31.現実味を増す
「あー疲れた」
高そうなソファーにボスっと座る。
ここは王宮内。このパーティーのための控え室だ。まだパーティーは続いているけど、王子と踊ったことでちょっと目立ってしまった私はこっそり控え室にした。うちは公爵家なので、そこそこ大きい部屋が当てられている。さすが王宮。見るからに高そうな絵や瓶が装飾品として置いてある。
「殿下と踊れたなんて、いい記念になったじゃないか」
正面のソファーに座るお兄様が声をかけてくる。
「お兄様こそ、もう社交界デビューしているのにずっとお父様のそばにいて……お兄様とダンスをしたいご令嬢はたくさんいたのでは?」
お兄様はおそらく、令嬢たちに声をかけられるのを防ぐためにピッタリとお父様についていっていた。お父様がダンスに行ったので、逃げ場を求めてここに来たのだろう。ドアの前に同じタイミングで来た。
ガタン。
「まぁ!迷ってしまったわ。ダニロ様、一緒に休んでよ……あ……。失礼しました」
パタン。
「……2回目ですわね」
「あぁ」
部屋に来てから10分も経たない間に2回。どこかの令嬢が、お兄様目当てでわざと急に部屋に入ってくるのだ。いやいや、目的の人物の名前を口にした時点で迷ってないでしょ。わざとなのがバレバレなんですけど。そして私の姿を見て帰っていく。
……正直なところ、漫画みたいでちょっと面白いと思ってる。ごめんお兄様。
「モテる男はツラいですわね」
「……もう社交界に出たくない……」
お兄様頑張れ。
王宮のメイドに紅茶を頼み、出ていったのを見計らってお兄様が眉間にシワを寄せながら言った。
「ドロレス、腕が赤いぞ。マクラート公爵令息にやられたのか?」
「えっ、あ!こんなに赤くなってる。最悪」
ギルバートに掴まれた左腕に指のような痕がわかりやすく赤くなっている。
「あいつ……なんとか蹴落としてやらないと。腹立たしくてしょうがない」
お兄様が拳を握りしめながら静かに苛立ちを言葉に出す。
「大丈夫よ。すぐに消えますわ。あの方もこれでしばらく落ち着いてくれればよろしいのですが」
口では丁寧に話していても、私だって苛立ちは収まらない。まったく……8歳の女の子に力いっぱい腕を掴むってどういうこと!ほんと信じられない。右手でその赤い部分を隠す。あんなに痛い思いをするのはもうこりごりだわ。この痕を見るたびにあいつの顔が思い浮かぶじゃない!早く消えてよもうっ!
ふわっと風が吹いた。
左腕を掴んだ私の右手がほんのり水色に光る。
「えっ!?」
「ドロレス?なんだ今のは?」
ビックリして左腕から右手を離し、その手のひらを見る。だけど先ほどのような水色の光はもうない。
「な……なんだったの、今の」
「………ドロレス、左腕を見ろ」
私の左腕を指差すお兄様。とんでもないものを見るような顔で固まっている。
「……!!!」
左腕の痕が消えていたのだ。えっ、だってさっきあれだけ分かりやすく赤くなってたのに?!何?消えるってどういうこと?!
「ま、さか……」
自分しか聞こえないような声で呟いた。
心当たりがある。この世界でこの状況は、もう他に考えようがない。いくら探したとしても、答えはきっと1つだ。考えるのをやめていた。考えたくなかった。冗談で済ませたかったけど、これは認めるしかない。
【治癒の力】
体が震える。両手で反対の両腕を掴み、自分でわかるくらい全身から血が引いたような寒気を感じる。
本当だったんだ。
私に【治癒の力】?本当に?そんなことある?
だってそれはヒロインの特権よ?それがあるからこそこのゲームが進んでいく。召喚された直後は使えなかったけど、アレクサンダーの危機で発動するのよね。え?じゃあヒロインが来る前に私がこの力を持ってていいの?シナリオが大きく変わってしまわないの?じゃあ私の運命はどうなる?シナリオ通りじゃなくなるってこと?アレクサンダーだけ避ければいいんじゃないの?
