40.ライバル?
「お誕生日おめでとうございます、クリストファー殿下」
社交界デビュー前の私以外を紹介するお父様。私はカーテシーをして無言で頭を下げた。
「ジュベルラート公爵家の皆さんにはいつもお世話になっています。これからも国のために働いてくださいね」
頭を上げていないので見ることはできないが、きっとキラキラの笑顔をして話しているんだろう。……見たい。
頭を上げるように促され、みんなで壇上を見る。
「本日はこちらの希少な布地をお渡しするのと共に、我が娘が開発した【手袋】も殿下への贈り物とさせていただきます」
一瞬だけ国王、王妃、側妃、アレクサンダー……つまり壇上全員がピクリと動き、私と目が合った気がする……。
「【手袋】とは?このグローブとは何が違うのですか?」
今回は式典に近い装いなので、クリストファーは白い手袋をしていた。もちろん薄い。高級品を鑑定する人がつけてるようなアレね。
「これは寒い時期にしかつけないものなのですが、手につけると寒さが減り、とても暖かくなります。御公務などで寒い場所に行く時にはきっと重宝します。無地になっていますが、装飾はルトバーン商会で受け付けておりますので、ご希望でしたらいつでも声をかけてください、とのことです」
後ろの席でこっそりと国王が立ち上がってクリストファーに近づき、彼の持つ箱を覗きこんでいる。
「へぇー、この国は寒いからとても良いですね。ありがとうございます!」
よし。これで私の仕事は終わったぞ!今度こそ美味しいものをゆっくり食べるんだ!!
ちなみにマクラート公爵家長男ギルバートはしばらくこのようなパーティーに参加するのを公爵が禁じたらしく、今日は来ていない。おそらく12月のアレクサンダー誕生祭もこないだろう。ラッキー!
レベッカやニコル、エミーと一緒に食べ物を食べている。みんなで食べる食事って、美味しいな。
全貴族との挨拶が終わった王子二人は、去年のアレクサンダー一人の時と同じく令嬢に囲まれて外側からだとよく見えないほどだ。凄まじい。その外側の近くで、親から『王子と繋ぎを持て』と言われたであろう令息たちがなんとか話しかけようとしている。だけど令嬢のドレスと威圧が邪魔をして近寄れていないのだ。客観的に見て、とても面白い。
「みなさんすごいですわ……私あんなにグイグイ行けないです……」
エミーがポツリと呟く。共感。あんなん逆に引かれると思うんだけど、貴族も王族も疑問を持たないのかな?
「そんなに王族になりたいのかしら?絶対に今より勉強の量が増えますわよ?やること多いでしょうし。めんどくさいことも増えますわ。のんびり中間の貴族にいて可もなく不可もなく暮らすのが一番ですわよ」
王族になりたくない派筆頭のニコルがかわいい笑顔で毒を吐く。
私最近気づいたのよ。ニコル、とんでもない毒吐き令嬢だということに。かわいい顔して笑ってるときが一番怖いのよね。
そしてその本性を隠さないニコル……。私は嫌いじゃないわよ、むしろ好き。
「わ、私は頑張りますわ……」
横ではレベッカが意思の強い目をしている。今日は話すきっかけを作るために普段下ろしている髪の毛を上げてきている。かわいい。
レベッカの想い人のことはニコルもエミーも知っている。みんな応援隊だ。
「クリストファー殿下はとても明るくて爽やかな方ですから、学園に入ったらひっきりなしに令嬢がやって来ますわね。エミー様も同学年になるわけだし、学園で同じクラスになってエミー様がクリストファー殿下の優しさに触れてしまったらきっとエミー様も……ふふふふふふふふ」
「ちょっとやめてくださいましニコル様!私だってそれが心配なのですわ!エミー様だってもしかしたら」
「お、お二人とも!私そんなこといたしませんわ!レベッカ様!私違いますわ!絶対大丈夫です!そもそも下位貴族ですから!」
三人で揉め始めた。こんなときでも前世の名残があるせいで、ただの微笑ましいじゃれ合いにしか見えない。私は傍観することにした。
「あの……あなたがジュベルラート公爵家のドロレス様ですか?」
「……えーっと、どちら様でしょう?」
後ろから声をかけられ振り向くと、そのには真剣な顔をした令嬢がいた。アッシュグリーンの髪と黒みがかった深い緑色をした瞳がとても印象的だ。
「初めまして。わたくし、カルメル公爵家長女のヴィオランテと申します。今年9歳の年ですわ」
「こちらこそ初めまして。ジュベルラート公爵家の長女、ドロレスです。同じ歳ですね」
あっ、つられて名乗っちゃった。ま、いいか。
「……お噂をお聞きしました。誕生日会にアレクサンダー殿下が来たと」
「え?ええそうですわね」
「なぜ来たのですか?」
「えっ?なぜ来たか?……えーっと、招待状を送って、それでだと思いますけど」
「それは当たり前です。なぜ殿下が参加されたのかを聞いてるんです」
えぇ……招待状を送ったから来ただけなんだけど、それ以外に何かあるの?
