29.虎の威を借る狐…じゃない、ネズミくらいかな
えー、わたくし今、全身から血の気が引きました。
なぜかって?今から説明しますね。
この大国の国王陛下がですよ、まだ社交界デビューをしていない、名前も貴族に披露されていない、ただの公爵家の娘にですよ?
名前で呼ばれたんですよ????
会場の様子?国王が私の名前を呼んだ瞬間、音が一瞬なくなったよ。そのあとめっちゃざわざわしだしたよ。お父様の笑顔が本当の笑顔から能面の笑顔になったよ。
だって、総理大臣とか天皇とか、それくらいの方に一般人の私が初めてお会いするのに「あぁ○○さん、あなた最近陸上部に入ったんですね」レベルの会話をいきなり投げかけてきたんですよ?これマスコミがいたら『あいつはどこの誰だ?!どこで繋がってるんだ?!』ってなるわけですよ。まぁ親が王宮で働いてるし、お茶会強制の手紙をもらっているから全く知らない同士ではないけど、それでも他の貴族からしたら何事?!な案件ですよ。
そして様々な憶測が生まれるわけですよ……。
「公爵家の娘が王宮に出入りしているのか?」
「なぜ国王陛下がデビュー前の娘の名前を知ってるのか」
「まさかすでに王子と親しい関係なのか」
………みなさん聞こえてますよ。もう少し声を抑えてくれませんか???
「陛下がいきなり話しかけて驚いたわよね?先日ルトバーン商会から【トランプ】を購入いたしましたわ。【神経衰弱】は遊びのわりにとても頭を使うので、良い休憩がてら毎日のように子供達と楽しんでいるわ。開発したのがジュベルラート公爵家令嬢だと聞いたのよ。だから名前をついつい調べてしまってね。素敵なものをありがとう、ドロレス嬢」
「あれは私もやっているが、なかなか面白くて時間がすぐ過ぎてしまうな。ははは」
うぁーーーーーーーー王妃様神様仏様!細かく経緯を話してくれてありがとうございますーーー!!一生ついていきます!!国王は色々とはしょりすぎなのよ!!ははは、って笑ってる場合じゃないのよ!
私はただのカーテシーに思いっきり感謝の気持ちを込める。伝われこの想い。
「こちらこそ、娘が開発したもので楽しんでいただきとても光栄です」
「またなにか新しいものができることを期待しているぞ」
……プレッシャー。
なんとか挨拶は無事に終わった。あーもうやめてよほんと、他の貴族めっちゃチラチラ見てるじゃん。デビュー前でよかったよ。話しかけられることはほとんどないからね。空気読めない奴以外は。
お父様のそばを離れずにちょこちょこと挨拶回りをしていると、見知った顔が集まっていた。
「ドロレス様!」
「ニコル様!」
お父様に許可をもらい、離れる。立食会場の中の少し離れたテーブルのところにはエミーとレベッカもいた。
「ドロレス様、前回のお茶会に参加できず申し訳ありませんでした」
「いえいえ、家のことがあったんだもの、来られなくても怒らないわよ。謝らないで」
アレクサンダーお忍びお茶会の時に参加できなかったエミーが恐る恐る謝ってきた。いやまったく問題ないから。むしろ国王が私たちに謝ってほしいくらいよ。
「あと、紙の発注もしていただいたみたいでありがとうございます。定期的に取引があるのは私たちとしても非常に助かります。今はほとんど定期購入していただけるところがなくて……」
そ、そんなに困っているのか。お茶会どころじゃないじゃん!むしろ断る手間を与えてしまってごめんよ。一刻も早くアレを完成せねば。
「レベッカ。そういえばあれから落ち着きました?まだ気持ちはそのままですか?」
今日も無表情のレベッカに、わかるものだけがわかる会話をする。
「……ええ。全く変わりませんわ。そのために家庭教師を増やしました」
本気だ。これは本気だな。今度ゆっくり話を聞こう。
会場では楽団が音楽を奏でる。数人が広間でダンスを踊っている。
料理が美味しい。相変わらず素材を大事にする料理ではあるけど、ローストビーフがあるのはちょっと嬉しい。いっぱい食べちゃお。
しばらくするとニコルが私の横にかわいらしい笑顔でやって来る。そのままの笑顔で嫌な報告をする。
「ドロレス様、後ろから親の力を振り回す暴れ者が来ますわ」
「……わかりました」
絶対あいつじゃん。
「おい」
「……」
「おいお前」
「……」
「聞いてんのか?!」
「……!いたっ」
無視していたら腕を掴まれた。触られるのすら鳥肌が立つくらい嫌だと心から感じる。掴んだその手の持ち主はギルバートだ。子供の年齢差は体格に出る。年上の男の子が腕を掴んできたら痛くてたまらない。力を込められる。
「お前、なに無視してんだよ。次期公爵の俺が話しかけてんだろうが!」
イラついているだろうけど、場所が場所だけに大きく動けないギルバートが話しかける。てゆーか痛いんだけど。
「腕を離してくださいませ。あら、これはこれは。わたくしの誕生日会に呼んでもいないのにいらっしゃったギルバート様ですね。失礼いたしました。もうすでに私の名前は存じ上げてるかと思うのですが、名前を呼ばれなかったので私だとは思いませんでしたわ」
声を出したところでギルバートが腕を離す。なんか腕が赤くなりつつあるんですけど!
