34.想いを込める
私は今、刺繍をしている。ええ、とっっっっても苦手な。
先日孤児院に行ったときの話の流れで、フレデリックの誕生日が6月だと知った。
私があれだけ素敵なものをもらっておいて、『○○で買ってきたものよ』なんて出来っこないじゃない!私だって世界にひとつだけのものをプレゼントしたい。
というわけで、何を渡すか考えていた。考えた。考え…………てもよくわからなくなってしまったため、ハンカチに刺繍をすることにしたのだ。
「花模様なんてもらっても女の子っぽいわよねー。どうしよ」
紅茶を口につけながらうんうんと唸っていたら、リリーが口を開いた。
「フレデリック様の髪の色や瞳の色と同じものを連想する動物とかいないですか?」
あぁなるほど。明るい茶や暗い茶。花はないし、えーーーーと。
「あ!鷹ならかっこいいわね!」
そうして鷹を刺繍することにしたの……だけど。
「難しい……」
裁縫が苦手なのだ。手先は器用な方だけど裁縫だけはダメなのだ。
でも【鷹】と決めたからには絶対に作りたい。中途半端なものは自分が許せない。負けず嫌いとは、こういうときにとても邪魔になってくる。
「なんで鷹って一色じゃないのよ」
鷹に言うな!って自分にツッコミを入れた。
何度も何度も作っては失敗し、ようやく納得のいくデザインに仕上がった頃にはもう5月に入っていたのだ。もうどんだけ私は刺繍が苦手なのよっ!
鷹が飛び立つようなデザインはようやく他の人が見ても遜色ないものになった。うん、かっこいい。
喜んでくれるかな。フレデリックがくれたものに比べたら私のなんて大したことがないんだろうけど、それでもやっぱり渡したときに喜ぶ顔が見たくて頑張ったのだ。
刺繍を入れたハンカチをきれいに包み、来週ルトバーン商会が来たときに渡そうと思っている。ギリギリだ。本当に間に合ってよかった。もはや火事場の馬鹿力を発揮したようなものだった。
ルトバーン商会の訪問日。私の話の前に、先にお父様との商談があるということで、別室で私はフレデリックとお茶を飲んでいた。
「トランプがやっと落ち着いてきたよ。平民にもすごく好評でさ。一番最初の【魔物抜き】が一番人気だよ!」
私が開発したものではないけど、トランプを初めて作った人って本当にすごいと思う。人の受け売りではあるけど少し嬉しい。
しかし今日はずっと心が落ち着かない。フレデリックに刺繍をしたハンカチをプレゼントするのだ。喜んでくれるかな?見た瞬間微妙な反応だったらどうしよう。ただでさえ夜遅くまで刺繍の練習をしていたのに加えて、反応を想像したら怖くて昨日はあまりよく眠れなかったのだ。
「ねぇドリー。体調悪いでしょ?」
「えっ、そんなことないわよ」
「そんなことなくない。目の下に隈がある」
フレデリックが顔を近づけて指で目の下をさす。近い。バレる。いやバレてる。
「あの、渡したいものがあって」
メイドに包みを持ってきてもらう。それを受け取り、フレデリックに渡した。
「これは、何?」
「フレデリック、あなた来月が誕生日でしょ?だからその……誕生日プレゼントでハンカチに刺繍しましたの」
「えっ、ドリーが?!開けて良い?」
驚いたフレデリックがすぐに包みを開ける。中に畳まれている薄水色のハンカチを取り出し、顔のあたりで広げる。
「わぁ!」
どうしよう、反応が怖くて顔が見れない。一応みんなには誉められたけど、下手だと思われたらどうしよう。恥ずかしくてしょうがない。
「ドリー!」
「っはい!」
「すごいよ!すごいかっこいい!これ縫ったの?信じられない!めっちゃ使うよ!いや使わない!大事にする!死ぬまで使うよ!」
怒濤の言葉の嵐にビックリしたけど、喜んでくれたみたいで良かった。心の中の不安が安堵に変わり、ほっと胸を撫で下ろす。
「ごめんなさいこんなもので……喜んでくれて私も嬉しいわ」
「嬉しいに決まってるじゃん。本当にありがとう」
ほんのりと頬をピンク色に染め、大事なもののように両手でそのハンカチをぎゅっと胸の位置で握りしめるフレデリック。本当に心から喜んでくれている気がする。
「お守りにする。なんか嫌なことがあったときはこれを握りしめる!そうすれば元気になれそうな気がするよ」
本当にフレデリックは言葉がまっすぐだなぁ。だからこんなに純粋に私も嬉しい気持ちになるのだろう。
