60.権力とは
「近衛騎士にそんなやついたか?」
声のする方を向けば、みんなに聞こえるようにアレクサンダーが声を出す。
「いいえ、僕は知りません」
「私もです。近衛騎士になるものは誇り高き人のみです。女性に対してそのような態度をとる者が入れるわけがありません」
ジェイコブとオリバーも声を続けた。もしかして、助け船を出してくれたのかな。
「おいそこのガキ!貴族にそんな口きいていいと思ってるのか?」
おぉ……。この男からは三人が背になっているのでアレクサンダー達の顔が見えていない。これは数分後の展開が地獄だ……この伯爵家長男の墓場が出来るかも……。
平民だと思われているこの三人の口の聞き方が悪かったことに関し、連れの2人のうち1人も立ち上がる。
「お前たち平民のガキだろ?貴族に対する口の聞き方がなってねぇな!ちょっと外に出てしつけでもしてやろうか?」
おっとこいつも同じパターンか。その連れの男はアレクサンダーたちが座っている席に進んでいく。あー……あなたもここが墓場ですね。
「おまえらどこ……の……………………ん?………うぁ!!」
席の端に座っていたオリバーの肩を後ろから掴み、それを引っ張るようにしてオリバーの顔を見るが、あれだけ勢いのあった男はみるみるうちに顔を青くし腰が抜ける。その隣に座るアレクサンダーの顔も見たのだろうか、全身で震えていた。
席に座ったままだったもう一人の男は他二人とは根本的に性格が合わなかったのか、それとも厄介事に関わりたくなかったのか、お金を払い「ごめんなさい」と言ってそのまま帰っていった。……いや、私の顔をずっと見ていたから、もしかしたら私が公爵令嬢だと気付いたのかもしれない。きっと下位貴族なのだろう。さすがに王子たちには気付いていないはず。
「おいロバート、なにやってるんだ?」
「ばっ!バカ!俺の名前を出すな!!!」
「ふーん、ロバートね。確認しなくちゃ」
ジェイコブが話している。これは離れていてもわかる、きっと彼は今、とてつもなく怖い笑顔をしているだろう。ロバートはその恐怖に震えている。
「口の聞き方がなってないのはお前たちだろ」
アレクサンダーはこの状況でも冷静に言う。
「うぁぁごめんなさいー!!」
「おい!ロバート!なんなんだ!こんなクソガキどうにでもなるだろ!」
「ケビンやめろ!お前死ぬぞ!」
「ふざけるな!こんのクソガキ!ちったぁ痛い目に遭わせてやらなきゃダメだろ!」
そういってこのケビンとか言う男が三人の元へ進む。私もうこれ以上見ていられない。目を瞑る、でもちょっとだけ目を開ける。アレクサンダーは帽子と眼鏡を外し始めた。あぁ、ケビンは2度と近衛騎士に戻れないだろうな。
「おい、店の外に出やが───」
「誰に口をきいているんだ」
アレクサンダーが振り向く。そこには、豪華な衣装を着ていなくてもわかるほどに王族の堂々たる存在感があった。
「っはぇっ?!?!で、殿下?!」
ケビンは後ずさりを数歩するとそのまま腰から崩れ落ちた。
「ずいぶんと伯爵家は偉いんだな。ツェルト伯爵?あぁ、金で自分の息子を近衛騎士に入れたあの男かぁ。全然使えないと聞いていたが、そうかお前か」
「いえ、ああの……な、なんでこんなところに殿下が……」
「平民の生活を知るためだ。次期国王の私が知らないわけにはいかない。だからこうやって出向いているのに、こんな貴族がいたとはな。父上に報告しなくちゃな、ジェイコブ・マクラート」
アレクサンダーはあえて、ジェイコブのフルネームを呼んだ。
「マ、マクラート?!」
「はい、しっかり伝えます。あ、もちろん君の父親にも報告しといてね、オリバー・レイヨン」
「レイヨン?!団長の……」
「私ももちろん父に伝えます。まぁ、2度と父とあなたは会うことはないでしょうけど」
地獄でも見たかのようにガクガクと震える男二人。あーあ、初めからおとなしくしていれば良かったのに……。
「ケビン!お前が店員に突っかかるからだぞ!あぁもう!俺の人生台無しだぁー!」
「ふ、ふざけるな!おい!帰るぞ!」
そう言うと彼らは逃げるように店から出ていく。
「あ、あの会計は!」
こんなときでもサマンサは会計のことを気にしていた。今そこじゃなくない?てゆーか、あいつら食い逃げか!
周りを見渡せば、ポカーンとしたお客さんたちが私やアレクサンダーを見ている。あれ?そういえばウォルターとフレデリック!そう思い出して彼らを見ると、石のように固まっていた、というか魂が抜けたかのように座ったまま動いていなかった。大丈夫?息してる?