「昨年アレクサンダー殿下がお披露目されて、わたくしたちも招待状を送ることができるようになりましたでしょ?」
そうなの?
「ですから、わたくしを含む将来の殿下の婚約者になりそうな令嬢は全員招待状を出しましたわ。ですが、即日不参加の連絡が来ましたの」
「えっ?!」
そうだったの?!てっきり他の婚約者候補的な貴族令嬢の誕生日会は全部行ってるのかと思ったんだけど……。
「ですので、なぜあなた様のところだけ参加したのかお聞きしたいのです」
「そう言われましても……。同じように招待状を、2週間前に出したんですが、いらっしゃいました……」
「なんてこと!信じられませんわ。そんな期間の短い状態で送ったのですか?」
「私の意思で招待状を送ったわけではないのですが、まぁそうですわね……」
なんか圧がすごい。押し潰されそう。めっちゃ冷静な声で怒られるのが一番心臓に悪いやつ。
「ヴィオランテ様は、その……アレクサンダー殿下をお慕いしてるということですか?」
おそるおそる目を合わせれば、ヴィオランテの顔から湯気が出ているように見えるくらい真っ赤になった。
「なっなぜそれを!……ええそうですわ。わたくし去年の誕生祭で殿下に一目惚れしてしまいましたの。それからずっと勉強などを頑張ってきましたわ。だから婚約者候補になりそうな令嬢には負けたくないのです。特にドロレス様!あなたは何をとっても完璧!許せないのです!!」
「そ、そんな……完璧でもないんだけど……」
「いいえ。あなたの才能もあなたの家もあなたの見た目もとにかく全部完璧!有力候補なのです!」
まさか、そんなわけないでしょ。ヴィオランテを含めてアレクサンダーと結婚したい人たちの方がよほど頑張ってて素晴らしいのに。
あれ?これもしかしてこのままいけばヴィオランテが婚約者になれるんじゃない?
こんなラッキーなことある?私は婚約しない、ヴィオランテは婚約できる、シナリオ補正があったとしても婚約していなければ私は処刑を免れる。
えっ、最高じゃん!お互いに利益しかないわ!!
「ヴィオランテ様。私など婚約者に足りるような完璧な人間ではございません。もしよろしければ、私はアレクサンダー殿下とあなた様の婚約が内定することを応援いたしますわ」
味方になろう!そうすればうまくいく!私は楽しく余生を過ごすだけよ。
「まぁ!『私は完璧人間だから、婚約者には私がなります。なれるもんならなってみれば?まぁ無理でしょうけど』ですって?信じられませんわ!絶対負けませんから!」
「ち、ちょっとお待ちくださいませ!……なんでそんな解釈になるのよっ!」
散々言った挙げ句、最後の私の言葉を聞かずにヴィオランテはずんずんとこの場を立ち去った。ヴィオランテの脳内変換が恐ろしすぎて今後が思いやられる。
「一瞬の台風のようでしたわね」
「ええ……だいぶ被害が大きかったですわ」
というか国王さんよ、あんな手紙、私だけにしか送ってないわけ??みんなのところにも送ってるのかと思ってたわ!まあ、それはそれでどうかと思うけど。
じゃあ何?他の令嬢の誕生日会は忙しいけど私の日だけ空いてたってこと?せめて公爵家のどこかには参加させたかったってこと?そんなん他の令嬢のところにしてよーーーー!




