35.夢を夢と思うか、一歩を踏み出すか。
去年を振り返っていた。
転生して誕生日会開いて、孤児院行って、攻略対象者と出会って、ドレス着て……。去年の私は、まだ自分が子供になったことを客観的に見てたんだと思う。過ごしていくうちに、段々とドロレスに馴染んできたような気がする。
だからこそ!今年に入ってからの平和がすごい。何にもない。穏やか!もう7月に入ったのに、めんどくさい案件がない。そのおかげで勉強やダンスなんかも確実に上達しすぎている。だって何もすることないし楽しいし。……むしろ去年が色々ありすぎたのか。
いつものメンツの誕生日会に行ったり定期的にお茶会を開いて過ごしていた。ジェイコブのギルバートに対する愚痴は、最近は明るく話せるまでに回復してきた。私は心底安堵したよ……。そんなギルバートはアレクサンダー誕生祭のやらかしにより、1ヶ月間家から出られなかったそうだ。それを楽しそうにジェイコブが教えてくれた。
「前は、『お兄様に叩かれた』『閉じ込められた』としか簡単な言葉でしか訴えなかったんですけど、それではダメだと気づいたんです。だから何かされたときには『どこで何時何を何回どうやってされたか』をノートに残すようにしました。これをいずれ突き出したときに上手く言い回して『そんなにやってない』『そこじゃない』などのお兄様の失言を取ろうと思いまして」
「あの方なら間違いなく失言しますわね」
「『そんなにやってない』なら『じゃあ何回だ?』って聞き返せますしね」
「ジェイコブ様、くれぐれも無理をしないようにしてください……あの方の行いが早く改められることをお祈りしていますわ」
聞いててとてもツラかった。助けてあげたいけど家の外からじゃ何もできない。早く解決してほしい。
あとみんなさ、おかしいって気づいてほしいんだけど、誕生日会の招待状に『誕生日プレゼントは高級なものなど結構です。なのでこの間のチョコチップクッキーを』とか『メレンゲクッキーを』とか遠回しにお菓子持ってこいって書いてくるのよ。みんな貴族なの?本当に?
さすがに公爵家としてお菓子だけ持っていくのはできないので、他にも用意したわよ。これはみんなの家の料理人にもレシピを伝えるべきなのかしら。チョコチップクッキーなんて、クッキーの生地にチョコ入れるだけだし、今度あったときに教えとこ。
ハッ!!!!
前世の私がなんにも考えず当たり前のように作るお菓子とかが、この世界ではチート要因になるってことか!!!!そうかだからみんな無双状態でそのラノベ世界を謳歌してるんだ。今更ながら非常に納得できた。
そんなことを考えながら厨房に向かう。
そう、今日は来月の私の誕生日会に向けて新しいお菓子を開発するのだ。あれよあれ!!こないだメレンゲクッキーの他にもうひとつ残しておいたあれ!お菓子というかデザート。私的には食事だけど。
まぁプリンもお菓子というかデザート。食後のおやつだ。
厨房に着くと、ロレンツ料理長が待ち構えていた。
「待ってましたよ!今日も楽しみにしていますからね」
ロレンツ料理長は最近フランクに話しかけてくれるようになった。年齢は私の前世の方が近いので、こっちの方が話しやすい。
「今日もよろしくお願いします。材料は、全部ありますね」
「はい。でも……もう出来上がってるものをさらに料理するんですか?」
片手でバゲットを持ち上げながら話すロレンツ料理長。そう、今回作るのは【フレンチトースト】だ。
私はいつも食パンで作っていた。女友達は甘いのしか存在しないと思っているみたいだったけど、砂糖を入れずに塩コショウで味付けをするとガッツリ食べられる。甘い系としょっぱい系。2パターン出来るのだ。今回は甘い系のほうを作る。
「下準備も調理も簡単なの。まずは卵と砂糖をよーく混ぜてください。そのあとに牛乳も入れてさらに混ぜてください」
毎度申し訳ないが、混ぜる作業はロレンツ料理長に任せる。
「それをそこが平らな入れ物……あれに入れて、このくらいの厚さに切ったバゲットを浸してください」
親指と人差し指で厚さを指示する。今はまだ朝御飯を食べたばかりの時間であり、試食は午後三時の予定だ。5時間ほどあるので充分にヒタヒタになるだろう。私は厚いのが好きなのよ。
「えっ、パンをここに……食べられるんですか?」
「……食べられるものしか入れてないでしょうが」
ごめん思わず小声でつっこんでしまった。
何になるのか全く見当のつかないロレンツ料理長。顎に指を当てて考えている。
「これを冷暗室に入れて。あとは試食の前に焼くだけよ。はちみつとバターだけ用意しといてね」
「以外と簡単ですね。特別な材料も使わないし」
「そうよ。パンだから、お菓子というよりは軽食のようなものなので、あまりお腹が空いていないときの食事にはちょうどいいくらいの満腹感よ」
「なるほど。じゃあ賄いにももってこいですね!試食が楽しみだ」
これで久しぶりにフレンチトーストが食べられる!前世では行きたい店があったけど、忙しさと疲労で全然行けなくて、結局自分で作ったのよね。人の作ったものを食べるありがたみをひしひしと感じたなぁ。
────数時間後、試食会。
「今日は何かな?」
「何かな?」
お父様、今日は王宮じゃなかったっけ?お兄様もアレクサンダーの手伝いじゃなかった?
