27.勘違いも甚だしい
「そうだ、ねえフレッド。ルトバーン商会で、ブラントレー子爵家の紙って取り扱ってる?」
「えーーと……いやたしか扱ってないはずだな。仕事書類関係の紙は別のところから仕入れてるけど、それ以外に紙を仕入れている領や工場はなかったはず」
ルトバーン商会は便利屋並の品揃えと顔利きだから取引があるかと思った。そうか、やっぱり子爵家の紙はあんまり人気がないのかな。もしルトバーン商会で取引したとしても、私以外が買う可能性は少ないわよね。大量注文はやめよう。
「もし取引が出来そうなら、紙を仕入れてほしいの。文字が書ければ構わないから、安いものを……そうね、月に100枚。出来るかしら?」
「向こうの子爵様が問題なければ、買い手がいる分には仕入れることは可能だけど。何かに使うの?」
「孤児院に寄付するのよ。その紙で、勉強を教えるの。簡単な読み書きと計算だけね。だから失敗したりしてもいいような紙がほしいのよ。あとは筆記具もついでに欲しいわ。詳しいことは紙に書くから、私の売り上げから金額を引いてもらえる?」
ブラントレー家の紙の売れ行きが低く運営に困ってると聞いていた。私は紙を作る知識なんかないから、あとは本人たちがなんとか技術向上をしてほしいと願うことしかできない。
それでもなんとか私の力で少しでも助けてあげる分には文句言われないわよね?
孤児院にいる子達は自立するために文字や計算はきっと必要になってくるだろう。
【公爵家】としての寄付は、彼らの自立のため、孤児院を出るまでの生活支援の寄付なので、できる範囲が限られてるけど、私個人の寄付なら何も外から言われることもない。実際に個人寄付してる人だっているんだから、金額の差なんてこの際触れないでほしい。
「わかった。頼んでみるよ」
「ありがとう、よろしくね。そういえばハンコの方はどう?職人の腕は上がってきた?」
「そうだね、初めの頃に比べればだいぶ上達したけどまだ完璧ではないから商品として出すのは当分先だね。なんてったって、名前を彫るなんて前代未聞だからな」
フレデリックが腕を組みながら状況を教えてくれた。
もしこの先サイン代わりにするなら、絶対に偽物が出回らないように完璧なものを作れる専門職人を育て上げ、100%の状態で宣伝しなければならない。出来るのなら……王族に認められて、世の中に広がってくれれば最高だ。国王に謁見して、セールスする機会があればいいんだけどな。
「もしこれを一般的に普及させるなら、王宮関係。できれば国王陛下に渡したいのよ。そしてサインの仕事をハンコでも可能にしてもらうの」
「ぶっ!こ、国王陛下??!国王陛下に渡すなんて何考えてんの?!」
フレデリックが紅茶を吹き出した。カーペットにはこぼれてないわね、なら大丈夫。リリーに怒られないから。
「だって、1番上が認めてくれればあっという間に普及するわ。あ、ハンコに宝石を埋め込む技術とかもあった方がいいわよ。貴族からの注文もあるだろうし」
「なんつーものを普及させようとしてるんだよ……頼むから俺らの命だけは守ってくれよな」
フレデリックが眉間にシワを寄せて私をにらんで苦笑いをしていた。ごめんよ、私も近いうちどこかに嫁いで書類仕事をすることを考えたら、圧倒的にハンコの方がいいのよ。その前に一般的に当たり前のものにしなきゃいけないの。
「そうだ、この間新しくお菓子を作ったのよ。食べてみて」
常時用意されているメレンゲクッキーをお皿にあけ、二人で食べ始める。
「ドリーの作り出すお菓子は全部美味しいよね。次々と驚かさせるよ。あ、さっき親父と公爵様が仕事の話をしてるときに茶色いのがかかったプリンも出てたぞ。あれも美味かった」
ちょっと待って。いつの間に作ってたの?私食べてないんですけど!信じられない!お父様のバカ!