【治癒の力】は召喚された人だけの力だ。今現在、国王しか魔法は使えない。それなのに、私のようなただの公爵家令嬢が持っていることがバレたらどうするの?偽物扱い?それとも【治癒の力】とは認められず魔女扱いでもされる?
どうしよう。今まで軽く考えてきた。ウォルターの時にも同じようなことがあったけど、あのときは傷なんてあった?今回は実際に痕が消えたのをこの目で見た。そして光も今回は金色じゃなくて水色だった。なんで?どうして?
頭の中がぐるぐる回る。いろんなこを考えすぎて混乱した。
「───ス。ドロレス」
気がついたら、お兄様が私の両肩をつかんで目の前にいた。
「お兄様……」
「部屋には誰もいない。さっきのは僕しか見ていない。……何がどうなったんだ?」
「……あの」
「言いたくないかな?」
「……少し、頭の中がまだ整理できなくて……」
「そうか」
「帰ってから、話を聞いていただけますか?」
「あぁ、そうしよう」
お兄様、ありがとう。まだ頭の中が整理できていない。どこからどこまで話せばいいのか、ちゃんと理解してもらえるのか、信じてくれるのだろうか。
「とにかくこれは誰にも言えない。何がなんだか正直何がなんだかわからないけど、……魔法みたいなものを僕は見てしまった気がする」
「えぇ。……多分そうです」
「話を聞いた上で、父上に相談しよう」
帰って落ち着いたらお兄様に離すことを約束した。少しだけでも……誰かに話せるのは気が楽になるのかな。
お披露目パーティーが終わった。帰り1人1つ魔石が渡された。
「わぁ。とてもきれい」
国民全員に配るというので大きさは期待していなかったけど、実際は子供の親指分くらいあった。魔力制御がかけられた石留が付けられたその魔石はひんやりとして澄みきった青空のような色をしている。勿忘草色かな。留めてあるので向こう側を覗くことは出来ないが、それでもわかるくらい透明度が高い。
「我が家でも過去の分をいくつか残っているからそのまま保管しているよ。我が家系は魔石をアクセサリーにするってことへの興味がないらしい」
……こんな大きいもの、貴族はアクセサリーにしてるってこと?ゴッテゴテじゃん。
どちらにしろ私の髪と瞳の色じゃ、似合わないもんな~。どうせ次は召喚されるし。記念に部屋にしまっておこう。
「なんか色々とあったけど、私としては娘の初ダンスが殿下だったのでまぁ許そう。しょうがない。これはもう私の力ではどうすることも出来なかった…踊りたかった……」
「あなた。いいじゃありませんか。ドリーちゃんがデビューの時は絶対自分だって仰ってましたけど、今回は殿下で正解でしたわよ」
お父様とお母様が今日の出来事について会話をしている。
「そうだな……殿下の素晴らしさを周囲に知らしめることができたな。本当は私が踊るはずだったけどな」
まだ言ってる。そんなに私と踊りたかったのね。それはそれで嬉しい。
帰りの馬車の中では途中からずっと【治癒の力】について考えていた。
やっぱり、私に与えられてるよね?
ゲームの中では国王や殿下を助けたことが目立ってはいるけど、怪我なども治していた、って内容の文面があった。根本的には【治療】が出来るってことだろう。私が掴まれた痕を消せたのもそのお陰だ。
【治癒の力】が備わったとして、じゃあこれを国王に言う?ポッと出の私が?それでもし治らなかったら、虚偽の罪とかにならない?それに、どちらにしろ召喚されたヒロインがやってくれるんだから、私が出る必要はないのよ。じゃあ黙っててもいいわよね?
結局、決定的な答えが見つからないまま時間は過ぎていき、気づけば家の前で馬車が停まっていた。
馬車を降り、着替えも済まし部屋に戻るときに、お兄様に声をかける。
「お兄様、明日お話しします」
「あぁ。わかったよ」
優しい笑みを浮かべながら、頭を撫でてくれた。優しいお兄様。もしかしたら、これからとても大きな厄介事に巻き込まれるかもしれない。でもお兄様は、きっとそれもわかってて聞いてくれるのだろう。
頭の上からその温もりを離したお兄様はまた明日、と言って自分の部屋へ戻った。
今日はいろんなことがあったな。
明日伝えることを紙にまとめよう。そう思い、机の上のペンを取った。




