46.デビュー
「ドロレス。緊張してるかい?」
「ええ……でも平気ですわ」
王宮へ向かう馬車の中、緊張をほぐすような優しい声でお父様が話しかけてくれた。
今日は、いよいよ社交界デビュー。
王宮内の一番大きなホールを使う。華やかなダンス、一級品の食事、そしてゴージャスな装いの人々が集結するのだ。その会場に向かう馬車の中に私たちはいる。
「ドリーちゃんもとうとう社交界にデビューするのね。娘とこうして一緒に出られるなんて、夢みたいだわぁ」
お母様がとても嬉しそうに話す。美女の本気の微笑みはとてつもなく麗しい。お父様はよくお母様を落とせたもんだ。
「ドロレス、最初は僕と踊るんだ。安心してよ」
「ダニロ!なんで私と娘の社交界初ダンスを妨害するんだ!」
「昨日決めたじゃないですか。僕が踊った方が変な男に捕まらないから、って。そもそも父上には母上がいるじゃないですか」
「お前の口車にまんまと乗せられたんだよ……ドロレス、ダニロとのダンスが終わったらすぐに私のところに来るんだぞ」
「フフッ。わかりましたわ」
ドレスはいつもシンプルで美しいのを選んでいたけど、今日は別らしい。華やかな装いにすると言うことで、明るくて濃い色を指定された。そうなるとやっぱり赤になるわけで、それこそド派手な図面を持ってこられたときにはかなり引いた。
そこから少しアレンジしてもらい、腰から下を斜めに降りるように2色で分けた。内側はクリーム色のレースを層にして、そこに斜めに被さるように外側が赤になっている。いかに左右対称に作るかを求められるドレスで、アシンメトリーにしてみた。かわいい。一流のドレス職人て凄いわ。
それにしてもこの世界の社交界デビューの年齢が早いわよね。普通って、年頃の男女が出会う場所なはずだから、もう少し上だと思ってたんだけど。
きっとゲームのヒロインたちの設定が15歳を基準としているから、それよりも前にしなくちゃいけないのはわかるんだけどさ。10歳って、小学四年生だよ?日本だったら社交どころじゃなく義務教育すら終わってないっての。
魔物の王からの呪いのせいで、早め早めに厳しい教育や婚姻が進められてきたんだろうな。
そんなことを考えていたらもう着いてしまった。ほとんど緊張する暇なかったわ。
今日はアレクサンダーも出席する。彼はまだ10歳の誕生日を迎えていないけど、この世界では【10歳になる年】というカウント方法なのでアレクサンダーも対象だ。
お父様から聞いた話だと、国王からの開会宣言がされたあとは、もう自由になる。王子たちの誕生祭とは違い、ダンスがメインだ。婚約者がいる人はその二人で躍ったり、意中の人を誘って躍ったり。政治的な接点のある人たちと踊ったり、より多く異性と踊ろうとする、いわゆるナンパをしてる人たちもいる。そして空いた時間で食事や会話をするみたい。
私はお兄様とお父様と踊ったらあとは食事を楽しむのみだ。王宮にいると、必ずと言っていいほど楽しめない何かが起こるのよ。だから今回こそはおとなしくするの!
国王の開会宣言がされ、ワァーと歓喜の声と拍手が鳴り、社交界パーティーが始まった。
すでにもうペアになりダンスを始めようとする人々がホールの中央に集まっている。ゆったりとした音楽が鳴り、華やかな装いと共に美しいダンスがホールを埋め尽くす。
「次にいこうか」
「ええ、お兄様。お兄様は踊りたい女性はいないのですか?」
「うーん、僕の周りの令嬢はみんな圧が強くて怖いんだよね。ダンスする順番を揉め始めたこともあって、その間にいつも逃げてる」
お兄様イケメンだからなー。将来有望の美形公爵なんて、なかなか現れないわよね。性格もいいし、甘いもの好きだし。
「では」
「はい、お兄様」
お兄様と踊るダンスはとても楽しかった。自分で言うのもなんだけどドロレスの顔立ちもそこそこ美人なので、お兄様と並ぶと結構絵になる。お兄様のほうが美形だけど。踊っていると、周りの令嬢たちから声が聞こえてくる。
「ジュベルラート公爵家のお二人ですわ」
「素敵……美しい人がダンスを踊るとそこだけ別世界のようだわ」
「妹さえいなければわたくしが一番最初に踊れたかもしれないのに」
最後の人、怖いからそんなこと言うのやめて!私、消されるの?ねぇそういう意味なの??
