57.婚約者になりたくないための行動はむしろ婚約者になるための行動だったりする
それ以降のギルバートの動きは掴めぬまま、社交界パーティーの日になった。
ギルバートは今年から学園に通っていて、寮に入っている。パーティー系の参加はマクラート公爵から禁止されていたが、学園に入学したため、社交界パーティーだけは参加の許可が出た。
とは言っても、許可が出たというよりは今後のために許可せざるを得なかった。一応学園にいるため現時点では次期当主であり宰相だ。他の貴族との交流を社交界でさせないわけにはいかない。
ニコルは体調不良ということで出席しなかった。ギルバートが参加するのを事前に伝えていたため、おそらく仮病だろう。だけどその仮病に関して攻めるつもりは全くないし、むしろ欠席でいい。その代わり、私やジェイコブは目を光らせている。
今日もギルバートは令嬢二人をはべらせていた。一人はとてもアピールしまくっているのが丸分かりだ。
「あちらのアピールしている彼女はセトル子爵家マリサ令嬢、隣がエイベル男爵家ライラ令嬢です」
前にアレクサンダーの誕生祭兼お披露目パーティーでギルバートと共に突っかかってきたのが心酔女子のマリサ、後ろで目線をそらしていたのがライラね。もう一人いたと思うけど、もうギルバートといるのは疲れたのかしら。己の保身のためになるなら避けるのは妥当だ。懸命な判断をしたわね。ギルバートは私を見つけると睨んできたが、前回のこともあるのでこちらまでは来なかった。ホッ。助かる。
今日はクリストファーの社交界デビューの日であり、そのせいでレベッカが落ち着かない。
「レベッカ様、大丈夫ですわ。今まで誕生日会にも来てくださったじゃないですか」
「でも、ダンスのお誘いを1度も受けられなかったら私はショックですわ……」
うーん、確かにクリストファーは令嬢のお茶会にたくさん行ってるみたいだしな。レベッカが悩むのもわかる。数人しか選ばれない本日のパートナーになれなければ、将来の婚姻への近道を潰されたようなものだ。
そう思っていると、クリストファーがこちらに歩いてきた。そのままずんずんと進んでくると、私の斜め前にいるレベッカの横でふとゆっくりになり何かを耳元で伝えている。それを聞いたレベッカが耳を赤くして頷いている。何を言われた?どうした?ってゆーか誘わないの?
そうしてクリストファーは膝を折り、手を差し出す。
「ジュベルラート公爵令嬢ドロレス様。踊っていただけますか?」
ええっ?!私なの?!
思いがけない誘いに気が動転しつつも表情に出さないように耐える。ってゆーかレベッカはどうするのよ?
レベッカの方を見れば、私と目が合い軽く頷く。え?了承済み?にしても私また目立つじゃん……でも断れないやつ……。
「はい……」
こうしてクリストファーとの初ダンスを踊ることになった。
王子の社交界デビュー初ダンスの時、1人目はダンスホールに王子とそのパートナーだけになる。みんなホールから下がっていく。
つまりは!今年もめっちゃ目立つのよ!しかも視線が痛い!泣きそう!「あの女は去年もアレクサンダー殿下と踊ったのにクリストファー殿下とも踊るのか?!」的な目線が怖い!
曲が始まる。
「……なぜ私を誘ったんですか?」
始まってすぐクリストファーに声をかける。
「んー、ドロレス様なら目立っても大丈夫かなと。レベッカ様を誘うと思いましたよね?」
「ええ。そう思っていましたわ」
わかってるじゃない。ならなんで私?
「初ダンスは目立つじゃないですか。話もゆっくり出来なさそうだし。ドロレス様は僕にも兄上にも興味無いでしょうから都合がいいんです。レベッカ様には『最後の曲が一番長いから最後にお誘いします』って言いました」
あれ?若干腹黒感増えてきてない?
「ダンスは将来の婚約者を選ぶためでもあるんじゃないですか?」
「僕を国王にするための僕の婚約者などいらないのですよ。ダンスパートナーだって、それ前提になるから面倒で。だからドロレス様を最初にしました」
……私は都合のいい女ってか?
「僕に寄って来る人は、あわよくば兄上を蹴落として僕を国王にし、自分は王妃になるよう親から言われてるんでしょうし。それか王族にでもなって上から見下ろしたいんでしょうね」
「すべての令嬢がそう思っているわけではないわ」
少なくともレベッカは違う。クリストファーのためなら平民にもなるし、借金も背負うと堂々と宣言した。
「さぁ、どうですかね。お茶会や誕生日会に招待されて行っても、みーんな地位と名誉ばっかり気にして。僕の事なんて見てる人はいません。あ、ドロレス様は最初から僕にそういう目では見てなかったですね」
作り笑顔だった彼が一瞬自然と微笑む。
「私だけじゃないわ。他にも……」
「それはこれから確認するので大丈夫です。そのためのドロレス様が一人目ですから。あ、そうだ。兄上の婚約者の選定が始まりましたよ」
えっ、もう?アレクサンダーは再来月に11歳になるけど、そんなに早く決まっていたの?
