寝耳に水 〜side.デニス〜
デニス・ルトバーン(フレデリックの父)のサイドストーリー。
本編161話頃、叙爵の件で王宮に来たときです。
ハァ。
また叙爵通知か。
前回はドロレス様が次々に生み出した冬の防寒具のときだったか。確かにあれはこの国を揺るがすほどの発明だったもんな……。あれでどれだけうちの商会が儲かったことか。おそらくその時の売上を見て叙爵通知を送ってきたのだろう。
彼女が思いついたものを自らの商会の手柄にするのは自分のプライドが許さなかった。だが今回もだ。氷庫もドロレス様が発見しなければ作れなかった。
だからこそ、叙爵は受けない……つもりだった。
先にウォルターも呼ばれている。彼があいつの庶子だってことを知ったときには驚愕したが、おそらくウォルターも血筋を理由にして叙爵の話でもしていたのだろう。
部屋に通される。頭を下げると、国王陛下といつもの護衛以外は部屋を出た。
「頭を上げろ」
ゆっくりと顔を上げれば、目の前にニヤニヤした男がいる。
「受けませんよ?」
「今回はどう考えても無理だろうが」
「あなたのせいで私が学園時代、貴族のボンボンに何度絡まれたと思ってるんですか。貴族になるのは絶対嫌です」
この男とは同級生である。
学年で唯一の平民だった私は、あの貴族だらけの教室にうんざりしてよく一人でいた。
ちなみにジュベルラート公爵も同級生だが、この男は学園で婚約者の美人女性と毎日イチャイチャしていたので目立っていた。側近のはずなのに、当時王子だったこの男と一緒にいるのをあまり見なかった。
親父には貴族にツテを作れと言われていたが、別に誰かと仲良くするつもりもなかったし、とにかくテストで上位を取った功績をうちの商会に役立てようとしていただけだった。目立たず、卒業まで無事に過ごせればよかった。
そんな中、初めてのテストで負けず嫌いが炸裂し、まさかの首位をとってしまう。
同率一位がこの国の王子……。こんなに目立つつもりはなかったのに、一気に注目を浴びてしまった。
「お前、頭いいな。ルトバーン商会の子なんだろ?王族との取引をしないのはなぜなんだ?」
急に平民に話しかけてくる王子がどこにいるんだよ。しかもなんで商会のことを聞くんだよ……。うちは平民との取引が主な商会なんだよ。
このときから、なぜか少しずつこの王子とは話すようになっていき、ついにはお忍びでルトバーン商会に遊びに来るという暴挙に出た。しかも何度も。
なにしてんだこいつは。
その言葉を頭に巡らせながらも、面白い男だということはわかっていた。
工場に連れて行ったとき、「私にも木のコップを作らせてくれ」と言い出し、工具を貸したときには冷や汗で3キロほど体重が落ちたと思う。王族にあんな刃物を持たせた自分は打ち首だろうかと、ずっと気が気でなかった。
時間をかけ、木のお皿が完成した。
色んな意味で二度と工具は持たせないことを決めた。
しかし、王子が平民と仲良くすることを貴族の子供らは見過ごすわけがない。
何度バカにされたか。
何度『身分をわきまえろ』と言われたことか。
それでも私は、この学園で優秀な成績をおさめるという目標で通っていたため、そんな歪みの奴らなど無視した。
最後のテストの結果発表の時、王子は再び私に声をかけてきた。彼は1位、私は3位だった。
「お前、貴族になれよ」
「嫌ですよ面倒くさい」
いつの間にか軽口を使うようになっていたが、彼は特に気にもせず笑っている。
「平民の暮らしを見せてくれて助かったよ。王子は私しかいないから、王宮に帰れば勉強三昧だ。友人たちと遊ぶ時間は良い息抜きになった」
遊ぶっていうか、こっちはヒヤヒヤしていたけどな。私が連れてきた友人はお前が王子だってこと知らない人もいたんだから。
「それより早く婚約者見つけてくださいよ」
「はあ……面倒だ。わかってはいるがなかなか見つからないのだ。相手の家柄も見なくてはならないからな」
