56.ゲームのフラグ?違う?どっち?
今年の私の11歳になった誕生日会はスポンジをつくり王道のデコレーションケーキを作った。前々から感じていたことだけど、ギャレットのデコレーションは天才的だ。イチゴたっぷり乗せ、間にも挟んでザ・デコレーションケーキだ。絶妙に女子たちの心を鷲掴みにする才能である。
当然その華やかさにみんなが大喜び。
「この素敵なケーキを両親にも見せたいですわ」
「もはや芸術品」
そうなんだよねー、この世界は写真がないから記念に残したくても何も無いのよ。日本にいたころはすぐに写真を撮ることが当たり前だったけど、カメラのない世界では一つ一つが頭にしっかりと残さなくてはいけない。改めて、心に刻むことの素晴らしさを教えてくれた。
アレクサンダーもクリストファーも招待してるけど、最近もうこの雰囲気に馴染みすぎてあの二人が王子だったことをふと忘れてしまう。あ、今も忘れてたわ。
アレクサンダーの誕生祭で私が高熱を出したことを心配してくれていたが、詳細を事細かに説明してあげると二人とも「僕は絶対に熱を出さない!」と宣言していた。宣言したところでかかる人はかかる。むしろ今まで熱を出したことないの……?
二人はいろんな令嬢の誕生日会やお茶会に行くようになって、その分仕事が溜まり続け、最近は滞在時間を短くしているそうだ。今日は30分もしないうちに帰っていったが、ギリギリまで口にケーキを放り込む二人の姿が見える。もはやその姿は王子ではなくただの子供。だがしかし、そんなに食べた後に揺れる馬車は危険だよ……。
ま、そういうところは男の子らしくてほっこりするのよね。
「そういえばハンコ、もう完璧になったよ。持ってきたけど見る?」
フレデリックが話しかけてきた。あれから私たちはいつも通りに話せるようになり、今日もまた商売の話になった。今日持ってきたものは、フレデリックではなく職人が作ったものであり、国王の名前が彫られている。
「まぁ!もう完璧だわ。これなら私も堂々と売り込みに行けるわ!」
「でもどうやって王族に売り込みに行くんだよ」
「それはまだ考え中」
「だと思ったー」
王子の誕生祭があるんだから、国王の誕生祭もあると思っていたんだけど、どうやらこの国は無いのよ。
王子が誕生した時点で国王の誕生祭をやめているみたいなんだけど、これは呪いのせいだ。
魔物の王を倒して、当時の国王が誕生祭前日で亡くなったのを縁起が悪いとして、その数年後から国王の誕生祭は中止になった。だって国王の誕生祭イコール死へのカウントダウンだからね。国王自身も楽しめないのだろう。
「とりあえず預かってていい?いつチャンスが舞い込むかわからないからさ」
「いいよ。あ、そしたら王妃様とアレクサンダー殿下の分もあるからそれも置いてくね」
「さすがフレッド、仕事が早い」
「次期商会長ですから」
胸を張って自信に満ち溢れているフレデリック。やっぱり彼といるのは楽しい。
「ドロレス様。誕生日会のあと、少しだけお時間いいですか?フレデリックくんも。例の件で話があります」
ジェイコブがこっそりと私たちに告げてきた。
「わかったわ」
「わかりました」
お開きになったあと、私とジェイコブ、フレデリックだけが残り、メイドを下がらせて3人だけで話を始める。
「この数ヵ月間、ずっとギルバートに張りつかせていたものからの情報によると、例の3人はそれぞれ1回ずつ会っています」
「内容は?」
「過去の接触場所も含めると、貴族二人は基本カフェや洋服店などですが、それでも人目は少ないところです。兄上が支払いをしていたのですが、どうやら令嬢がお金を兄上に渡して、そのお金で会計をしていたみたいで。ですが平民のルミエだけは人目の全くないところで会っていました」
さすがに公爵家と平民が一緒に会うのはまずいか。
「全くないところ?」
「建物の裏や、森の中などです」
「何でそんなところで……」
「男爵令嬢と平民に関しては、何かを渡しているようでした」
何?自分より下の貴族に何かもらうとか、ギルバートらしくないわよね?誕生日プレゼントかしら。
「男爵令嬢は大きな包みで、平民は手のひらサイズのものです。そしてそれらしきものを数日後、闇市に売りに行ったのも確認しています。尾行を始めてから、その店に入るのは何度か見たことがありました。そこが闇市だとわかったのはプロを雇ってからなので、おそらく過去に何回か行っているのも何かを売るためだと思います」
「はぁ?!あいつ、貴族で次期当主云々言ってるんだろ?!そんなのに手を出したら一発でアウトじゃん!投獄だよ」
フレデリックがジェイコブに敬語を忘れるほどにお怒りだ。それもそのはず、闇市は隣国と繋がっていると言われていて、国の重要な品が流れないよう厳しくしているもののなかなか足が掴めないのだ。全てが金のため、そのためなら犯罪も厭わない。それがこの国の闇市である。
「闇市にはさすがのプロも僕たちの許可なしで動くことはできなかったそうです。もし次回そのようなことがあれば動けるようにしますね」
「ええ。でも万が一危険な目に遭わないようにも気を付けるのよ」
「そこはプロです。口が上手いし護身も攻撃もできます。万が一の可能性は闇市の方にあると思いますよ」
おぉ……あのおどおどしたジェイコブがいつの間に、忍者みたいなプロを上手く使えるようになったんだ……?私はそこが気になってしょうがないわ。
あれ?闇市に何かを売っているのよね?何を?何かをお金にしてる?
