55.決意
「ねえドリー。俺さ、学園に行こうと思うんだ」
「え?」
突然のフレデリックの発言に、私はビックリしてしまった。
「……そんなに意外だった?」
「意外というか……そのまま商会で勉強をするのかなと」
そのために今まで商会長から厳しく指導され、歳の近い子供と遊ぶ余裕すらなかったフレデリックが学園に行くという決断に驚くのは当然だ。
「親父には許可取ってるよ。貴族との対応にも慣れるようにしろ、とも言われた」
「そうなのね。でも試験があるじゃない?勉強をしている暇はあるの?」
「親父に頼んで、半年間は商会の仕事を減らして勉強に当てていいって言われた。ウォルターがうちの店で働くなら同じ対応を取るって」
「そうなの。じゃあ頑張って合格するしかないわね」
入学前試験で上位の中でも特に成績の良い者しか許可をされない平民の学園入学。下手すれば貴族のボンボンよりも頭が良い可能性もある。
学園に入れば、彼らが上位になることもあるかもしれない。
「フレッドが来てくれたら楽しそうね」
「うん。俺もドリーと一緒の学園に入れたらすごく嬉しい」
そう言ったフレデリックは、向かいに座っていた席から私の隣に移動してきた。
「どうしたの?フレッド」
「ドリー」
彼は私の目を見て一度目をそらし下を見る。しばらくして再び視線がぶつかると決心がついたかのように急に真面目な顔をしてこう話しはじめた。
「俺は、……ドリーのことが好きだ」
「……へっ?!」
全く心など準備ができていない私は思わず変な声が出た。彼は、膝の上にあった私の手を上から重ねるように握る。心臓が跳ねた。温かなその手に、顔に熱が帯びるのを感じる。
「きっと初めて会ったときからずっと。言わないでおこうと思ったんだけど、でも……どうしても伝えたかったの。ドリーが学園に行ったらきっと離れちゃう気がしたんだ。貴族と平民だから」
「そ、そんなこと……」
「わからないでしょ?ドリーは貴族なんだから、親の決めた婚約者が現れるかもしれないじゃん。ニコル様の状況を見て、改めてそう思った。だから一緒にいたくて学園に入学したいと思った」
「フレッド……」
「何も返事はいらないし、今まで通り友達としていてほしい。今の俺にはそれで充分だよ。だから……もっと大きくなったらまた好きだって伝えるから」
「……」
「……急にごめん。でも今言っておかないとどうしてもダメな気がして。だけどいつものドリーでいてほしい。元気で明るくて、新しいものを次々に開発して、商売が好きで、たまに考え込んで周りが見えなくなったり、そんなところも好きだよ」
「最後は褒められている気がしない……」
思わずツッコんでしまった。
「あれ?まぁいいか。じゃあ俺は降りるね。また普段と同じようにお茶したり商売の話しようね。じゃあ……また」
ルトバーン商会に到着した馬車は、フレデリックを降ろして我が家へと向かう。
公爵邸に着くと私は自分の部屋に入った。リリーが紅茶を持ってきて、部屋から出る。私はベッドの方に向かい、思いっきり枕に顔を打ち付ける。
ボスッ。
えーーーー!!!
待って待って!さっきの!!えっ?!あれって!こ……告白?!フレデリックに?あのフレデリックに?!さっき「好き」って言われたよね?聞き間違いじゃないわ。ちゃんと聞いたもの!いきなり……そんな素振りのなかったフレデリックからそんなこと言われるなんて!
フレデリックと別れてから家につくまでの記憶がない。それくらいビックリしすぎて記憶飛んだ。手を……手を握られたっ!
「だめだ、心臓が早く動きすぎて息が苦しい……」
バクバクと大きな音をたてる私の心臓が今にも飛び出しそうで全然落ち着かない。どうしようどうしよう。友達だと思っていたフレデリックからそんなことを言われるとは想像もつかなかった。いつも一緒にいて、立場を忘れさせてくれて、何も深く考えないで楽しい話が出来て……。
「正直、……戸惑いより嬉しい気持ちが大きいのよ……だから困るんじゃん……」
そう、とても嬉しかったのだ。誰かに好きと言われて嫌な気持ちになる人は少ないとは思うけど、それとは別。何か心の中で温まるような、今までにこんなことあったのかって思うくらいの、嫌ではない胸の痛みを感じた。
「私はドロレスだけど中身まで【ドロレス】じゃないのに……。フレッドだって、初めて歳の近い子に会って特別な感情が生まれただけじゃないの?」
考えれば考えるほど胸が苦しい。どんなに否定しても、彼の言葉はまっすぐに私の心に突き刺さるのだ。それを抜きたいと思う気持ちが生まれてこない。
再び顔を枕に押し付け、声にならない声を叫んだ。きっと私の顔は真っ赤だろう。誰かに見られたら熱だと思われかねない……。
なんなのよ……なんで私嬉しいのよ!!私はもうアラサーなのよ?なんでこんなにも感じたことのないふわふわした気持ちになってるのよ!
