過去の自分 〜side.ユリエ〜
ユリエのサイドストーリー。
卒業パーティーから2年弱が経過。
朝早く。
カツカツと、近づいてくる足音が聞こえる。
あの日から、牢屋の中でひたすらじっとしていた。
聖書を読むのが日課だ。読みすぎて、何ページに何が書いてあるのか言えるほどには読んだ。たまに部屋の中を動いた。
柄にもなく筋トレした。
勉強したいと思った。こんなに暇なら、勉強ですら楽しいんだろうなと思える。
「王妃様が世間知らずの囚人に機会を与えるそうだ。お前もこい」
騎士が私を呼び、牢の扉が開いた。この部屋……牢から外に出るのはいつぶりだろう。私は何歳になったんだろう。
今でも思い出す、人を刺したときの恐怖を。自分の手が震えたので両手を重ねてギュッと握った。
なんであんなことしたんだろう。人を刺すなんて、常識的に考えてありえない。
あの頃の私は、何をしていたのだろう。
馬鹿だとしか言えない。
牢を出て、騎士たちに囲まれながら部屋に集まる。他に同じ歳くらいの女の子が数人いて、みんな囚人らしい。
軽く身奇麗にされた後、今日は何をするかを聞かされる。
「王妃様の仕事を2日間かけて見学ができる」
そう言われ、紙を渡された。
スケジュールが朝から晩までぎっしりと埋まっているそれを見て、かつての中学校など比でもないほどに忙しいことを実感する。
見学できるとはいっても、その場に行くわけではない。部屋越しに向こうから覗き込むような形だったり、こっそり見るような感じだ。……まぁ、王妃と囚人が同じ部屋にいるなんてどう考えてもおかしいしね。
歩きながら、隣の人に話しかける。
「あなたは何をしたの?」
「私は他国の暗殺者。100人くらい殺してる」
「っ!そ、そうなの……」
たった一人怪我をさせただけでも後悔しているのに、この人は大勢の人を殺して……何も思わないのかな。聞きたかった。だけど彼女の存在自体が恐ろしくてそれ以上聞けなかった。
別の人に声をかける。
「あなたは?」
「隣国の感染病の素をこの国に広げたわ。楽しかったわよ、どんどん病が広がって、人が死んでいくのを見るのは」
ニッコリと笑っているこの女性も、人が死ぬのを何も思っていなかった。……かつての私のように。
鳥肌が立ち、会話を止めた。
「あなたはどうなの?」
「私?私は王子の婚約者を下衆に襲わせただけ。失敗したけど、どうやらそいつは婚約解消して、私の尊敬する人が王妃になったんだから!これで私も惻妃になれる機会が巡ってきたってことよ……」
そう言って、奇妙な笑い方をしている。何を言っているんだ?自分の今の立場をわかっているの?なれるわけないじゃない。
バカバカしくて会話をやめた。
誰ひとり逃げられないように騎士たちが私達を囲みながら進む。そして2日間の見学が始まった。
私が想像している以上に忙しかった。
会議に参加し、大人たちと対等に会話をしている。詳しくはわからないが、聞いてる感じだと鉱業、工業、農業の話や、政治的なことまで、全く私がついていける話ではなかった。同じ歳だというのに……。
大勢の男性の中、女性一人だけで普通に会話に参加をしているのだ。
王妃って、楽しく遊んで暮らすんじゃないの?
昼食も短い時間で取ったあと、別の会議に参加している。ようやく休みなのかと思ったら、今度は夕食までずっと勉強していた。
その間、王妃とアレク様はほぼ会っていない。会ったとしても、会議中の仕事の話しかしていない。
2日目も同じ。朝から書類をテキパキと処理し、私が想像するキャリアウーマンのようだった。
……あれ?そういえば昨日の説明で、王妃は妊娠してるって言ってた。結構お腹大きかったよね?
え、妊婦なのに休ませてもらえないの?
ソファーでゆっくりしながらアレク様と一緒にお腹をなでて幸せそうに一日中のんびり過ごすのが王妃じゃないの?