お兄様とのダンスが終わると、次はお父様だ。
「ドロレスがこんなにも素敵なレディーに育つなんて、私はとても嬉しいよ。いつか結婚して私のもとを離れていくことなんてわかってるけど、一緒に住んでいる間は目一杯の愛情を与えるぞ」
ダンスを躍りながら目を潤ませて話してくれた。
転生してから私があれやこれや開発している時、影では必ずお父様が活躍していたはず。たっぷりの愛情をとても感じているけどしつこくはなく、ドロレスの成長を本当に温かい目で見守ってくれていた。まるで、愛情というものが目に見えるようだった。
「私が結婚しても私のお父様には代わりありませんよ。ずっとお父様ですわ」
「……あ、泣く」
急に黙って真面目な顔でボソッと言ったかと思うと、お父様の目からダーッと涙が出てきた!わぁ待って!あと少しでダンス終わるから!
無事にダンスが終わり、お父様はお母様に「あんなところで泣くな!」と叱られている。イケメンは泣いても怒られていてもイケメンである。
さて。今日こそは!絶対に今日こそは!楽しんで終わらせるのだ!
王子たちの誕生祭は軽食でも食事に近いような量が出ていたが、社交界パーティーでは完全に軽食。お腹にたまるようなものはない。そもそもそういう会場じゃないからね。美味しいお菓子とかもっとあったらいいのに。メレンゲクッキーくらいなら手軽だし出せるんじゃない?教えてあげたいけど私ごときが王宮の料理人に意見なんぞできるわけがない。無理か。
ふと見ると、少し遠くにいるお父様に手招きをされていた。大勢の人の中を掻き分けて近づいて、一瞬だけ足を止めてしまった。
お父様が今話しているのは、王妃だ。
王族も挨拶回りに出ているのか、扇子で口を隠し、護衛を数人引き連れてそこに佇んでいる。身長が高いわけでもないのに迫力があって、お父様よりも一回り大きく見えた。
「ジュベルラート公爵家長女、ドロレスでございます」
早歩きでお父様のもとへ行き、カーテシーをする。
「あなたのことなど、既に知っているわ。随分と色々なものを開発なさっているそうで」
これはなんだ?称賛?皮肉?嫌味?呆れ?頭を下げたまま、その脳内で正解を探そうと様々な言葉がぐるぐると回る。
「頭を上げなさい。わたくし、あなたに感謝しておりますわよ。あの【手袋】とても素晴らしかったわ。装飾も腕のいい職人にやってもらったわよ。今年は【ルームソックス】というものが出ると聞いたわ。話を聞く限りこれも期待できるわね」
「も、もったいなきお言葉です……」
王妃様が手を軽く上げると、護衛の一人が手袋を差し出した。
「綺麗……」
思わず口に出してしまうくらいの素晴らしい刺繍だ。小さな宝石がちりばめられ、ベージュの生地にカラー糸でバラの模様が豪華に縫われている。
「素敵でしょ?冬は寒くてとても嫌いだったわ。でもこれのおかげで、冬の楽しみができたのよ?また色違いでも頼もうかしら」
「そう思って頂けて、本当に嬉しいです。……実は【手袋】を作ったのは私ではなくルトバーン商会子息です。私はこれを商品にしてほしいとアイデアを出しただけで、実際に開発したのはその子息がほとんどです」
「まぁそうなの?ルトバーン商会は素晴らしい子息がいるのね。一筆感謝の手紙でも書くわ。それに、あなたが商品として出してくれなかったら私のところには届かなかったわけだから、結局あなたにも感謝してるわ」
わー!ルトバーン商会に王妃から手紙だと?!商会長もフレデリックもビックリして腰抜かすんじゃないかしら。それにしても王妃ほんと素敵。前の国王の空気読めない発言のフォローとか今回のお礼の言葉とか、むしろ私がお礼を言いたい!誉めてくれてありがとうございます!アレクサンダーが言っていたような鬼の形相なんて無いじゃないかっ!
「というわけで、我が息子、アレクサンダーとの1番目のダンスを踊らせてあげるわ」
どうしてそうなる!!!




