59.高貴な人でも行列には並んでください
外を歩くのにも手袋が必要になってきた寒い12月の半ば。アレクサンダー誕生祭の1週間前だ。寒い寒い!マフラーを巻いていても足はスースーする。誰か私にタイツかレギンスを作って……。
そんな私は今、ロレンツの料理店にいる。開店してから常に大盛況でランチタイムもカフェタイムも基本満席だ。アンもサマンサもダニエルも真面目に働き、ダニエルは計算が完璧になったので一人で買い物に行けるようになった。サマンサは売り上げの管理などをハンナに教えたり、アンはデザートも一人で作れるようになった。たまに三人連名の手紙が送られてくるけど、とても楽しそうなのが書面から伝わってくる。みんな文字がちゃんと書けるようになったことが何より嬉しい。
っていうか貴族の私より楽しそうじゃないの?ねぇどういうこと?
「申し訳ありません……」
「……もうどうしようもないですわよ……」
ジェイコブに謝られ、私は項垂れた。
今日はお忍びで料理店に来た。ジェイコブと私、フレデリックとウォルターを呼んだ。ジェイコブは、兄が権力や身分を振りかざす姿を見ているため、逆に権力や身分を気にしない。故にウォルターを連れてきても大丈夫だろうと判断し、ジェイコブに許可をもらって四人でランチタイムに来た。
はずだった……。
「絶対にバレないようにって話しましたよね?」
「うぅ……すみませんドロレス様。手紙を頂いたときにちょうど王宮に行くところだったのでそのまま手紙を持って王宮で読んでたら……後ろから殺気を感じて……振り向くとアレク様が……『僕も行く』と……」
もう泣きそうな顔でジェイコブが言い訳をする。いや責めたい訳じゃないんだけど……責めても良いよね?手紙を王宮に持っていった時点で危険満載じゃない!
ジェイコブの少し後ろの方で馬車と護衛数名が待機している。この場に不釣り合いの超・高級な馬車が待機している………。あぁ……逃げられない。今日はフレデリックもウォルターもいるのに何で来るの?!手紙を盗み見するくらいなら来るメンバーを理解して遠慮してよっ!
「諦めるしかないわよ。それよりあと10分ほどで開店するから早く並ばないと席が埋まっちゃいますわ。もう数人並んでますのよ。食事をしたいなら並ぶように言ってくださる?席を確保してから降りてくる図々しい態度を取るのなら、席が一緒なのは絶対嫌です。ごめんなさいジェイコブ、でもあなたにすこーしの過失があるのでよろしくお願いしますわ」
「わ、わかりました。伝えてきます」
そう答えると、小走りで馬車に駆けていく。私の後ろから、顔を青くしたウォルターが小声で話しかけてくる。
「ドロレス様、まさか……まさかだよね?王宮って、あんな豪華な馬車でって……」
「第一王子アレクサンダー殿下だよ」
すかさずフレデリックが解答する。それを聞いたウォルターが頭を抱える。
「なんで?!なんで孤児の俺の回りにこんなに高貴な人たちが集まるんだ?!あの灰色の髪の人だって公爵家令息なんだろ?それに王子って……王子って!!」
小さい声なのにめっちゃ叫ぶウォルター。フレデリックが宥めている。私だって呼んだわけではないわ!アレクサンダーが勝手に来たのよ!