「は、早いのね……」
「僕も一人推しておきました。彼女なら確実に兄上を支える存在になる、僕が初めて見たときからそう思いました。兄上と同じ歳で、他の令嬢のように兄上にすり寄らず、自らで新しいものを作り出し、とてもきれいなピンクサファイアの瞳を持つ方です」
ち、ちょっと待って……まさかだよね?それって、それって……嘘でしょ?
「クリストファー殿下、まさかわた──」
「あ、もう曲が終わりますよ」
気づけばもう曲が終わり、お互いにお辞儀をしてホールの端まで進んだ。その後クリストファーは別の令嬢のところへ行き、ダンスを誘っていた。
さっきのは……、まさかだよね?クリストファーがアレクサンダーの婚約者選定で私を推したってこと?私の勘違い?他にそんな令嬢がいるのかしら。
思い当たらない……。
もしかしてゲームでもその流れで婚約者候補になったってこと?クリストファーが関係してる?でも確かに彼はゲーム内でドロレスのことを悪い風に言い出したのは、いじめとか国庫の使い込みからだったわ。だったらそもそも、ドロレスに悪いイメージはなかったの?
……今思えば、ドロレスってなぜ悪役令嬢だった?
ヒロインが来て、アレクサンダーとイチャイチャし始めてから嫉妬で色々やらかしたのよね。
それがなかったら、ちょっと高慢だけど完璧な令嬢じゃない?あれ?ドロレスってそもそも悪役なの?!
考えれば考えるだけわからなくなってきた。ゲームの設定は漠然としていて、当然だけどその本来の性格なんて知らない。じゃあ制作会社の人に「ドロレスの性格は?」と効いたところで「いや、ゲームなんで」の答えで終わるだろう。
わからん。結局わからない!
「ドロレス嬢」
一人頭の中でぐるぐると考えていると、アレクサンダーが声をかけてきた。
「僕と踊っていただけますか?」
あ、今は社交界パーティーだった。そして思わず「はい」と答えてしまった。というかどちらにしろ王子だから断れないけど。
「……ずっと何かを考えているだろ?」
さっきのレベッカとクリストファーのことを考えていると、躍りながらも私の目を見続けていたアレクサンダーから声をかけられた。
「ええ。考え事ですわ」
「君は本当に僕に媚びないな。そういうところもいいと思ってる」
……これさっきクリストファーに似たようなこと言われたような気がする……。婚約者を避けたいのに、この態度が逆にアレクサンダーへの好感度になってるってこと?ややこしいわ!
「じゃあ私も他の令嬢と同じように殿下に媚びればいいですか?」
「急にそれをされたらビックリする……けどドロレス嬢なら嬉しい」
頬を少をピンクに染めるアレクサンダー。だからなぜそうなる!!
「……君は、政略結婚をどう思う?」
不意に真面目にアレクサンダーが聞いてきた。
「……貴族の結婚がそういうものだとは理解していますわ。出来れば想い合える人と共に添い遂げたいですが、よほどの性根が腐った人でなければ諦めるしかないです」
本当は好きな人と結婚したい。ヒロインならそれができる。でも私は公爵家令嬢だ。アレクサンダーの婚約者にならなくても何かしらの政略結婚になる可能性がある。なんとかして阻止したいけど。
「政略結婚なら仕方がないと?」
「……」
仕方ない、で済ませたくない。なんとか日本のような結婚がしたい。出来るなら、のんびり平和に暮らしたいのよ。
「無言は肯定と受け取る。曲が終わるぞ」
「え?あ、ちょ…まっ」
曲ぅ!!さっきから微妙なタイミングで終わらせないで!!私全然返事できないじゃないの!
ダンスが終わるとさっさとアレクサンダーは他の令嬢のところへ行った。
クリストファーの話の内容からすると、やっぱり私、婚約者フラグ立つのかな。これがシナリオの強制力なのかな。
私の運命って、やっぱり私では変えられないのかしら……。
ふとクリストファーの様子を見ていると、たくさんの令嬢を誘っていたが、躍り終わった令嬢たちが次々と顔を青くしてクリストファーの元から離れていった。
……何をしたんだ、あの腹黒王子。
そして最後の曲、クリストファーはレベッカを誘う。レベッカもそれに頷いた。
この二人は上手くいってくれるといいな。
私は私で、何としてでも避けなければいけないアレクサンダーの婚約者。……薄々気づいてはいるんだけど、私って婚約者にぴったりな条件が揃いすぎてるのよ。同じ歳、公爵家、誕生日会に参加、勉強できる、ピアノも出来る、ダンスできる、そして転生してきたからっていうのもあるけど新商品を開発する能力があって、殿下にうつつを抜かさない。
これじゃ婚約者に選んで!って言ってるようなものじゃん!運命!運命こわい!
あ、レベッカが帰ってきた。……けど様子が変。いつも無表情だけど、今は踊る前と比べてさらに何か意味を含んだ無表情だ。
「レベッカ様、いかがでしたか?」
おそるおそる聞いてみる。
「ええ。……休憩室に行きますわ」
そう言っただけのレベッカは、ホールを離れていった。
何かあったのだろうか?クリストファーに何か言われたのか?
後日彼女に聞いても、何も答えてはくれなかった。




