその店へ入ってもらい、言い値の金額の2倍を支払って買い戻してきました。こちらです」
そう言ってジェイコブは包みを取り出した。開くと、私が持っている綺麗な形をしたものとは全く違う魔石。これが貴族と平民の違いなのね。石留に留められたいびつな魔石が3つ入っている。
「うちで扱うのは平民に与えられた魔石のため、形が悪いものばかりなんです。平民から高額で買い取るのはうちの商会くらいなので、殆どがうちに売りに来ます。ですので……確実にうちの魔石だと思われます」
「あらこの形は……」
ふと1つの魔石を取り上げると、横でフレデリックが信じられないと言った声で呟く。
「何でルミエが……そんなことするなんて」
ルミエは小さい頃から一生懸命にルトバーン商会で働いていた。誰からも好かれる彼女を疑うことなど、誰もしなかった。だからこそ盗みを犯してもバレなかったのだ。
「彼女に問い詰めよう!今すぐに呼べ」
「待ってください!」
商会長がドアを開けようとすると、ジェイコブが止める。
「もう確定ではないですか!どうして止めるんですか?!」
怒りを含めた声でルトバーン商会長が言い返す。
「数日前の話でまだ彼女も動揺し、策を考えているかもしれません。問い詰めてもきっと否定する可能性があります。2週間後、ドロレス様が魔石を買うふりをして商会に来ますので、その時にルミエを傍につかせてください」
「え、私?!」
待って、何も聞いてないんですけど!
「これは皆様に共有して、そして話を合わせてほしいのです。……兄上は、ルミエに『俺の婚約者にする』と話しているのです」
「「はあ????」」
思わず私とフレデリックが口をそろえて叫んでしまった。
「どうやら、魔石を兄上に渡すことが婚約者にするという条件らしいのです。詳しくはわかりませんが、ルミエが兄上に魔石を渡しているのはそれが理由で間違いないです」
「ルミエは何を言っているんだ?公爵家の嫁になれるなど、米粒ほどの可能性しかないでしょう!それもうちから盗みを働いて……そんなことをして本気でそう思っているのかあいつは」
ルトバーン商会長は怒りをぶつける。
「おそらく。そうでなければこんなに魔石が減ることもないでしょう」
ギルバートは、なんという最低な男なんだろうか。人に盗みを働かせるために『婚約者にする』という嘘をつき、自分はニコルと無理矢理婚約。絶対に許せない!!
「ドロレス様には、兄上の婚約者として商会に魔石を買いに来てほしいのです」
「……ふぇ?!」
変な声が出てしまった。ジェイコブ、あんなクズ男の婚約者を私にやれってか?!酷い、酷すぎる……。
「あくまで、『買いに来た公爵令嬢がギルバートの正式な婚約者』とその場で知ったルミエがどう反応するか、ですかね。もちろん兄上は一緒じゃないですから。その場だけです」
「わ、わかったわ……」
しょうがない、これもルトバーン商会とニコルのためだ。私が盛大に演じてみようじゃないの。
あ、これもしかしてめっちゃ悪女感出す?出した方がいいわよね?
「あの、すごい性格悪い傲慢な公爵令嬢の方がいいかしら?」
「あぁ!それいいですね!『悪役の令嬢』に設定しましょう!似合いそうですよ!」
「悪役……令嬢……」
ジェイコブからこんなところでまさかの悪役令嬢が登場すると思わなかった。私って、悪役令嬢なのね。
作戦会議は2時間ほど行われた。




