45.仕事終わりは甘いものが食べたくなるってみんなそう思わない?
「ドロレス嬢は、あのルトバーン会長子息と親しいのか?」
ジェイコブ達が追加のお菓子を取りに行くと、その場に残ったアレクサンダーが急に口を開いた。
「ええ、そうですわね。よくお茶会とか商品の開発の相談に乗ってもらっていますわ」
「……愛称で呼び合うほどにか?」
アレクサンダーの声が少し低い。顔を彼の方に向けると、吸い込まれそうな碧の瞳と私の目が1つの線で繋がる。
……この世界って、愛称呼びはもしかして婚約者とか恋人の意味なの??そういうの、よくあるけど……。愛称っていうか、ニックネーム扱いにならないのかな?転生したばっかりだったから親しくなるのにはニックネームかと思ったのよね。
「愛称と言いますか……私の方から許可しましたの。上の者から歩み寄れば仲良くなれると思いまして。とても素晴らしく話の会う友人ですわ」
アレクサンダーから目をそらす。それでもまだ彼の視線は私を見ている気がした。
「それならば、僕のことも『アレク』と呼んではもらえないだろうか」
「えっ」
いきなり?アレクサンダーとは今のところ婚約者になってるわけじゃない。貴族同士ならまだしも、さすがに王族を親しい関係でもないのにニックネームでは呼べないわ。ゲームの中ってどうだったの?直接ドロレスがアレクサンダーのことをアレクって呼んでるシーン無かったよ?
「申し訳ございません。私ごときが殿下を愛称で呼ぶことはできません」
「なぜだ?」
「私は殿下の婚約者でもなければ、親しい間柄でもありません。そうなれるわけがありません」
「そうか……。では命令としてなら聞けるのか?」
「……そのようなことを【命令】として下すのであれば、私は従わざるを得ません。殿下が【命令】で愛称を呼ばせていることをお気になさらないのであれば、呼ばせていただきます」
王族であるアレクサンダーが、命令として愛称で呼べなどと気軽に言うものではない。そんなことを小さいうちからやっていたら、自分の意見が通らないとすぐに命令で従わせるようになる。そんなのただの暴君だ。
「……ドロレス嬢の言う通りだ。聞かなかったことにしてほしい」
「かしこまりました」
「僕はいつもドロレス嬢に叱られてばかりだな。そんな令嬢なんて僕の周りにはいないよ」
アレクサンダーの方へ顔を戻すと、はにかんだ様子で笑っていた。
「まぁ。私はあなたの母上ではありませんのよ?」
「僕の母上?比ではないぞ」
「ふふっ。私たちの知らない恐ろしい王妃様がいらっしゃるのね」
「ああ、僕がもっと小さかった頃は魔物が現れたかと思うような形相の母上がたまに出没していたぞ」
「王宮も退治ができないから苦労してらしたんでしょうね」
「さまざまな方法で母上を落ち着かせるという訓練が秘密裏に行われていたそうだ。王妃役が人気だったとメイドが言っていた」
「ちょっと!不敬になるので笑わせないでください」
アレクサンダーが軽口を叩くことが意外だった。どんどん王妃様の知らない情報を暴露してきて、笑いをこらえるのに必死だった。
「あなたが笑ってくれるのは嬉しい。いつも何かを考えているようだった。今日は素直に僕の話に笑ってくれていた気がする」
あれ?私そんなに笑ってなかったっけ?いつも微笑んでいるように心がけてたけど。確かにアレクサンダーと話しているときは今後の回避方法とか全然別のこと考えてたわ。結構見透かされてしまってる。
「私だって笑うときは笑いますからね」
そう言い返したところでフレデリックたちが戻ってきた。私たちの分を持ってきてくれていたので、みんなで一緒に食べた。ん?今日は平和なほうかも?
その後もわいわいと過ごし、とても穏やかな誕生日会が終了した。
みんなが馬車で帰宅し、残りはフレデリックだけになった。
「さっき渡せなかった……というか渡さない方がいいと思って。はい、誕生日プレゼント。【ルームソックス】だよ」
フレデリックがどこに隠し持っていたのか、大きな箱を差し出した。
そういえば、完全に靴みたいになってるから名前を【ルームソックス】から【ルームシューズ】に変えたいんだけど、きっともう遅いわよね。ま、いっか。
「もう完成品が出来上がってたのね。……えっ可愛い!」
ルームソックスだった。
ただし、色が私の瞳と同じピンク色だったのだ。ヒールがないショートブーツのような形をしていて、内側にはしっかりと白い綿がついている。勿論毛が取れにくい加工もしてある。そこは靴のようにしっかりしていて履きやすそう。そして何より可愛い!部屋の中しか履かないから、色は好きなものがいいわよね!