「ごめんなさい、こうなるとは思っていなかったのよ」
「よく考えたらドロレス様がいる時点で公爵家の人たちがついてくるのは普通なのか……」
「多分もう一人公爵家の令息が来るわ……」
「うげ」
馬車の方では、降りようとするアレクサンダーと止めようとする護衛があーだこーだやっている。めんどくさ。
「あれを待つのは嫌だから、とっとと並びましょ」
「そうだね」
「お前ら二人結構厳しいな……」
並び始めたのを向こうが気づいたらしく、護衛の制止を振り切り駆け足でこちらへ向かってくる三人。そう、オリバーもいる。大人の護衛たちはなんか揉めているが、数人だけ少し離れたところで護衛をすることで落ち着いたらしい。
「ドロレス嬢、久しぶりだな。今日はお忍びだと聞いて僕も来た」
「さようですか」
「平民の料理は僕も興味があるので楽しみにしていた」
アレクサンダーがすっごい楽しそう。顔がもうニコニコしている。画面越しだったら悶絶していたけど今はそんな感情に全くならないから不思議だ。
「その黒髪の者はどこかの貴族かな?」
頭をずっと下げているウォルターを見る。
「こちらの者はウォルターと言いまして、私と同じ歳です。今は孤児院で暮らしていますが、将来的に学園に通えるよう勉学に励んでおります」
「学園に?そうか、厳しい道のりだと思うけど、入れば僕と同じ歳だ。頑張って。あと、今日はお忍びなので気を使うのは無しだ。頭を上げてくれ」
ゆっくりと頭を上げる。碧眼と深い紫の瞳とが一直線になった。そしてウォルターは私の顔を見て「早くなんとかして」って顔で訴えてくる。
「あと少しですから、このまま並んでお待ちください」
「待つっていうのも新鮮だな」
アレクサンダーが王子っぽい発言をする。あ、王子だった。
横ではウォルターが胃を押さえている。
「俺今日胃が痛くて食べられないかもしれない」
「あの一番体がデカいのも公爵家の令息よ」
「……帰ろうかな」
「ちょっと、ここまで来て私を置いていかないでよ!」
「いや俺も残されたら困るんだけど」
誰一人帰らせないわよ?みんな犠牲よ!
「ドロレス様、さすがに『体がデカい人』以外の表現がほしかったんですけど」
あ、やば、オリバーに聞こえてた。
「あらごめんなさい、良い意味で、ですわよ。おほほほほ」
「くくっ。オリバーを表現するのには一番合ってるだろ」
「殿下……」
「今日はお忍びなので、殿下を付けるな」
「はい……」
さっきからアレクサンダーがお忍びお忍びって言ってるけど、お忍びって何だかわかってる?貴族だけど平民のふりしていくのよ?
なんでそんなに高貴な服選んでくるのよ!
確かに、無地だし金属みたいなのいっぱい付いてないし、帽子も被って眼鏡もつけて質素な服を選んだんでしょうけど。それでも充分金持ってる人の服装なのよ。なんだそのピシッとアイロンがかかったようなシャツとズボンは!そんなの平民は着ないんですけど!
ジェイコブとオリバーを見習ってよ!もう。
「あ、ドアが開いた」
開店だ。これなら1回目で入れる。店内からは元気な声が聞こえた。
「いらっし……あ!ドロレス様、ウォルトも。えーと6名様ですね!こちらへどうぞ」
サマンサが案内をしてくれる。水を運んできたダニエルが料理の説明をし、それぞれの注文をする。
「あれ?ドロレス様は頼まないんですか?」
「ええ。今日は1つ、試作の完成品ができたのでそれのチェックも兼ねてますの。問題がなければ明日から販売です」
「えーなんだろ。また来なくちゃいけなくなるじゃん」
「ドロレス嬢の作るものは100%美味しいからな」
その間にみんなで折り紙をした。ここ最近はテーブルに数枚置いておくことにして、料理が提供されるまでの時間潰しになるようにした。
「オリバー様……あまり指先は器用ではないのですね」
最初の段階でもうすでに角が合わない。ここから揃わないと絶望的だ。
「私は剣が出来れば大丈夫です……」
ちょっとショボくれたオリバーだったが、隣でめちゃくちゃ綺麗に折るアレクサンダーとジェイコブ。
「僕の折ったのでも持って帰れ」
「い、いいんですか殿──」
「アレクだ」
「アレ……ク様、ありがとうございます!」
犬みたいにアレクサンダーに尊敬と情景の眼差しを向けるオリバー。こりゃ本物の忠犬だわ。
「お待たせしましたー」
みんなの料理が運ばれてくる。アレクサンダーとオリバーが豚汁定食、フレデリックとウォルターがロコモコ丼、ジェイコブがハンバーグ定食。
「これはこのまま器に口をつけるのか?」
「そうですわ。それが平民の食べ方です。まさかお忍びで来て、出来ないとか言わないですよね?」
散々お忍びって言ってウキウキしていたのに、それが出来ないとかないわよね?