そのあと何度も枕に顔を打ち付けていたらリリーには心配されるし、寝ようと思えばフレデリックとのことを思い出してほとんど眠れなかった。
そして6月。
フレデリックの一件があったものの、彼の誕生日が近いので料理店を貸切にし誕生日パーティーを開くことにした。いつも出来なかったんだもん。公爵家で平民の誕生日会を開けるわけもないし。
いつものメンバーに声をかけると、全員が来てくれた。それに加え、フレデリックの両親、フレデリックがよく商会でお世話になってる数人も招待した。
「ドロレス様、今日はわが息子のためにこのような場所を貸しきっていただきありがとうございます」
「私はお初にお目にかかります。フレデリックの母のベルと申します」
ルトバーン商会長夫婦が挨拶をしにこちらへ来てくれた。他のメンバーにも挨拶をしている。
「今日はお忍びなので服選びが楽しかったわ」
「私も、一番質素なのを選んで、ってお母様に頼んだら……これよ……」
レベッカが自分の服を見る。どう見ても貴族ドレスで恥ずかしそうにしている。
ニコルも元気そうで良かった。絶対に婚約破棄するからね!
「では改めて、フレデリック。お誕生日おめでとう」
みんなに声をかけられ、前に出て挨拶をする。
「ありがとうございます。11歳になりました。これからももっともっと頑張りますので、よろしくお願い致します」
そしてみんなで誕生日会が始まった。
カフェタイムで出すデザート類を3種類全てテーブルに並べ、好きなものを好きなだけ取る。んー、全部食べられるって素敵。
「前に頂いたロールケーキあるぞ!」
「これはなに?プリン?うあっ揺れる!」
商会の人はロールケーキ以外を初めて見るのでみんな驚いている。食べたあとの幸せそうな顔を見て、私も、奥から覗くロレンツも同じように幸せな顔になる。
「ドリー」
「フレッド」
みんながわいわいデザートの前で盛り上がっている中、私の方にこっそりとやって来た。
「こないだのことは気にしないで……って言われても無理だと思うけど、好きなのは変わらないからね。いつも通りに接してくれてありがとう」
正直に言えば、まだ動揺している。だけどフレデリックが嫌いなわけでもないし、彼とはこの先も仲良くしたい。
「いいえ……。あなたのことが大切なのは変わらないわ」
「んー、その言葉だと俺、浮かれちゃうから」
「……ごめん」
「謝られるの複雑」
「ごめんってばーー!」
ああもう!言葉を間違えた!恥ずかしい……。そして顔が熱い。フレデリックも少し耳を赤くして反対側を向いてしまった。
「ドロレス様。あれって【折り紙】ですよね?」
ルトバーン商会長が少し離れたところから声をかけてきた。
「ええ、そうです。こうやって飾り付けするのにすっごく便利なんですよ」
日本なら子供の頃に誕生日や幼稚園のおゆうぎ会などで見たことがあるだろう、折り紙でわっかを繋げて長くしたものを作ったり立体の切り花を飾り付けていた。
「お給料を出しますので、うちで折り紙の講師をやりませんか?これなら、自分の子供たちの誕生日会が折り紙だけでとても豪華になるでしょう」
「た、確かに……。それなら子供の遊び道具だけじゃなくて大人も買いますもんね」
「あの!その話、私も参加できますか?」
エミーが話を聞いていたらしく、途中から会話に入ってきた。
「もちろんですとも。私は商売人だし、あなたは自分の取引を長く続けたいでしょう?悪い話ではないはず」
「エミー様、私が教えますわ。一緒に頑張りましょう」
「ええ!商会長様、ドロレス様ありがとうございます!」
ブンっと音がなりそうなほど頭を下げたエミーに、私も商会長も笑ってしまった。
「ああー、コルセットつけてこなくて良かったですわ」
「夕食は軽めにと料理人に伝えておいて正解でした」
みんなが満足そうに馬車に乗り、帰っていった。
フレデリックも初めてみんなと堂々と誕生日会が出来て、とても嬉しそう。誕生日プレゼントは渡させるたびに恥ずかしい顔をして、最後まで照れていた。
「ドリー、ロレンツさんも本当に今日はありがとうございます。すっごく嬉しかったです」
後片付けをしているロレンツにフレデリックが話しかける。
「ドロレス様が望むことはなんでもやりますよ。またなんかあったら声をかけてな」
「もちろんです。またルトバーンでお世話になるかもしれないですので、そのときはよろしくお願いします」
そうしてみんなが帰ったあと、私は片付けを手伝いながら、一人で考えていた。
フレデリックの喜ぶ顔が見られて良かった。……今はそれで充分。私は私の運命に抗う。それが一番の課題。それ以外のことは、今は考えないようにしよう。