私達の年齢に近い高位貴族令嬢が極端に少ない時代だった。だから王妃候補も難航していたらしい。というか本人が面倒がっていたのもあるけど。
「それがまさか二人も妻を迎えて、しかも庶子までいるなんて……」
厭味ったらしい言い方をする。
目の前の国王になった男に対して、本来ならこんな言葉を口になどできない。すぐにでも護衛に取り押さえられるだろう。
だが、ここにいる護衛は私達の関係をすべてわかっているため、何もしない。
治癒の女神とやらが召喚されたときも、なぜか私にその女性の絵姿を送りつけてきたよな……。別に機密情報とかじゃないから私が知っていても問題はなかっただろうけど。そういやそのおかげでその少女が商会に来た時は助かったか。
「ウォルターは……、随分とお前になついているではないか」
「そうですか?そりゃあ私、親ですから」
苦い顔をする国王は、ゴホンと咳払いをして別の質問を投げかけた。
「本人たちは否定していたが、ウォルターとドロレス嬢は恋仲ではないか?」
「え?それはないですよ。絶対にない。なんでそう思われたんですか?」
どちらかというとフレッドのほうがドロレス様に執心ですけどね。
おっと、余計なことを言いそうになった。
「実はな。ウォルターが、アレクサンダーとドロレス嬢との婚約を解消するように申し出た」
「なん……なんですと?!」
待て待て。ウォルターが?もしかして彼もドロレス様のことを?
いやそれは申し訳ないがやめてくれ。うちの息子二人とも同じ人を好きになって、同じく失恋する姿など見たくない。もうすぐ彼女は王妃になるのだから。
「どうするのですか?」
私は息を呑んだ。ウォルターがとんでもないことを言い出したせいで彼の身に何か起こってしまうのは避けたい。
「……ウォルターはまず、子爵位を授ける」
「いきなり……子爵」
「ドロレス嬢は共同事業者としてウォルターとともに2年ほど働いてもらう」
「え、でもドロレス様はこれから結婚して忙しくなるのでは?」
学園を卒業したら、彼女は結婚すると言っていた。それなのに2年も国の事業を与えるというのは過酷すぎるのではなかろうか。
「アレクサンダーにも、彼女にも欠点などない。だが、私は彼女をただ手放すのはもったいないと思っている。だからウォルターとの事業に関わらせることにした。王族とジュベルラート公爵家の関係も良好なことを見せ、ウォルターの近くに置くことで、彼女への誹謗中傷などから出来るだけ守ってやろうと思ってな。うまくいけば進展するかもしれないし」
話が急展開しすぎて、全然ついていけない。何を言っているのだ?何の話をしているんだ?
「ドロレス嬢がウォルターの横にいれば、娘を嫁がせようと目論む家の牽制にもなるしな。それがアレクサンダーとの婚約解消の条件だと先ほど二人に話をした」
「こ、婚約……解消?!えっ?!二人は……その条件を受けたのですか?アレクサンダー殿下も……?」
「ああ。いつ発表になるかわからないがな。ウォルターのその発言の一週間ほど前に彼女自身も婚約解消を私に言ってきたのだ。正直私はまだドロレス嬢に王妃になってほしいとは思っているが、やりたくない者に、国の母は務まらないだろう?」
「っ!だから先程、恋仲だと……」
信じられん。あれだけ優秀な女性が解消を申し出たなどと……。
いや。
待てよ。
「婚約解消は決定事項ですか?」
「ああそうだ」
「これって、私個人の叙爵ではなく、ルトバーン商会への叙爵ですよね?」
「そうだが」
私には1つだけ夢があった。
それはここ十年以内に出来た夢だったが、それは数年前にあっけなく不可能だということになり、もう頭の中から追い出していた。
……もしかしたら……。
「どうした。顔が気持ち悪いぞ?」
「いえ。なんでもありません」
必死に真顔に戻したが、心の中は高揚していた。無意識にニヤついてしまいそうで堪える。機会は逃さない。絶対に。
私はなんて幸運なんだ。私の選択で、すべてが今日、大きく変わるじゃないか。
