50.絶対に許さない
街の散策を終え、今後の料理店の構想を考えながら日々を過ごし、2月末に開かれるニコルの誕生日会に来ていた。彼女は早生まれなので、日本と同じ年度設定のこの世界だから、学園に入れば同学年だ。
そのお茶会で、衝撃の事実をニコルの口から告げられる。
「なっ……なんですって?」
ガチャッ。
思わず勢いよくティーカップを置いてしまった。隣ではジェイコブが目を開いて驚き、レベッカは怒りに震え、エミーは怯えている。フレデリックなんか石のように動かなくなった。
「ですから、マクラート公爵家長男ギルバート様の婚約者になったそうです、私」
いつもの笑みを浮かべ、そう話したニコル。えっ、なぜそうなった?何がどうやって婚約者に選ばれるの?ニコルの言う感じだと、知らない間に決まったってことじゃないの?
「な、何があったんですの?ニコル様……」
レベッカが持っていたセンスを強く握りしめ、問いかける。ニコルは紅茶を一口飲んだ。
「昨日、起きたらお母様とお父様からサプライズされましたの。『公爵家との縁談が決まった!』と。何の話かわからずに聞いてみたら、公爵家からではなくギルバート様本人がうちに手紙を送っていたらしく、『令嬢の美しさに惚れ、本人の許可を得たのでケルツェッタ伯爵殿に手紙を送る』的なことが書いてあったそうです」
なんの感情も出さず、ただただ笑顔で淡々と話し続けるニコル。
「私は基本的に男性の視界に入らないよう身を隠したり扇子を開いたりしていることが多かったのですが、もしかしたらどこかのタイミングでバッチリ顔を見られてしまったのかもしれません。この顔ですから。私の顔はまさに男性の大好きな【可愛くておとなしそうでなんでも言うこと聞いてくれそうな顔】ですから、傍若無人な彼には都合が良いと思われたのでしょう」
ニコルは以前、その愛らしい顔で何度も嫌なことがあった。それでも前向きに頑張っている彼女に対して、なぜとんでもない罰を与えるのか?
「は?!全然知らなかったんですけど!全部嘘じゃないですか!今すぐ取り下げてください!僕も父上に言いますから!」
ジェイコブは驚きに声を荒げる。
「ですが、ギルバート様が少し前からこの工作をしていたらしく、うちの両親がサインをした正式な婚約書類を教会に提出したとギルバート様が言っていたそうです。もちろん『ニコルも了承済み』と明言して」
「だからといって流石に……」
親なら、せめて一度子供に確認すべきでしょ?!
「両親は公爵家に嫁げるとあって大喜びですわ。……昔から両親にはたくさん助けてもらいました。どんなに私がひねくれてもずっと支えてくれて、辛いことや嫌なことがあってもずっと……ずっと私の味方でいてくれたのです。両親は私にとって、親という存在以上に大切なのです。そんな両親の喜ぶ姿を見ていたら……断れるわけないじゃないですか……」
ニコルの大きな瞳から、堪えきれずに大粒の涙が落ちる。
学園に入る年齢に満たない子供が婚約者を決める場合、親の承諾だけで婚約が成立する。だからこそ稀に、子供の知らないところで婚約者がすでに存在していることもあるのだ。
「私は、あの方と結婚などしたくありません。貴族は政略結婚など当たり前なのはわかります。でも……なぜあの方なの……なぜ私の両親は喜ぶのっ……?」
レベッカが立ち上がり、ニコルの背中を擦る。
「私は……この婚約を取り消したい。上位貴族との縁談を断れば、私は貰い手がなくなりますわ。でも、それでもいい。この婚約をやめたいです……」
「とりあえず!父上に相談しますから!ニコル様安心してください」
「ギルバート様からの話だと、自分が学園を卒業したら公表するつもりなのでそれまでは徹底的に他言無用だ、と手紙に書いてあったみたいてす」
こんなことってある?なんなのこの世界。っていうかなんなのあの男!信じられない。ギルバートはニコルとなんて話したこともないはずだ。それなのに、おそらく彼女の外見を見て婚約を結んでやろうと思ったのだろう、捏造した手紙を作り、本人のいないところで勝手に話を進める。内緒にするのだって、他の令嬢と遊びたいからだけてしょう!!
最低クズ糞馬鹿野郎じゃん!!!