んー、まさかジェイコブルートの窃盗事件とは関係ないわよね。あれって学園に入ってから発覚するんだもん。
……いや、待って。
発覚が学園に入ってからでも、いつから窃盗してたかなんて出てなかった。
平民のルミエは、確か在庫管理してるのよね?……ギルバートの窃盗とまさか関係してる?ってゆーことは魔石が盗られたのってルトバーン商会ってこと?!
平民がお金に変えられるようなものなんて持ってなくない?じゃあどこから闇市に流せるような品を持ってきた?
……ルトバーン商会からルミエが魔石を盗んだ??
そんなわけないわよね、ルミエは小さい頃からずっとルトバーン商会で働いてて、その商会から盗みなんて働く?!
考えたくはないけど、可能性がゼロではない気もして頭の中がこんがらがってきた。
これはもしや、もしかすると最悪な状態だわ……。すぐにフレデリックに確認してもらわなきゃ!
「フレッド。ルミエは在庫の管理やってるのよね?」
「そうだよ、主に魔石管理の帳簿付けとか」
「……もしかしたら、ルミエは魔石を盗んでいるかもしれない……」
「えっ?!ほんとですか?」
「ドリー、さすがにそれは心外だ。うちの従業員が、ましてや昔から働いて信頼も厚いルミエが盗みを働くなんてあり得ないぞ」
フレデリックは私の言うことなど絶対に信じないというような強い口調で否定をする。
「フレッドの言いたいことはわかるわ。だからこそ魔石の数を調べてほしいの、ルミエに気づかれないように。次に二人が会う前と会った後で確認して。もしかしたら帳簿なんかも工作されてる気がするから、販売した分を内緒でチェックした方がいいわ。帳簿と実際売った個数の証言を取って」
「申し訳ないけど、うちの従業員を疑いたくない。これはドリーの要望は聞きたくない」
ダメか……。信頼を集めている人は本当に真面目だからこそ信頼されている。だけど、0.000001%の悪い可能性だって存在するのだ。日本でも、みんなから信頼されて任せていた人が何億円も誤魔化して自分のものにしていた事件もある。可能性がない訳じゃない。
「フレッドお願い。あなたの商会の人たちに対する信頼はわかるわ。だから、私に証明して。ルトバーン商会で働く人はそんなことをしない、って」
フレデリックは少し考え込み、渋々了承してくれた。
「……わかったよ。俺が数えてみるけど、いくら商会長の息子とはいえ魔石の管理は厳重だから勝手に保管庫には入れないんだよ。とりあえずやってみるけど」
「そうなのね……。無理はしなくていいわ。どうしてもダメなら商会長にも話しましょう」
「そうですね。僕たち子供だけで動いても、さすがに無理なところはあります。魔石の件も、出来なさそうなら商会長に頼みましょう。そのときは僕を必ず同席させてください。貴族の立場からなら、少しはまともに話を聞いてくれるでしょう」
「そうね、そのときは私も必ず呼んで」
「わかったよ。……疑いたくはないけど」
フレデリック、ごめんね。でもやっぱり、フレデリックがルミエを信じるなら、ルミエが盗んでいないっていう証拠もほしいわ。それなら私もあなたも安心できるはずだから。
まさか本当にジェイコブルートの窃盗事件と関わっていたら、ヒロイン来る前に解決しちゃうんじゃないのこれ……。いいのかな?でもお世話になってるルトバーン商会だし……少しくらい、いいよね?