「……大丈夫だ、今日は僕は平民だ」
自分に言い聞かせるようにゆっくりと口に近づけ一口飲む。その瞬間をみんなで見ていたら、アレクサンダーの顔が綻んだ。
「美味い……さっきまで外にいた寒さが嘘のように温まる。食べたことのない味だ……。これは穀物の米って言ってたな。確かに交互に食べたくなる美味さだ」
横ではオリバーも目を見開いたあと、大きな口で頬張っている。
「俺ら平民はロコモコ丼だよな」
「あぁ。一気に食べられるもんな」
平民組は日本での牛丼屋のサラリーマンのように食べ始める。おっさんかよ。
「僕のもとても美味しいです!口の中で旨味が広がりますー!ドロレス様のは僕のと同じですか?」
私が頼んだのは明日から数量限定で出す予定の、チーズハンバーグだ!私これ大好きだったの!中にたっぷりのチーズを入れてよく作ってたなぁー。
「何回かチーズの配合を変えてハンバーグ自体のサイズも調整したので、これがベストな状態だと思います。食べてみて、もしチーズ感が少なく感じるようでしたら、上にも乗せてみますか?」
サマンサが過程の説明をする。
ナイフを入れると、中からチーズがとろーりと溶けだしてきた。小さく切り、口に入れる。
「これこれ!美味しいー!上に乗せてもいいけど……、出来るのであれば注文の時に聞いてみて、追加料金で乗せるのはどう?」
「なるほど。ロレンツさんに確認してみますね」
「えっ、ドリーだけそんなのずるいじゃん!」
「明日来ればいいのよ?私は新メニューの責任者ですから」
「ドロレス様!僕も食べたいです!また今度つれてきてくださいよ!」
「そうね、また来ましょう」
「ドロレス嬢、僕も───」
「アレクサンダー様は服装とあの馬車をなんとかしてからにしてください」
「う……」
「私はアレク様と来ませんのでご一緒して良いですか?」
「オリバーおまえ裏切る気か!」
わいわいガヤガヤしながらも食べる食事は楽しい。子供たちが集まると意味のない会話でも楽しい気分になるから良いな。また一緒に来ても良いかも。
「おい!隣の席で嬢ちゃんだけ違うメニュー出してるってどうゆうことだ?」
がたいのいい男の人がサマンサに詰め寄っていた。
「あちらの女性はこの店の料理の責任者です。その方に最終確認で提供したので、許可がおりれば明日から販売にいたします」
「はぁ?あんな子供が責任者?ふざけるな、同じもの出せよ。ガハハ、俺はチーズが大好きだからな!子供に出せるなら大人にも出せるだろ」
「申し訳ありませんが、本日は最終確認のために用意した分だけで──」
サマンサが必死に答えるも体が震えている。その男の連れはなんとか引き留めようとしているも、大声を出す男は全く聞いていない。ダメだ行かなくちゃ。
「すみません、私が料理責任者のドロレスです。申し訳ないですが、明日から販売になりますので明日お越しいただけますか?」
「ガキが!お前が責任者のわけがないだろ」
「いいえ、私が責任者です」
「いいから俺にも用意しろ」
んー、確かにみんなの前で食べてたし、私にも責任あるか。
「申し訳ありません。よろしければ明日いらっしゃった時に無料でチーズハンバーグを提供させていただきます。お客様のみトッピングも大盛りも無料にいたします」
「ふざけるな。俺はツェルト伯爵家の長男だぞ?近衛騎士だ。今出せって言ってるんだよ!お前らなんて俺の一言でなんとでもなるんだからな」
……ダメだったか。無料ならなんとかなると思った私が浅はかだった。ギルバートタイプだなきっと。実力もないくせに地位と権力だけ振りかざすアレな。
私が座っていた席ではアレクサンダーたちがヒソヒソと会話をしている。
こうなるとロレンツが出てくるのはまずい。男より向こう側にいるロレンツが出てこようとしているが、私はそれを目で制止する。ロレンツは平民だもんなぁ……私が名乗るしかないか。でもこの状況で信じてくれるかな。