「……私も刺繍をして思ったんだけど、もう身を削るようなプレゼントはやめましょうね」
「あはは、そうだね。物は作れても体が壊れたら意味ないな」
お互いに苦笑いをした。プレゼントをしたい気持ちはわかるけど、想いが強すぎると体を忘れてしまうのは似た者同士だったみたいだ。
その後も楽しく話をしていたら、大人同士の商談が終わり、私たちも同席になった。
「お久しぶりです、ドロレス様。おかげさまで我が商会が短期間でものっっすごく潤いました」
「でしょう?我が娘は天才ですからね。これからもご贔屓にお願いしますよ!」
「もちろんですとも!」
「あ……もう話してもよろしいですか?」
会長とお父様がずっと話し続けるので私が入れない。なんとか割り込んで話を始めた。
「今回お願いしたいのは、【ルームソックス】です」
「ほう。それは?」
「冬はとても寒いです。特に女性は男性よりも体が冷えやすく、手先と足は氷のように冷たくなる人もいます。そうなると体が弱い人には本当に辛く厳しい季節なのです」
前世の私が末端冷え性だった。これは、なってる人にしかわからないツラさだ。足も手も冷えて、自分の手で飲み物が冷やせるのではないかと思うくらい冷たいのだ。だから夜に寝るときはモコモコの靴下を履いていた。むしろ履かないと眠れなかった。この世界は家の中でも靴が基本なので、せめて自分の部屋でだけは自由なものを履きたい。
「貴族と平民では生活の差があると思うので、そこは商会長に臨機応変に対応してほしいのですが……。丈夫で柔らかい布で靴っぽい形に作り、内側には毛糸や綿のようなものをつけるんです。足首まで生地があるものが良いと思います。貴族の場合は自分の部屋だけで使うと思うので、歩きやすいように簡単な靴底をつけてみても良いかもしれません」
説明をしながら紙に絵を描く。反対側から商会長がフムフムと覗きこむ。
「ショートブーツみたいに皮で作るのでしょうか?」
「いえ、靴ではないんですが……。洋服のような素材で柔らかく丈夫で、出来れば風通しの悪い厚めの生地で外側を作り、内側にはあまり固くない綿のようなものが良いですね。サイズはフリーサイズです。2~3cmの差なら綿が柔らかいので履いたときにフィットするはずです」
あ、靴を履くのが当たり前の世界なら、ムートンブーツみたいな形でもいいのか!それなら靴下よりも気軽に履けるから抵抗もないはず。
「部屋の中だけで使える靴と靴下の間のもの、っていうイメージです。でも今商会長がおっしゃったように、ショートブーツを基本にして、靴底以外を厚手の布にするのもいいかもしれません」
「なるほど。これなら暖かそうだなぁ。この国の冬はとても寒いので、成功すれば爆発的な人気になると思いますよ!」
絶対に売れると思う。こんな寒い冬が来る国に、モコモコルームソックスは絶対に必要!もし……売れなかったら私が全買取りする!
「寒くなってきたら足元から冷えます。その前に、なんとしてでも完成しておきたいのです。出来れば試作を早めにほしいです。私が売り込みますから!」
もはやこれは私の願望である。次の冬が来るまでには、なんとしてでもルームソックスがほしい。部屋で靴を履いているの本当無理なの、寒いのよ。
「わかりました。じゃあ早速取りかかりましょう!絶対に成功させましょうね!冬素材は時期が終わるから充分に余っている。早速明日から取りかかろう。今年も大忙しだ!丸儲けだ!ガッハッハ!」
ルトバーン商会長!本性がバレてるよ!私の知ってる穏やかな商会長はどこにいったの!
いや、この親にしてこの子あり。フレデリックのがめつさはこの商会長譲りってことか。
その場にいる全員が失笑だった。
帰るときに二人を門まで見送った。会長が馬車に乗ったあと、続けてフレデリックが乗ろうとしたとき、振り返って私の方に目を合わせた。
『あ り が と う』
口パクだったけど、ハッキリとそう見えた。そのあとにハンカチの入ったポケットを叩き、にかっと笑い、馬車に乗って帰っていった。彼の行動はいつも心を温かくしてくれる。自然と笑みがこぼれた。
馬車が見えなくなると、お父様がポンと頭に手を乗せた。
「喜んでもらえてよかったな」
「はい」
去りゆく馬車に寂しさを感じながら、家の中に戻った。




