187.それぞれの。独り立ち
忙しい日々が過ぎ去り、年が明けた。
エミーは無事に先生として働き、あっという間に人気者に。ヴィオランテもあの女子会のあと妊娠していることがわかった。レベッカは5月に結婚式を挙げるそうだ。
ニコルの出産の時には念の為レイヨン公爵家へ行ったけど、無事に生まれてくれたため、私はすぐに帰った。家の中がお祭り状態だったのでね……。
この2年で、貴族間で流行りだしたものがある。
嫁いでくる人へ、新しい姓と家紋を入れた世界に一つだけのハンコをプレゼント。それを最初にしたのが、オリバーとニコルだったらしい。
全然聞いてなくて、そうなの?って手紙を送ったら、「バレました?」って返ってきた。
ちなみに想像通り、オリバーではなくモレーナの発案だ。
今日はロレンツの店にいる。ヒューバートのところにいたメイドも何人かここで働いていて、その様子見も兼ねて。
あの執事が裏帳簿を付けていたわけだけど、ヒューバートからの恐喝に近い指示、身内を監禁して従わざるを得ない状況だったため罪は軽く、投獄にはならなかった。家以外の財産没収となり、また夫婦二人で生活を立て直すと意気込んでいたそうだ。この軽い処罰になったのはおそらく、アレクサンダーの采配だろう。
ヒューバートからの被害を受けたメイドたちの面倒をずっと見て支えてきた執事。その恩返しをしたいとメイドたちが一致団結し、彼女たちが今度は執事夫婦を支えるのだと誓い合っていた。
「ダニエル、おかえり」
「ドロレス様、久しぶりですね!王宮の調理場めちゃくちゃ広くて凄い道具がいっぱいありましたよ!」
以前ヴィオランテから、ケーキ類のレシピがほしいと言われていたためにそれを作成し、一人で全て料理ができるようになったダニエルを派遣した。
身長はとうに私を超え、あの頃ロレンツに「俺も連れて行け!」とワガママを言っていたダニエルはカッコよく成長し、年頃の女の子のお客さんにキャーキャー言われていた。
王宮の件の話をしたとき、流石に抵抗あるかなとは思ったけど、彼は意外にもやる気満々だった。2週間ほど泊まり込みでケーキの作り方を伝授しに行っていた。
彼が帰ってきてからすぐ会いに行こうとしていたのに、結局忙しく、ようやくここに来れた。
あのダニエルが……王宮の料理人に指導する日が来るなんて……。彼の自身に満ち溢れる笑顔を見て、泣きそうになった。いや、少し泣いた。
「最初俺のこと完全に見下してましたけどね。パパっと作ったら目の色変えて話を聞いてくれるようになりましたよ」
「ハハ!さすが私の息子だわ」
ハンナが大きな声で笑う。
ダニエルを王宮に派遣するにあたり、身分証明のためにロレンツ夫婦の養子に入った。それが終わったあとも話し合った結果、家族になることが決まった。良かったね、と声をかけると、ダニエルが照れながら笑っている。小さな頃からここにいた彼は、ロレンツ夫婦の本当の子供みたいに明るく元気に育っていた。
サマンサからも嬉しい報告が。
「クレイと結婚することにしました」
「あら!おめでとう!」
誰彼構わず『好き好き』攻撃をしていたクレイ。サマンサと一緒に働くことになって、その標的が私から彼女になった。
だけどその後、新しい女の子が来てもサマンサから別の子に移ることがなく、2年が経っても変わらなかったために逆プロポーズしたそうだ。なんとサマンサらしい。
「私は結婚にそこまで憧れがあったわけじゃないですけど、まあ、これくらい私のことを好きだと言ってくれるならそれもアリかな、と。何にもないのにコナーのことを嫉妬し始めたので、こりゃ私も決断を迫られてるなって思いましたよ」
「フフフ、愛されているのはいいわね」
横で聞いているコナーも会話に入ってくる。
「いやもうえげつないほどの恐ろしい目線を送ってくるんだよ。俺、目で呪い殺されるかと思った。サマンサさんに話しかけただけで、後ろから笑顔で思いっきり肩掴まれるし……。そうそう、お陰様でルークも明るくなったよ」
料理運びやら買い出しなどの手伝いをするようになったルークは、その純粋無垢な性格がそのまま育っているため、周りからとてつもなく可愛がられている。
このままだとルークが悪いことに手を染めてもみんな許しちゃいそうな勢いでデレデレなんだけど、その彼が悪いことなどするわけがない。今も厨房でキラキラの笑顔を振り撒きながら手伝いをしていた。お客さんにもルークファンが何人かいるらしく、そのために店へ足を運ぶ人も増え始めている。
私も厨房を除くと笑顔でハンナにくっついているルークが見えた。ハンナもデレデレしている……。ルーク可愛い、私もただのルークファンだ。
知っている人たちが次々に成長し、独り立ちしていく。みんな、新しい生活と新しい家族が出来て、自分の人生を決めていく。
自分のことじゃないのに、とても嬉しくなった。
そして、ついに4月。
国王との約束は一応今日から解放される。だけど私はまだやることがありすぎる。分校の校長が私、ってことは、あっちに半分住むような形で動かなければならない。2週間後には分校が開校するため、それの準備に明け暮れていた。
フレデリックと最後にあったのも2ヶ月前か。たまに子爵家へ来ることもあるけど、そんなときに限って私は教会。手紙のやり取りくらいしかしてない。
会いたいなぁ。会ってあの笑顔を見て、日々の疲れを癒やしたい。
いつものようにファロン子爵家へと向かう。
だけど、いつもとは何か様子が違った。人が多いし、馬車が止まっている。
仕事部屋に行こうとすると、ウォルターに声をかけられた。
「話がある。もう一人来ているから応接室に来てくれ」
「?わかったわ」
めちゃくちゃ真面目な顔をして声をかけられたため、断ることもできず言われるがまま応接室へ向かう。
そこには、見知った顔の令嬢がいる。
「こんにちは、ドロレス様」
「あら、どうしたのエミー様」
かしこまった様子でお辞儀をしてくる。隣には彼女の両親もいた。いつもお世話になっていますと頭を下げられ、慌てて私も深く頭を下げる。
「ウォルター様と婚約することにしました」
「へ?!」
令嬢らしからぬ声が出てしまい、みんなに笑われる。恥ずかしい。
それより何?婚約するの?嘘!え!ウォルターとエミーが?!