「なんとかしなきゃ……あ、前にギルバート様にくっついていた心酔女子は?」
ジェイコブはメモ帳を取り出す。
「彼女はセトル子爵家のマリサ令嬢です。頻繁ではないですが、会っています。その他に2人、こちらも頻繁ではないけど定期的に会ってる女性がいますが、…エイベル男爵家ライラ令嬢と、平民のルミエです」
「平民?あれだけプライドの高そうなギルバートが?」
「ええ、平民は見たことないのですが、全員同じような顔立ちだそうで兄上の好みですね……ニコル様に似ています」
そういえば、侍らせていた人たちみんな系統が近いかも……。
この三人を徹底的にマークしてもらおう。
「ジェイコブ様、この3人を細かく尾行や調査をしてもらえます?何が目的なのかはわからないけど、他の女と遊んでいる男なんて、伯爵様が許さないでしょう?そのためには情報収集よ」
「わかりました。プロを雇います」
「ニコル様はつらいかもしれないけど、今のところ奴からの接触がないのよね?」
「ええそうですわ」
「もしこれから会う予定ができたら必ず連絡して。ニコル様には嫌な思いをさせてしまうかもしれないですが、何も話さずやり過ごしてください。あと、絶対に二人きりにはならないでください。かならず……出来れば男性の力の強い者が付くように。暴言などを吐くと後々問題になったときに不利になりますわ」
「……わかりました。万が一会う場合は、腕の立つ執事をつれていきますわ」
「エミー様とレベッカ様。あとは私たちがやりますので、お二人はニコル様についていてあげてください」
「ええ」
「もちろんですわ。ドロレス様もご無理なさらずに」
絶対に婚約なんて認めない。あんな男にニコルを嫁に出してたまるか!怒りのボルテージが全然下がらない!
「ドロレス様ぁ……っ……ありがとうございます……うっ……」
堪えきれなくなった涙を流し続けるニコル。あの気丈に振る舞うニコルが泣いている。それくらい嫌なんだわ。自分のことを外見でしか見てくれないあのクズ男の嫁とか、考えただけで反吐が出るわ!
なにか考え事をしていたかのように無言だったフレデリックが口を開く。
「ジェイコブ様、その『ルミエ』って人、髪が薄いピンク色で腰くらいまで長くて、ギルバート様と同じ年齢の女の人じゃないですか?」
「え?フレデリックくん、知ってるんですか?」
私もジェイコブも、驚いてフレデリックに顔を向ける。
「それ、もしかしたらうちの商会で働いてる人かもしれないです」
なんと。平民に関してはこんなに近いところに接点があったとは!
「フレッドはそのルミエさんに気づかれない程度にさりげなく近づいてみてもらえるかしら?」
「もちろん」
平民って言われて、この大国で見つけるのは大変だろうと思ったけど、これならなんとかなりそうだ。
「ニコル様、僕はやることがたくさんありますので、申し訳ありませんがお先に帰りますね」
そう言うと、ジェイコブは立ち上がって紙に何かを書きながら帰る準備をし始めた。
「ええ……ごめんなさい。みなさんも今日はもう大丈夫ですわ。いらしてくれてありがとうございました」
絶対に破棄させてやる!
2週間後。
会議をするため、ジェイコブとフレデリックを呼んだ。
「僕が調査を始めたのは8歳のときですが、振り返って調べても、やっぱりこの3人が定期的に会っています。みんな兄上と同じ歳です。ただ、頻繁ではないのでまだ会話などを探ることはできません」
「仕方がないわ。この先で上手く見つけましょう」
「うちで働くルミエは、主に在庫管理の仕事をしています。とても真面目でみんなからも好かれています。仕事は早いし愛想も良い。8歳の頃に下働きで入ったそうです」
「あら、だいぶ早くない?」
「大家族の末っ子みたいで、親から早くに働くように促されたって」
大家族って日本でもよく見たけど、まさかその歳でも働きに出るなんて、やっぱり基準が違いすぎる。
「詳しい関係性はまだ時間がかかるわね。二人ともありがとう」
「もちろんですよ。兄上にニコル様との婚約なんてさせません」
「俺も。俺は貴族じゃないけど、絶対間違ってると思う」
婚約者を決めておいて他にも二人で女の子と会って、何を話しているのか絶対に調べる。ニコルが騙されているなら絶対に断罪してやるわ!
こうして、私たち3人は密に連絡を取り合い、定期的に集まるようにした。