「皆様、ご迷惑をお掛け致しました。私、この店の料理の開発をしているジュベルラート公爵家のドロレスと申します」
「まぁ!」
「王子様も貴族様もいらっしゃったのね」
「頭が上がらん」
そう言って頭を下げ続ける人もいれば、普段見ることのない王子や貴族の令嬢をまじまじと見ている人もいる。
「今皆様の出しているお食事代は私が出します。そして、次回来店の時に使える無料券を差し上げますわ。店長、インクと布、折り紙を持ってきて」
店の中からはワーーと喜ぶ声と拍手が鳴り響く。外にも数人いるので、その人たちの今日の食事代も出してあげよう。寒い中待たせてしまっているしね。
ロレンツに持ってきてもらったものを受け取り、席に戻る。そして、ポケットの中にあるハンコを取り出した。
「ドリー、それ」
石から人間に戻ったフレデリックが話しかけてきた。
「ええ、ハンコよ。何かあったときの為に持ち歩いていたのだけど、まさかここで役に立つとは。ねぇフレッド、私来年の誕生日にハンコケースがほしいわ。使ったら汚れるからポケットに入れられなくなるもの」
「!うん!作るよ!絶対作る!そうか、ケースも販売すればいいのか」
どこまでも商売が一番のフレデリック。ニコニコしながらハンコを眺めている。確かにケースがあれば私も便利なのだ。
折り紙に食事無料の内容を書き、ハンコを押す。初めて使ったけど、本っ当にきれい。ペンでサインを書いたみたいだわ。
店内の全員に渡すと、みんなが大喜びしてくれた。迷惑をかけたからね、貴族としてこういうときに権力を使わないと。あとでロレンツに多めに代金を渡しておこう。
「ドロレス様、ありがとうございました……」
やっと落ち着いたサマンサが声をかけてきてくれた。
「ううん、それよりあなたもよく頑張ったわ。きちんと言葉も出ていたし、あなたが対応してくれたおかげで私もこうやって冷静に動けたのよ」
「うぅ……っ……」
怖かったのだろう、ずっと耐えていた緊張の糸がほどけて泣き崩れたサマンサ。そんな彼女を抱き締め、背中を擦る。
「ドロレス様、申し訳ありませんでした。私が平民なばかりに何も言うことができず」
ロレンツやアンたちも出てくる。
「大丈夫よ、どう考えたってあの人たちが悪いんだもの。あなたたちは謝らなくて良いわ」
「そうだぞ店長!あいつらが悪い!」
「サマンサちゃん、よく頑張ったわね!」
「またいつでも食べに来るから頭の悪い貴族なんかに負けるなよ」
お客さんたちも声を上げてくれた。みんなに感謝しなくちゃ。お客さんが来てくれるから店は成り立つんだもん、私たちはそれにちゃんと応えていこう。
私たちは冷めてしまった料理を食べ、外に出た。
「最後の最後でオイシイところをドロレス嬢に持っていかれた」
アレクサンダーが悔しそうな顔をしている。
「あの二人は近衛騎士をクビですねー。あ、食い逃げ分も請求しなくちゃ」
ジェイコブはウキウキしながらそう話す。最近ほんと恐ろしさが増してきて、すでにゲームのジェイコブが出来上がっている。
「先程はありがとうございました。みなさんのおかげで大きな事件にならずに済みました」
アレクサンダーやオリバー、ジェイコブに頭を下げた。
「権力を自分だけのために使う奴など、国の騎士に必要ない。権力というのはあのような困った者を助ける時に発揮するものだ。人を脅かしたり私欲の為ではなく、人を守るためにこそ権力は存在する。あとはこちらで処理する。料理はすごく美味しかった。ぜひまた来たいから、改めてみんなで来よう」
「ええ、もちろん」
たまには気兼ねなく楽しく食事をするのもいいな。今度はレベッカたちも誘おう。よく考えたら今日、逆ハーレム状態だった……。意図してないところでそうなるのは恥ずかしすぎる。他の人から見たら異様な光景だっただろう。
「さっきの、あの折り紙に押していたハンコ?というのはなんだ?」
アレクサンダーがふと思い出したかのように尋ねてきた。こんなところで宣伝チャンス来ちゃった?
「あれはフレデリックが開発した、木に人の名前を彫ってインクをつけてサインのような跡がつけられる素晴らしい道具ですわ。サインを一枚一枚書くよりも格段と仕事の効率が上がりますの」
説明をしていると、『仕事の効率が上がる』という部分にアレクサンダーが眉毛をピクリと動かした。
「あの煩わしいサイン作業をか?」
「ええ、ポンっと押すだけですから。ここまで綺麗に彫れる職人はフレデリックを含めて3人のみですわ」
そう言って私は自分のハンコをアレクサンダーに見せる。それを受け取ると、穴が開きそうなほど見つめている。
「これがあれば父上も喜ぶかも……」
おっとついにビジネスチャンス?!ここで?国王に売り込めるならラッキー!でも準備期間は必要よ。
「とても便利になりますわ。ただし今までサインだったのを急にわけのわからない【ハンコ】を出されても全員が馴染むまでに1年以上はかかります。そして国のトップが認めない限り、絶対に広まらない。広まらなければ使えませんのよ」
……おっと危ない、セールスマンのようなマシンガントークになりそうだった。私セールスマンじゃなかったのに。
「父上にも話してみよう、興味があればきっと話を聞くと思う」
「その機会があればぜひ。ルトバーン商会と向かいます」
そのあと3人は王宮の馬車に乗り込み、まだ残る仕事を片付けに帰っていった。
「「はぁーーー」」
フレデリックとウォルターが同時にため息をつく。
「今日一日疲れた。人生で一番疲れた……」
「ウォルト、ドリーの傍にいるともっとヤバイぞ」
「……トラブルメーカーかよ」
「聞き捨てならないんですけどどういうことかしら?」
ぶつぶつとみんなで文句を言い合いつつも、また一緒に来ることを約束して馬車に乗り込み、二人を送り届け家に帰った。
今日はアレクサンダーの事を見直した。彼が国王ならとてもよい国になるわ。
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