「政略結婚です。ウォルター様の血筋には興味ありませんが、一人目は必ず男の子が生まれるので跡継ぎ問題もないですし、なにより大商会との婚姻ほどの大きな利益はありませんもの」
なんの躊躇いもなしに笑顔でエミーが口にする。それ、堂々という内容でもないんだけど……って思ったが、みんなそれを納得しているような顔をしていた。それなら別にいいか。
「うちはルトバーン商会だし、いい付き合いになるだろ。俺も昔から見知った顔だからな」
「そうね。ビッタリだわ」
ウォルターが政略結婚をすることに驚いたものの、良い関係を築けそうな二人。エミーはよくルトバーン商会に出入りしていたし、よくよく考えればウォルターとも学園前から関わりがある。
彼らは早速婚約証書にサインを入れている。うわー、信じられない!すごい驚いてる、私!ウォルターと、エミーが!!
ウォルターはもう、平気なのかな。彼は以前、心の中のトラウマのようなものを吐き出したことがあった。誰も悲しませることのない家族を作りたいと言っていた。この婚約に反対がないということは、納得した上でのことなのだろう。
フフフ……。嬉しい。ウォルターはウォルターで、自分の作る家族を幸せにしてほしい。
エミーの両親が先に帰る。私とウォルターとエミーの3人になり、2人が今後について話を始めたため、私は部屋を出ようとする。
「じゃあ私、仕事に戻るわ」
「は?」
「え?」
めちゃくちゃ呆れた声がウォルターからこぼれた。え、なに?私まだここにいなきゃいけない?どちらかといえば私、部外者なのよ。
「今日、先生たちとの打ち合わせだろ?もうすでに別の日に変更してある」
「は?なんで?……じゃあ生徒の入学書類を作るわよ。インク貸して」
「だからなんでだよ!お前、この状況を見てなにか気づかないのか?」
「んー……。あ、元商会長がいないこと?」
「朝イチでここに来て挨拶だけして帰った」
え、今まだ朝の9時だけど!そんなに早くここに来てもう帰ったの?!どれだけ早起きなのよ!
「違う。俺、今婚約証書にサインしただろ」
「そうね。それが何?」
クスクスと笑うエミー。何?私なにか恥ずかしいこと言った?慌てて口を手で覆う。エミーの向かい側にいるウォルターが大きなため息をついた。
「俺が婚約できるってことは、お前も婚約できるってことだろ」
「……!あ!」
「あいつがここにいたらショック受けるだろうな……」
驚きすぎて、彼の最後の言葉が聞き取れなかったけど……そうか!私もう婚約できるんだ。
だがしかし!まだ私には山積みの仕事がある。まだそんな余裕がない。
「じゃあとりあえず開校する準備が終わって、落ち着いたら……」
「いーや、駄目だ。今すぐにでもルトバーン商会へ行け」
「でもまだ仕事が残って」
「それは明日!俺も今日は休みだから、ドロレス様も休み!上からの命令!」
「……わかったわよ」
シッシッと部屋を出され、私はそのままルトバーン商会へ馬車を走らせた。
とはいってもさ、はい4月になりました、すぐにでも婚約しましょう!って言うの?私が?え、すごい強欲な女じゃない??
仕事だってまだあるのに……とはいっても今日の予定全部変更させられたから、仕事は無くなった。
とりあえず、向かおう。
ルトバーン商会に到着するが、雰囲気がいつもと違う。人がいない。何かあったの?定休日……は今までなかったし。馬車を降り、キョロキョロと見回す。いつもなら入り口から声が聞こえてくるくらいに人が入っているはずなのに、まるで夜逃げでもしたかのような静けさだ。
急激に不安が押し寄せる中、私は売り場の入り口に立つ。そーっと店内を覗くと、人がいることに気付く。そして目が合う。その人が明らかに動揺して、奥のほうへと消えていった。
……どういうことよ。
「待ってたよ」