2日間行われた見学は、最後の質疑応答の時間になる。
私は真っ先に聞いた。
「王妃……様って、あんなに忙しいんですか?アレ……国王陛下にいつ会ってるんですか?」
騎士の一人が質問に答えた。
「あれは忙しいに入らない。日常であり、むしろ楽なほうだ。他国から貴賓が来れば宗教や好みを聞いて食事の手配、パーティーも指揮し、1つでもミスをすれば国全部に迷惑がかかる。つまづいてワインを一滴こぼしただけで、この国の王妃はマナーがない、こんな国とは交流したくないと思われるのだ。一言一句間違えてはいけない。日々の努力は計り知れないほどある」
「……」
「陛下とはたまに食事を一緒に取ってるから、会っていないわけじゃない」
私が想像していた、アレク様と幸せに暮らす家族像とは全く違った。毎日一緒に笑顔で楽しく食事をする。旅行に行く。散歩をする。
でも、二人にそんな雰囲気などなかった。
家族ではなく、ただの仕事相手だ。
「でも……。家族ならもっと会うべきでは」
「家族ではあるが、政治的家族だ。君の想像している家族とは違う。王族とはそういうものだ。想像してみろ。たった一言ミスしただけで何千人も死者が出る戦争が起こる可能性だってあるのだ。だが今の国王陛下と王妃様はとても相性が良く仲が良い。ミスなど絶対にしない」
頭の中でそれを思い浮かべるとゾッとした。それくらい、王妃という立場が重いということを理解する。
あの頃の私ならきっと、ひねくれた考えで「どうせ忙しいところしか見せてないんでしょ?私は王妃になるのが決まってるんだから!」と声高々に叫んでいた。
想像しただけで、羞恥心が生まれる。吐き気がする。
……今ならはっきり言える。
私のような人間に王妃は無理だ。
ずっと牢にいたから考える時間があったせいなのか、聖書を読んだからなのか、大人になったからなのか。
わからない。
でも、あの頃のイタい考えではなくなったというのは自身で理解できている。
私はアレク様のことを心から好きではなかった。好きで結婚したいわけじゃなかった。
ただ、アレク様を攻略したいだけだった。
アレク様に“心”があることを無視して、結婚すればハッピーエンド、全て成功、そう思った。
でも違う。
アレク様のこと、何も考えてなかった。
『ミスなど絶対にしない』と思われるほどに完璧な人にならなければいけないなんて……人間なんだからミスや間違ったことだってあるのに。それすら許されないのか……。
ああ!なんで私王妃になれるって自信あったの?!おかしいんじゃないの?!馬鹿じゃん!
騎士に囲まれ、牢へと戻る中。
「王妃様って素敵よね〜。私もなりたいわー」
感染症を引き起こした女性がうっとりとしている。
「……私達がなれるわけ無いでしょ」
「なんで?女である限り、可能性はゼロじゃないわ」
「あんな大変な仕事、普通の人間じゃできないわよ。私だって、王妃なんてゴメンだわ」
「そう?」
「私はまだチャンスがあるわ!だって、王妃様は私の幼馴染だから。いずれ牢を出たら、側妃として引き取ってもらえるのよ!」
王子の婚約者……話の内容からするに、ドロレスを襲わせたという女は自分が囚人だということを忘れているように、側妃になれると断言している。
ハハ……。過去の私みたいだわ。現実など見ていないんだもん。
それぞれがバラバラに別れ、私も自分の牢に戻った。おとなしく牢に戻るのって、なんか可笑しいわ。
ーーーーーーー
「減刑制度により、お前を監視付きの釈放とする」
「え?」
牢の扉が開いた。
え、今釈放って言った?だって……殺人未遂って罪が重いんでしょ?まだ当分出られないって言ってたのに。あの王妃見学から3ヶ月も経ってない……。
そんな疑問ばかりを浮かべていま私に気づいた騎士が、私に再び声をかける。
「お前、学園に通ってたんだよな?減刑制度がなんだかわかっているるよな?」
「……わからないです」
どうやら学園で勉強する内容らしい。
被害者が加害者より身分が上の場合、加害者が投獄されてから1年経過をすると、被害者側から『加害者の減刑を望む』申請ができるそうだ。
滅多にないことだが、今回それが申請され、適用されたらしい。
でも……私の罪の被害者って……。
「いいか?被害者であるドロレス・ジュベルラート公爵令嬢に復讐をしたら即処刑、その他の別の犯罪をしたら今度こそ一生牢の中だ。覚えておけ。そもそも減刑制度なんて滅多に使われない。公爵令嬢に感謝するんだな」
「……」
ドロレスが?私を?
そんなこと、あるの?でもドロレスじゃないとこの制度は申請できないって言った。
助けて、くれたの?
