47.良いものは、その人にとって必ずしも良いわけではない
ああもう!どうして!!
今日は楽しもうと思ったのに!アレクサンダーと踊ったら、目立っちゃうじゃない!!婚約者になりたくないから避けているのにまさかの裏ボスから命令されちゃったよ!
泣きたい……泣いていいですか?
「アレクサンダー、こちらへいらっしゃい」
そんな私のことなど露知らず、少し離れたところにいたアレクサンダーに声をかける。当然周りからの視線が痛い。痛い痛い痛すぎる。誰か助けて。
「アレクサンダーとあなたは以前踊ったわよね。とても息の合ったダンスだったわ。改めて、社交界デビューに華々しいダンスをしてきなさい」
「はい、母上」
この周りのざわつきが何事でもないかのように、そしてなんの戸惑いもなくアレクサンダーは肯定の言葉を発した。私絶対断れないやつよね。絶対無理じゃん。なんなのこの圧力!
「ジュベルラート公爵令嬢ドロレス様、私と踊っていただけますか?」
アレクサンダーが膝を折り、手を差し出す。王子の初ダンスの1番目を今、私は誘われている。
「……はい」
自分をなんとか納得させ、微笑みながら手を取った。取るしかなかった。
目線だけでちらりと周囲を見れば、令嬢とその親たちが怪訝な顔で見ている。なぜアピールをしたうちの子じゃないのか?あいつは王子の何なんだ?っていう分かりやすい視線を感じている。
「どうした?」
「いいえなんでもないですわ」
どうした?じゃないわよ。誰のせいでこうなってると思ってるのよ。
「……周りの目など気にするな。何かあったら守るから」
「お気遣いありがとうございます」
王子の社交界初ダンスは、ホールはその1組だけで踊る。さっきまで踊っていた人たちも下がり、私とアレクサンダーだけになるのだ。
曲が流れる。アレクサンダーと私、小さい頃から死ぬほど練習して覚えたダンスはお互いを尊重するように滑らかな動きでホール内を舞う。
ため息の出るような素晴らしいダンスは踊っている私でもそう感じるほどだ。
「以前にも増して完璧だな」
「殿下こそ」
可もなく不可もない会話でやり過ごす。
「社交界デビューをして、ドロレス嬢と踊ることを……ずっと楽しみにしていたよ。とても、嬉しい」
「……ありがとうございます。このあとは他の令嬢たちをお誘いしてあげてくださいね。カルメル公爵家のヴィオランテ様はどうですか?素敵な瞳をお持ちですよ」
「……」
私だけ踊ると目立つ。せめて、爵位の高いところの令嬢とは踊ってほしい。ヴィオランテと踊ってくれれば、なお良し!
「ドロレス嬢だけがいいんだ」
「えっ」
「君とだけ踊りたい。そう思ってしまうのは駄目なのか?」
碧の瞳を揺らすこともなく、彼は真っ直ぐ私を見ている。
「……殿下。前回もお話ししましたが、私はあなたと親しい間柄ではないのです。それに立場も違います。あなたは王子。一時の感情を真に受けてはなりません」
「一時じゃない。他の令嬢と踊る意味もない」
「いいえ、一時です。それに、あなたは平等な立場でいなくてはなりません。必ず他の令嬢たちとも踊ってください」
「本当に一時だと言うんだね?」
「ええ」
「わかった。今回は他の令嬢にも声をかける」
ダンスが終わった。お互いにお辞儀をして、端まで戻ってから離れる。アレクサンダーは他の令嬢のところへいった。
王子と1番目のダンスをしてしまった。目立ったせいで今後の動きがわからなくなってきている。シナリオ補正なのかな。どうしてもアレクサンダーの婚約者にならないといけないのかな?そうじゃないとゲームが始まらないとか?王妃様は尊敬するけど、さっきのが強制力としてアレクサンダーと無理矢理にでも婚約させられるってこと?周りからの視線がまだ突き刺さるように痛いので、休憩室へと逃げる。
休憩室にはニコルがいた。
「あら、ドロレス様」
「ニコル様、ダンスは踊らないのですか?」
「ええ。それが嫌なので逃げてきましたの」
さも当たり前のように休憩室にいることを肯定するニコル。
そういえば、誕生日会でもこういうパーティーでも……。
「ドロレス様、まだホールには戻りませんよね?」
「え?ええ。もう少し休むわ」
ニコルは紅茶を一口飲む。そしてそのカップを置くと、話し始めた。
「私、男性の集まるところは避けておりますの。誕生日会やパーティーは男性か近づいてきた時点で逃げていますわ。逃げ切れない場合は扇子で鼻まで隠しますけど」
そう。今さらだけど気づいたのだ。
ニコルは私たちと喋っていたとしても、殿下やその他の男性が話に入ってくると、いつの間にかいなくなっていた。思い出せば出すほど、毎回スッと消えていた。それか扇子で顔を隠していたのだ。でもジェイコブとフレデリックは普通に話してるよね?