胸の中に忍ばせた2通の封書のうちの1つを取り出す。
本当に万が一のときのために用意していた。用意していて本当に良かった……。
「こちらが叙爵の返事です」
護衛を通して、私は国王へとその封書を渡す。彼はその封を見ると一瞬目を大きく開いたが、少し考えたあとに私に声をかけた。
「これでいいのか?もっとーー」
「ええ。それで充分です」
言葉を遮るように言ってしまったが、それだけでも私にとっては充分な条件であり、これなら国王の大義名分も問題ないだろう。身分さえ変わればいいのだ。
「何て書いてあったんですか?」
門までの見送りに、同じく部屋にいた護衛がコッソリと聞いてくる。
学園時代は王子の隣にいて、私のことを見下さず、同じ生徒として見てくれた数少ない真面目な男だ。
「こんなところで言ったら、私の信頼に関わるので言いませんよ。あなたもそうでしょう?」
「確かにそうですね」
二人でお互いの顔を見て、笑った。
家へ帰ると早速フレッドに聞かれる。
「まさかとは思うけど、受けてないよね?」
「……」
なんでうちの息子はこんなに直球で鋭いんだよ……。
「フレッド。お前明日から色々やることがある。かなり忙しくなるが、どうしても急がねばならん」
「……受けたな?」
「……いいから私の言うことを聞け。お前にとっても絶対にいい方向になるから。絶対に!」
「今更貴族になってももう遅いんだよ。それにまだ学生じゃん」
「駄目だ。絶対にこれだけは譲れん」
まだ詳しく言えない。だがこんなチャンス、どう考えても我が家に対する神の思し召しとしか思えん!末端ではあるが、それでもあるのとないのでは間違いなくあったほうがいい!
万が一の手紙には、一番下の爵位ならそれを望むという内容を書いておいたのだ。
説得を続け、何とかフレッドには納得してもらう。いや、納得はしていなかったが渋々受け入れていた。
無意識に溢れる笑顔で妻の元へ報告に行く。足取りが軽く、気がつけばスキップしていた。
「どうしたのそんなに笑顔で。ドロレス様と王子様の婚約が解消したわけじゃあるまいし」
……フレッドは妻の血が強いことを理解した。鋭いのは母親似ということか。
「な、なんでそんなことを言うんだ」
「『ドロレス様嫁に来ないかな』って口癖のようにいつも言ってたから。それでその後大きなため息ついてさ」
もう遅いが慌てて口に手を当てる。私は意識せずそんなことを口にしていたのか?!
まずい、バレてはいけない。だが既に自分が根を張っていた。
なんとかごまかして事なきを得たが、あと少し、自分が口走らないように最大限注意しないといけない……。
フレッドには人生を大きく変えてしまって悪いが、それもお前のためだ。許せ。ここで受けなかったら絶対にお前が後悔するのだからな!いや、私も後悔する!将来の安定した生活がかかっているのだ!私の悠々自適な老後のためになんとしてでも頑張れよフレッド!色々とな、色々と!!
明日から早速仕事の引き継ぎと支店挨拶の予定を立てなければと、夜通しで行程を組んだ。
ついに。その日が来た。
「親父、あのさ。ドリーに結婚したいって言った」
手に持っていた、水が入っていたコップを落とす。フレデリックがワッ!と叫んでいたが、私はそれどころじゃなかった。フレデリックの両肩をガシッと掴み、叫んだ。
「返事は!?どうだった?!」
「……結婚してくれるって!」
照れながら話す息子の言葉を聞いて、歓喜の声を上げた。まだ婚約は出来ないとは言っていたが、先に挨拶したもん勝ち。フレデリックに、ジュベルラート公爵家へすぐに手紙を書かせた。
いつもご覧下さりありがとうございます。
新作を公開しましたので、よろしければぜひご覧ください◎
「薬草マニアの公爵令嬢、将来を誓った人が実は王子様でした。〜私、好きな人のために頑張ります!〜」
です。トータル話数が少ないので、サクッと読み終えるかと思います。毎日夕方頃更新です◎