「もちろん仕事はやって来たさ。全部終わらせたぞ。娘の大事な用事があると言って真剣な顔で訴えたら許可が出たよ?」
笑顔で胸を張り、腰に手を当てて『えっへん!』のポーズをするお父様。
それを真似するお兄様。なにこの親子かわいい。
……しまった!この親子に騙されるところだった。甘いものが食べたいだけでしょうが!
「焼くだけです。そっと取り出し、バターを溶かしたフライパンで焼き目をつけるように両面を焼いたら完成です。切れ目を入れてバターをのせ、はちみつをかけたら完成!」
この切れ目を入れるのが大事なのよねー。そこにバターとはちみつがしみこんで、食べたときに口の中でジュワーっと美味しいのよ!
今回は試食のため、人数分に小分けにしたフレンチトーストをそれぞれのお皿に乗せる。2、3口分のサイズになったそれに少し切れ目を入れ、バターとはちみつを乗せた。
ナイフで切り分け、まずは私が口に入れる。
「あーー!このとろける食感!最っ高!」
おいしい!バゲットのフレンチトーストも美味しすぎる。長時間漬けこんだ甲斐があって、中まで卵液が染み込んでいる。ふわっふわのバゲットにはちみつの甘さとバターのしょっぱさが絶妙に絡んで、これぞ求めていたフレンチトーストだ!!
「どれどれ。……っ!!バゲット、しかも温かいのに甘くて不思議な食べ物だ。これは止まらないぞ……もうないんだが」
「おいしい!僕はこれを紅茶と一緒に食べたいです!」
「パンの有効活用でこんなの見たことないです。余ったら絶対にこれを賄いで作ります!」
「その賄いを作ったら書斎に持ってこい」
「いや、それじゃ私たちの賄いがなくなってしまうじゃないですか……」
なんか大人たちが揉めているので無視しとこ。
お父様はまだ焼いていない分のを再び焼いてもらい、それを上機嫌でお母様の元へ持っていった。お兄様はホクホク顔でごちそうさまと言い、部屋に帰っていく。本当に食べるときだけ来るんだなあの二人は。
「これを来月の誕生日会で出したいのです。令嬢方にも食べやすいサイズで作ってもらえれば」
「お任せください!完璧に仕上げましょう」
親指を立ててグッ!というポーズをとりながら、早速ロレンツ料理長はメモを取り始めた。本当に料理が好きなんだなぁ。
「こんなことを公爵邸の方に言うのもどうかと思うんですけど、いつか料理店を出したいんですよ。貴族向けというよりは、その腕をふるって平民にも美味しいものを食べて欲しいんです。あっ!もちろんここの生活が不便だとか嫌だとかじゃないです。本当に良くしてくださってて。感謝しきれてもしきれないんです。だから今のは夢の話だと思ってください」
ロレンツ料理長は照れくさそうに頭の後ろに手をおいて苦笑いをしていた。この人は本当に料理が好きで料理を食べてもらうことを愛している人なんだろう。ここでもいいとは思うけど、平民の店のように作りたてを目の前で出して、感想の声が聞こえる厨房で働くのが夢であり憧れなのかもしれない。
「とても素敵な夢だと思うわ。誰でも簡単にできる訳じゃないもの。それにあなたはそういう力をすでに持ってるじゃない。人に喜んでもらうために技術を磨いて、いかに美味しく、いかに美しく食事を見せるか。もしその夢を1%でも現実にしてみたいという願望があるなら、お父様に相談してみるといいわ。夢をずっと願ったまま挑戦をせずにいたら、あなた死ぬときにまでそれを言う羽目になるわよ」
「お嬢様……」
「試しに挑戦してみればいいじゃない?私の秘蔵レシピもあるし。駄目なら、また下働きから雇いなおしてあげるわよ?まずはジャガイモの皮剥きを1年間ね」
私はニヤっと笑いかけた。それを見たロレンツ料理長は、笑いながらため息をつく。
「お嬢様にほ敵わないですなぁ、ハハハ。前向きに検討します。まずは私自身がもっと完璧にならねば」
「そうね。私の希望を常に150%で返してもらえるような腕前にならないと」
「そりゃ確かに!そこをクリアしないと堂々とやめられないですな」
二人でクスクスと笑い合った。ロレンツ料理長が開いた店はきっと美味しいものだらけになるだろうな。
もし開店したなら、1番に行こう。こういうときだけ権力使って1席予約しても……いいよね?