準備をし、書類にサインをして牢を出た。
久々に全身に浴びる日光がとても眩しかった。騎士に連れられて馬車に乗る。
数時間乗ると、ある建物に到着した。
「ここ、は?」
「縫製工場だ。お前はまだ未払いの借金が残っている。ここで働き、借金を返していけ。監視の目が行き届いているから変な真似はするなよ」
「はい……」
支度をして、住み込みだという部屋に入る。牢ではない普通の部屋に心から安堵した。
二人部屋なのてもう一人いるようだけど……。
「釈放、された」
部屋の中で一人つぶやく。
とは言っても監視付きなので、行動は制限されるだろう。
どうやらここは同じように減刑制度が適用され、私のように半釈放された人が働いているらしい。
今日の仕事が終わったのか、同室の女性が入ってきた。部屋に人がいたことに驚いたのか、目を見開いていたが、その後にニカッと笑っている。三十代くらいか。
「あんたが今度から一緒の部屋の子かい?私はビュエラだ」
「ユリエです……。あのビュエラさん」
「さんなんて付けなくていいよ。あんたはなにかやったのか?」
「……貴族への殺人未遂で2年ちょっと牢にいました」
ビュエラは目を大きく開いて、本当か?!と大声で私に問いかけた。
「殺人未遂なら軽く10年は出られないぞ?!あんたの被害者、相当頑張って刑を減らしてくれるよう頼んだんじゃないの?」
「わ、わからないです……。ビュエラも何か犯罪を?」
私が聞いた質問に、苦笑いをする彼女。
「仕えていた主を殺したんだよ」
「っ……」
無意識に“殺す”に敏感になっている自分。そんな勇気もないのに、過去の自分は怒りに任せて人にナイフを向けた。今でも蘇るあのおぞましい記憶。
「だけどその夫人を含め、家族やメイドたちが減刑制度を申請して私を釈放してくれた。主は暴力や虐待が常識外れなほどに酷かったから、夫人やメイドが被害を受けていた。……誰かがやらなければいけなかったんだよ。私は主にしか殺意がなかったから釈放されたんだわ。えーっとユリエだっけ?あんたもここでまともに生活できるようになるから。監視付きだけど、普通に過ごせば何もないからね。よろしく」
「よろしくお願いします……」
ハッハッハッと大きな口を開けて笑うビュエラ。人を殺したなんて想像できないけど、ここでの生活に不満がないような明るい笑顔だ。
私もここで、変われるかな。
現実を見て、生きていけるのかな。
不安はたくさんあるけど、一歩一歩地面を踏みしめて歩く。
今の自分にはこれが一番大切で、少しでもこの世界の【現実】を見て生活をする。
日本にいた時にはずっと逃げていた、努力をするんだ。
そしていつか、好きな人が出来て、恋人になって、身の丈にあった結婚が出来たら……いいな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
閑話(本文『ーーーーーーー』のあたりです)
side.アレクサンダー
「他国の暗殺者よ、どうだった?」
「……とても反省しているように見えました。人が死ぬ話をするだけで怯えていました」
「感染症を撒き散らした者は、なにかあるか?」
「私もどうせなら暗殺者のほうが良かったですけど。『王妃なんてゴメンだわ』と眉間にシワを寄せて言っていました。嘘はなさそうですね」
ヴィオラ専属の女騎士団の二人が任務を終え、帰ってきた。ドロレスによる減刑制度の申請により、ユリエの現状を審議するための調査だ。
女騎士団全員に、髪の毛をボサボサにする仕事だと伝えると、残ったのは髪の短い二人だけだった。そのかわり給金は多く出した。
王族に対する罪も、秘密裏に父上が減刑制度を申請した。正直驚いたが、ユリエを元の世界に戻せない以上この国での生活をさせるしかなく、二度と王族に関わらせないように手を回すらしい。申請した理由はおそらく、父上なりの親心が混じっている。ユリエ本人には内緒にするそうだ。
「アイビーは、どうでした?」
横ではヴィオラが恐る恐る尋ねている。
アイビーが指示した誘拐の件は公にされていないため、減刑などは受けられない。反省してるかだけでも知りたいと、ヴィオラの手配でユリエと一緒に動けるようにした。
「駄目ですね。側妃になれると思っています」
「反省すらしていなかったです」
「そうですか……」
「ヴィオラ。落ち込むな」
「ええ、大丈夫ですわ。ユリエのみ、縫製工場の手続きを進めてくださいまし」
「はい、かしこまりました」
二人が出ていくと、僕と彼女の二人だけになり、部屋が静まり返る。気持ちが沈んでいる彼女を抱きしめた。
「お腹の子にも良くないぞ?もうすぐ出産なのだから気をつけろ」
「っ!は、はい……。もどかしい気持ちはありますが、機会が与えられただけで充分ですわ。お許しくださりありがとうございました」
そう言いながらも目を伏せる彼女の額に口付けし、休むようにと伝えて部屋を出た。
幼い頃からずっと一緒だった者が捕らえられている。複雑な気持ちのはずだ。
アイビーを出すわけにはいかないが、少しでも僕がヴィオラの心の支えになればと、そう改めて誓った。