あー腹立たしい。もうこの人に対して媚を売るつもりもない。ギルバートの後ろには女の子が3人いる。1人は顔を見る限りギルバートに心酔だ。もう2人は親に繋がりを作れと言われているのだろう、しょうがなくついている感が否めない。目線をそらされる。
「ギルバート様に失礼ですわよ。せっかくお声をかけていただいたのに!あなたどちらの家なの?」
心酔女子が私に敵対心をむき出しにする。
「まだ社交界デビューをしておりませんので、名乗りは控えさせていただきますわ。ジュベルラート公爵家の長女です」
「こ、公爵?!……失礼しました」
私よりも爵位の低い家だったのだろう。納得いった顔はしてないが、とりあえず口先だけは謝っている。ま、子供だから爵位とか実際関係ないけど。
「はっ!社交界デビューをしていないお前がこんなところにいるとはな。何も出来ないくせにしゃしゃり出てくるなんて生意気だぞ」
ギルバートはなぜ私に敵意をむき出しにするのだろうか。好意ある相手にいじめたりすることは子供の頃よくあるけど、好意前提のいじりではない。完全に敵意なのだ。
「話は終わりましたか?私はギルバート様にお話しすることはございませんので失礼いたします」
こんなのにつきあってたら、せっかくの美味しい食べ物も美味しくなくなる。めんどくさいことこの上なし。
「おい待て!お前、ここで俺とダンスをする権利をやろう」
はぁ?????
「何をおっしゃっているのかよくわかりませんわ。私、まだ社交界デビューをしておりませんのよ?あなたの方が年上なんですから、その常識を知らない訳じゃないですよね?」
意味がわからない。
「次期公爵家当主で宰相になる俺にたてつくってことは、当然俺より優れているんだろ?だったら、ダンスくらいできるよな?デビュー前だろうがなんだろうが、まさか嫌だとは言わせないぞ?」
あぁ、そういうことね。ここでダンスを踊らせて、デビュー前の私が失敗するのを期待しているのか。
「どうした?まさかさんざん俺様に文句言っといて、ダンスはまだ踊れません~とか言うのか?笑えるなぁ!」
「ええ、まだ踊れない歳ですのでご遠慮させていただきますわ。踊れないという風に思っていただいて結構です。それにもし踊れたとしても、人生で初めて人前で踊るダンスがあなたとだなんて心底嫌ですわ」
「なっ!」
「ちょっとあなた、いくら公爵家の令嬢でもギルバート様になんてことを!失礼ですわよ!」
顔を赤くしながら怒りのボルテージを上げ出したギルバート。その横にいる心酔女子までキレ始めた。いやいやあなた。どっちが失礼なのかちゃんと見なさいよ。
さっさと負けを認めたのに。何でこうもつっかかってくるかな~?私はこの場を立ち去りたいのよ。初めてのパーティーは楽しい思い出にしたいのに。こんな奴と踊ったって、死ぬまで黒歴史になるわ。
「ではそういうことで」
周りももざわざわしてきたし、早くどっか行ってよ。
「てめぇいい加減にしろ!」
ギルバートの怒号が飛ぶ。
肩を思いっきり掴まれた。