「あーあ。俺が商会長になったら、ドリーと二人で商会を運営できたらいいなぁ。毎日新しいものが発見できるし、一緒に楽しく暮らせそう」
「えっ?!」
頭の裏側で両手を重ね、上を向いて放ったフレッドの思いがけない言葉に持っていたカップを揺らしてしまい、紅茶を少しテーブルとカーペットにこぼしてしまった。あぁこれリリーに怒られるじゃん。
「わ、大丈夫?!」
フレデリックが立ち上がってこちらに駆け寄る。ポケットからハンカチを出し、私の手を拭く。
「火傷してない?」
「うん、大丈夫。今のフレッドの言葉にビックリしちゃって……二人で商会とかその……一瞬勘違いしちゃって…」
頬に熱を帯びるのを感じ、口に出してはみたものの恥ずかしくてつい両手で顔を隠してしまった。
前世でだって、彼氏に匂わせるような発言をされたことなんてなかったのに。友達の彼氏の話を聞いて、結婚を匂わせるような幸せな話をいくつも聞いていたので、ふとそんな風にとらえてしまった。
バカだな自分。まだ8歳なんだから、そんな会話するわけないじゃん。ただの漠然とした話よ!共同運営って意味よ!中身の年齢が結婚適齢期に近づいていたからすっかり結婚の話かと思ってしまった。
「……!あ!いや、ごめんそういう意味じゃないんだ!まだそんなこと……っごめん!俺が悪かった」
フレデリックも意味に気づいたのか、顔を真っ赤にしてあたふたしている。ごめんよ、私が勝手に勘違いしたせいでフレデリックにも動揺させてしまって……。そうだよ私たちは子供なんだから、まだ結婚とかプロポーズ云々の話をする年齢じゃないの。
あーもう嫌。幼稚園の子供達にだって「先生と結婚する~」って言われてたじゃん!それと同じ!
そんなことで騒いで、恥ずかしいったらありゃしない!彼と私で意味の捉え方が違うのよ。私、バカ!
「ごめんなさい、ちょっと取り乱しました……」
「いや、俺こそへんな言い回ししてごめんね」
お互い恥ずかしがりながら、入れ直した紅茶に口をつける。あー、まだ顔が熱い。熱いのに紅茶も熱いから飲んだ気しないわ。やだもうほんと勘違いも甚だしいわ!
「あ。もしよかったら、今度一緒に孤児院へ行かない?フレッドは計算が得意だから、子供達に教えてほしいのよ。簡単なものだけでいいの」
「孤児院はそういえば行ったことないな……じゃあ今度行くときは教えて。俺もついていく」
実際に見てもらって、何があったらいいか第三者の意見がほしい。あとでお父様にも了解をもらおう。
「お嬢様、ルトバーン商会長様がそろそろお帰りになります」
リリーが声をかけに来た。お父様達の商談が終わったみたいだ。
「もう時間か。じゃあこっちも予定確認しておくから、わかったら手紙出すよ。次会えるのは年明けてからだね。じゃあまた」
「ええ、手紙待っているわ」
フレデリックはお土産のお菓子を紙に包み、立ち上がりそれをポケットに入れて部屋を出ていく。あぁ、何だかんだ恥ずかしい勘違いをしたもののフレデリックとの時間は楽しい。静まる部屋に一人残され、寂しくなる。
「……次は孤児院訪問ね。色々と準備しなくちゃ」
部屋を出て、お父様に色々と報告をし、了承を得る。
「あとお父様、もうひとつ重要な事をお話ししたいと思います」
「どうしたドロレス。なにかあったのか?」
急に真剣な顔になってお父様に目線を送ると、さっきまでニコニコしていたお父様の顔が厳しくなる。
「私のいないところで勝手にプリンを作らせて、内緒で食べているという件について、じっくりお話ししましょう?」
「あ…………………」




