38.高価な宝石を買うときは勇気と覚悟と大金が必要
全員がお辞儀とカーテシーで出迎える。
「ドロレス嬢、本日は誕生日会に招いていただき感謝する。僕のことは気にせず、いつも通りにしてもらって構わない。みんなも頼む」
「かしこまりました、アレクサンダー殿下。お言葉、ありがたくちょうだいいたします」
「お久しぶりですドロレス様。僕もついてきてしまってすみません。またお会いできて光栄です」
王子二人が専用馬車に護衛をぞろぞろ連れてきといて、気にせずなんて無理だろうが!国王が国王なら、王子も王子だな。今日は私の誕生日なのに、なぜ私を含めて殿下のお迎えを総動員でやらなくちゃいけないのよー!
……ニッコリ。そんな心の中を顔には出しませんよ?微笑みながら返事を返す。
そしてクリストファー、あなたずいぶんと成長してるじゃないの!去年はアレクサンダーの後ろでそわそわしてたのに、今日はこんなに堂々としてちゃんとした王子に見えるわ……あーもう、母親のような気分。
しかも、さりげなくオリバーもいる。今日は誕生日会の中の護衛もやるのか。
クリストファーの登場に会場はざわざわしている。去年に引き続き、お披露目前の第二王子がやってくるジュベルラート公爵家はいったい何なんだ?!ってなるわよね。うん、それ私もなってる。他の令嬢たちは新たな獲物を見つけたような目をしていた。獲物が二匹もいるんだから、普段おしとやかなウサギ達が猛獣になるぞ。
「皆様ありがとうございます。今回も美味しいものを用意いたしましたので、ご自由にお過ごしくださいませ」
みんなからお祝いの言葉をいただき、簡単な挨拶をしたところで誕生日会が始まる。
今回も立食にした。テーブルと椅子のみの着席型にしてしまうと、家的に私が殿下たちの隣に座らなければならない。……耐えられない。バイキング形式にして、好きなものを取ったりメイドに取らせたり。ご自由に過ごしてほしいのです。
始まってすぐにレベッカがクリストファーの元へと行った。こういうときってまずは第一王子の方にみんな行くのよ。
レベッカとは誕生日会の前に打合せしたのだ。挨拶を終えたら自由にするので、何でもいいからクリストファーに声をかけなさい!と。そして『必ず自分の名前を名乗りなさい、1回しか会ってないから、あなたが先に名乗ればクリストファーが名前を忘れた可能性も払拭できるから』と。そして、今日出すフレンチトーストの説明と試食を一足早くさせてあげた。これで、話すきっかけになるだろう。
あれ?やっぱり仲介オバチャンになってる私。
こっそり聞き耳をたてる。
「ク、クリストファー殿下、お久しぶりです。サンドバル侯爵家、レベッカです。去年の年末のこちらでのお茶会で初めてお会いいたしました」
「あぁ!レベッカ様。去年ご一緒にお茶会に参加しましたよね。あのときのトランプ、楽しかったですよね~!」
「!え…えぇ、とても楽しかったですわ!本日、新しいお菓子がありますのよ。お菓子と言うよりは軽食のようなものですが。こちら【フレンチトースト】と言いますの」
「へぇ、1個食べよう。……!えっなにこれ美味しい!温かいのに甘いよ?しかも噛むと甘いのがジュワっとして、バターとはちみつ?あぁもうない!もう1個食べます」
「私も先程ドロレス様に先に試食させていただきましたのよ。バゲットを液に漬け込んだことによって味が中まで染みているのです。こちらの生クリームとイチゴのはまだですわ。……あぁ美味しい!口の中でとろけますわ」
「ねぇレベッカ様?さきほど試食で先に食べたって言いました?」
「え?ええ、そうですわ」
「ずるいじゃないですかー!誰よりも先に食べるなんて、ドロレス様の友達という特権使いましたねー?いいなぁー。今度は僕もこっそり混ぜてくださいね?」
「ま……まぁ!わかりました!わ、わたくしもドロレス様に頼んでみますわ!絶対にお誘いします!」
レベッカとクリストファーがニコッと笑っている。レベッカが笑っている!!!!かわいい!!