「あまり人前で見せると、私も私も!ってなるだろ?だからさっき渡せなくてさ。基本3色の発売後、来年にはオーダーメイドで色を選べるように発表しようと思って」
「あなた賢いわね、さすがだわ。すごーく気に入った!とても可愛い!ありがとう!」
「そこまで誉められるとこっちが嬉しくなるな」
フレデリックは頭をかきながら照れくさそうに笑った。
可愛いものって結局強いのよ。それがあるだけで気分が上がるし、大きいものではなく小物やアイテム程度のものだからこそ使いやすくて良い。冬が来るのが楽しみになるなんて、前世ですらそんな感覚なかったわ。大切にしよう。
そして誕生日会から数日後。
私は大量の保冷剤とロールケーキを持ってルトバーン商会の工場を訪れていた。フレデリックと商会長も一緒だ。
「今日はわざわざお越しくださりありがとうございます。ルームソックスの在庫は結構出来上がってますので、あとは販売ルートを決めるだけです。今年も盛り上がりそうですな!ロールケーキとやらもありがとうございました。とっっっても美味しかったです。本当に普通にどこでもある食材を使ったのか未だに信じられません。私はコーヒー、妻は紅茶で楽しみました」
「いいえ。私が無理を言ってますから、これくらいは自分で行きますわ」
「俺、誕生日会で食べただろって言われてちょっとしかもらえなかった……」
「フレッド。あなた誕生日会で6つも食べたんだから我慢しなさい」
「今度公爵邸行くときには出してよ!」
「はいはい」
今回訪れたのは、ルームソックスと手袋、そして焼き菓子の型を作った工場である。広大な土地に工場がいつくも並んでいるけど、1つ1つは近いから今回は仕事終わりの帰宅前に集会場のようなところへ集まってもらった。
ちなみにルトバーン商会本部には昨日持っていった。商会員たちから大好評だったらしく、作り方を教えてくれと朝から問い詰められたそうだ。
型と冷暗室がないと作れないんだけどね。
商会長に案内され向かった集会場には50人ほどの従業員が入っている。それでも余裕があるほどで、普段は朝礼などで使われているみたい。
帰宅する前に集められた彼らは少しだけ不機嫌そうだ。
わかる。理由も言わずに集められてますからね。みんな早く帰りたいよね。すみませんすぐ終わらせますから。
バラバラに立っている彼ら全員に聞こえるようにルトバーン商会長は声を出した。
「皆様お疲れさまです」
「「「「お疲れさまです!」」」」
体育系?!
バラバラに立っているものの、ビシッとした大きな声で挨拶をし、頭を下げる従業員達。
「今日は今まで新商品の開発に関わってくれたみんなのために、差し入れを持ってきた。こちら、ジュベルラート公爵令嬢のドロレス様だ」
自分達の住む領地の公爵令嬢と聞き、みんなが一層固まってしまった。下働きの者は公爵家の人間に会えることなどほとんど無く、会話なんて一生に1回あれば奇跡だ。
「みなさん、これまで私の開発したものを作ってくださりありがとうございました。たくさんワガママを言ってしまいご迷惑をお掛けしましたが、これからもどうぞよろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をすれば、従業員たちはそれ以上に頭を下げる。そして全然頭を上げてくれない。実際とても忙しかったものの、トランプと手袋でボロ儲けしているので、なんと臨時ボーナスが2回も入っているのだ。貴族云々もあるけど、懐が潤った意味で頭を下げられているのかもしれない。
「甘いお菓子で【ロールケーキ】と言います。こちらで一口分用意してますので、食べたらこちらをお渡しいたします。そのまま帰宅して大丈夫ですよ。並んでください」
貴族からなので信頼はあるだろうけど、見たこともない食べ物を渡されても下手に捨てられたら困る。ちゃんと味見をしてから渡したかった。
一人ずつ並んでもらい、食べてもらう。
「うまい!」
「仕事終わりの体にしみるぅ~」
「……味がよくわからなかったのでもう1つ」
「だめです」
「俺は体がデカいからもう1つ」
「だめです」
「まだ若いのでもうひ」
「だめです」
何とかしてもう一口食べようとする従業員たち。よくわからなくなってきたけどとにかく喜んでもらえたみたいでよかった。
「ちなみに奥さんや子供がいる家には後で美味しかったか聞くので、内緒にしてもばれますからね~」
フレデリックが出口の方に向かって叫べば、数人がピタリと止まりこちらを睨むように振り向いた。帰り道に食べきるつもりだったんかい。
「公爵令嬢様、あの……【ルームソックス】の件で、作るのを渋ってしまい申し訳ありませんでした……」
最後の一人にそう言われた。靴職人の工場長だ。
「あれを靴として作れと言われたときには憤慨しました……職人への冒涜だと。ですが、去年試作品で作ったものを渡した妻と娘に【ルームソックス】がいかに素晴らしいものかを熱弁されまして。『あなた、未知の靴を作ろうともしないで、なにが靴職人だ!新しいものに魅力を感じないならやめちまえ!』と言われました……。改めて考えたら、妻に言われた通りだなと思いましたよ。ハハハ……」
「そ、そうですか……それは大変でしたね……」
完全に敷かれているわ。なんというか……、可哀想になってきたので残りの試食分を食べてもらった。工場長は「帰って渡したら私の分はきっとないので、ここで食べられて満足です」と言った。
……がんばれ工場長。