「ドロレス様。今、ジェイコブ様とフレデリック様はなぜ平気なのかと思っていませんでした?」
「あ、顔に出てました?」
「はい。彼らは私の顔に対して、何も言いませんでしたわ。だからです。あ!アレクサンダー殿下は大丈夫そうですし、クリストファー殿下はレベッカ様がいるので問題なさそうですわね」
「顔?」
ニコルの顔はかわいい。まつげは長く瞳も大きく、微笑んでも微笑んでいなくてもとてもかわいい。男性なら一目惚れしてしまいそうな愛らしさだ。……あ、そうか。
「私、顔が可愛いおかげで今まで色々ありまして。同じ年頃の男性にはもちろん、歳が上の方にも初めて会ったときにいきなり言い寄られるんです。こんな子供にですよ。周りには自惚れとか自信過剰とか言われすぎて、もう気にならなくなりました。それでも男性の前にはなるべくいないように避けています」
『自分はとても可愛い』。それを自分で言う人はなかなかいないが、それに苦労している人も少なからずいる。私からしてみれば羨ましいと思うけど、本人は真剣なのだろう。
「ドロレス様に出会う前にたくさんありましたの。『お前可愛いから将来嫁になれ。うちはお前の家より偉いんだ』『可愛いからうちの親に頼んで婚約者にしてやるぞ』とか初めて会った人に言われて、無視してたら向こうの子息が『あいつが嫁になるって言いやがった。脅迫してきた』って嘘吐いて、その親から抗議文が家に送られてきたり。それはまだ子供のやり取りで上手くお父様がやってくれて」
「えぇ……最悪」
「問題は大人ですわ。『君は可愛いからうちの娘になれ。養子に来たら兄が3人出来るぞ。一緒に可愛がってやろう』とか恐怖じゃありません?『あともう少ししたら私の愛人にしてやる』『顔がいいから養子に貰って将来有効に使えるな』なんて言われたこともあって、一時期歳が上の男性と会うのが怖かった時期もありました」
「そんな……ニコル様はなにも悪くないのに、なんでそんな嫌な思いを……」
「終いには誘拐されましたわ。理由?『可愛いから』ですわよ。幸い売り飛ばされる前に助けられたので何もありませんでしたが、ここまでされてるのにまだ自分の顔が可愛くて嬉しいなんて思えますか?私の顔だけ見て全てをわかったようなことを言う男性にうんざりしているのです」
言葉が出ない。全てを顔で見られ、たったそれだけで幼い少女を恐怖に陥れ、侮辱するなんて。ずっとずっと、辛かったんだろう。この世界の子供の精神年齢は高く感じるけど、それでも所詮子供は子供だ。こんなにも苦しい思いをしていたなんて予想もしていなかった。
「顔を傷つけたくて何度もナイフを頬につけました。でも傷はつけませんでした。それでも自分の顔だから、負けた気になるのが嫌でしたの」
「そう……」
「ですので、思ったことはちゃんと言うようにしました。口が悪いんです私。嫌なものは嫌。この愛らしい顔から辛辣な言葉を聞くと皆様驚かれますのよ?」
……ニコルの口の悪さは薄々感じていた。それを自分で理解しているなら、私は問題ないと思う。悪いと理解していて発言しているのだから。
「初めてお会いする人は、顔で判断されそうなので避けるようにしているんです。……私、前に言いましたけど、恋愛結婚がしたいのです。私のこの性格やトラウマを理解してくれる、素敵な殿方との婚姻を望んでおりますわ」
「……私も、あなたが恋愛結婚ができるように願っています」
「ありがとうございます。ではこの話を聞いた代償として、私の誕生日会にロールケーキを持ってきてください」
「二、ニコル様?どういう話の変わり方ですかっ?!」
「中にイチゴをたーーーっぷり入れてきてくださいまし」
「私の話を聞くつもりないですわね……」
図々しくもいつもの微笑みで強引な約束を取り付けるニコル。
いい結婚ができるといいな。小さい頃からずっと苦しかった分、幸せになってほしい。
しょうがない。ロレンツ料理長に頼んでたっぷりイチゴを詰め込んだロールケーキを持っていこう。