「ちょっとレベッカ様、クリストファー殿下?試食はダメですわよ?なーにを勝手に決めているんですかー?」
「あっ……ドロレス様」
「ばれちゃいましたね、レベッカ様」
邪魔するのはどうかと思ったけど、さっきのコッソリ約束は聞き捨てならぬ。なに勝手に盛り上がってるのだ?!みんなに食べてもらうために作ってるのに、その人たちに試食させたら誰に食べてもらうのよ、もう!……かわいいから許すけど。
レベッカはクリストファーに名前を呼ばれるたびに頬を染めている。もうこのままじゃ赤くなりすぎて爆発しそうだわ。
3人で笑い合ってると、オリバーとジェイコブを引き連れたアレクサンダーが来た。
これ、ゲームで見た!この三人が並んでるシーンをスマホでよく見た!イケメントリオ軍団!すご……目の前でこの三人が並んでる。
ちょっとだけ感動に浸っていると、アレクサンダーが声をかけてきた。
「ドロレス嬢、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、アレクサンダー殿下」
普通の挨拶を返す。特に話すことはない。
「そうだ、これから僕の護衛につくことになった、オリバー・レイヨン。レイヨン公爵家の令息だ」
「去年の誕生祭で少しだけ顔を合わせましたね。改めて、レイヨン公爵家長男オリバーと申します」
「あのときはありがとうございました。あなたがいなければ怪我をしていたかもしれません。改めて、ジュベルラート公爵家長女、ドロレスです」
お互いに礼をする。
オリバー、間近で見ても凛々しい顔立ちしてるわね。これがあの筋肉男に成長するから余計にカッコ良くなる。それでもって生真面目紳士な振る舞いなのでとても素敵だった記憶がある。ゲームでは彼はあんまり笑わなかったけど。
まじまじとオリバーの顔を見ていると、アレクサンダーが横から話しかけてくる。
「何か美味しそうなものを弟たちが食べているそうだが?」
「えぇ、そうですわ。また新しいものを作りましたの。よろしければどうぞ」
メイドに3種類のフレンチトーストを持ってきてもらい、渡してもらう。
「わぁ!こんなにも甘くてふわっふわでとろーりはちみつが溶けておいしいです!」
「これはすごい。バゲットなんだろ?食事にも出せるくらいしっかりとした食べ物じゃないか。……ジェイクのと同じものも持ってきてもらえるか?」
アレクサンダーとジェイコブは別の味も食べている。そんな二人の横で、お皿を持ったまま口をつけないオリバーがいる。
「オリバー様、甘いものは好きではないですか?」
「いえ。今は護衛ですので」
おぉ。真面目男はこんな子供の頃から堅物だったか。
「大丈夫ですわ、私の誕生日パーティーは多少の行いは他言無用で徹底しておりますわよ」
「いえ、結構です」
「オリバー、僕が許可する」
「いえ殿下、護衛ですから」
「オリバー、命令だとしても?」
「……わかりました」
堅い!堅いよオリバー!!ゲームの頃の方がもう少し柔らかかった気がするよ!!アレクサンダーの命令のお陰で、手の中のお皿の食べ物をフォークで口に入れる。口に入れた後もなにも言葉を発しない。お気に召さなかったのだろうか。
「……何個まで食べていいのですか?」
あ、お気に召したようで。
「たくさん用意してますから、好きなだけ食べてくださいませ。ただ。食べ過ぎたら太っちゃいますよ?」
「大丈夫です。その分鍛えます」
子供らしからぬ発言に少し苦笑いしてしまったが、ちょこちょことつまんでいた。
今回のお茶会はお喋りしたりトランプも遊んだりして、何の大きな問題もなく帰りの時間が近づいた。
「あっという間に時間が過ぎたわね」
「えぇ。私もう夕食がお腹に入りませんわ」
プレゼントをみんなから受け取りながら別れの挨拶をする。
「ドロレス様、今日はまたお忍びで来てしまってすみませんでした。こちら、隣国から取り寄せたドライフルーツセットです」
「まぁ、ありがとうございます!食べるのが楽しみですわ」
ドライフルーツあったら、お菓子の幅が広がるわ。うちでも取り寄せてもらおう。クリストファー、私の好みをわかってるじゃないの!
「ドロレス嬢、今日も楽しかった。……これをぜひ」
アレクサンダーは小さな箱を護衛から受け取り、私に向けて蓋を開ける。
「わぁ……」
その箱の中には、とても美しい輝きを放つ宝石が埋め込まれたイヤリングが入っていた。
サイズは小指の爪より少し小さいくらいではあるけど、カットが細やかにされており存在感が強い。
「ピンクサファイアだ。瞳の色と同じものを選んだ」
えっ!?思わず声を出しそうになった。サファイアのピンクって、確か希少価値めっちゃ高いよね?!この世界はそうでもないの?そ、そんなもの受け取れないんですけど!
「……このような高価なもの、頂いてよろしいのでしょうか?」
取り扱うのも慎重になりそうな宝石を目の前にして緊張するのを必死に隠し、アレクサンダーに確認をする。
「僕があげたいと思って渡すんだ。問題はない」
「……ありがとうございます」
宝石なんて前世で彼氏からももらったことないのに。私自身も買うのに勇気と覚悟と大金が必要な、そんな宝石である。王族ってすごい。こんなのを婚約者になりそうな令嬢たちに送るのね……恐ろしい。
「僕の誕生祭の時にはつけてきてくれるか?」
「わかりました」
なんかよくわからないけど、もらったし一応12月はつけていってあげよう。なくしたら処刑かな?投獄かな?
こうして最後にビックリするものを受け取ってしまったものの、誕生日会は無事終了した。
帰り際レベッカはクリストファーと話をしていた。来月のクリストファー誕生祭兼お披露目パーティーでまた会おうと言っている。仲良くなってる。よかった。




